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第3話:有給休暇を頂きます。

第3話:有給休暇を頂きます。


「待て……! 待てと言っているだろうが、この化け物がッ!」


 背後からガイル団長の絶叫が響く。

 先ほどの一撃で、彼の自慢だった銀の鎧はひしゃげ、地に伏してなお吠え続けている。無様だ。現場の指揮官が真っ先にパニックを起こしてどうする。

 俺はリリを抱えたまま足を止めず、背中越しに冷淡な言葉を投げた。


「ガイル団長。叫んでも解決策ソリューションは出てきませんよ。それに、今のあなたは、俺にとって『敵』ですらない」


「な……ッ!?」


「ただの、ノイズです。効率的な歩行を妨げるだけのね」


 俺の視界には、依然として無機質なログが流れ続けている。

 逃げ遅れた聖騎士たちが放った矢や、低級の攻撃魔法が俺の背中に着弾するが、それらはすべて火花となって霧散する。


【物理ダメージ:200pts 吸収】

【熱量エネルギー:450pts 吸収】

【損害預金残高:増加中――利回りボーナス適用】


 痛覚はない。むしろ、背中を軽くマッサージされているような心地よさすらある。

 攻撃されればされるほど、俺の『預金』は増え、この世界における管理者としての権限が強化されていく。前世のブラック企業でのサービス残業(無償労働)も、これくらい即座に目に見える報酬に変換されていれば、死ぬことはなかったのだろうが。


「オズ様……。後ろから、たくさん……。痛く、ないのですか……?」


 俺の胸に顔を埋めているリリが、不安げに囁く。

 彼女の銀髪からは、まだ制御しきれない魔力の残滓が紫色の火花となって漏れ出しているが、俺の体に触れている部分から、着実に吸い上げられ、最適化されていく。


「大丈夫ですよ、リリ。これは将来のための積立金のようなものですから。……それより、少しだけ目を閉じていてください。少しばかり、『大掃除』をします」


 俺は、立ち塞がる教団の主力部隊――重装歩兵の厚い壁を見据えた。

 彼らは「聖女を奪還せよ!」と気勢を上げているが、その術式構成は穴だらけだ。


「【構造解析】完了。脆弱性は……全部ですね」


 俺はリリを片手で支え直し、空いた左手を前方にかざす。


「デポジット解放。出力調整……0.8%。対人用、低コスト処理――『システム・パージ』」


 ゴォォォォォン……ッ!


 爆発音ではない。

 大気を、巨大な「ことわり」が押し潰すような重低音。

 俺から放たれた不可視の衝撃波は、重装歩兵たちの盾を紙細工のように歪ませ、彼らの「闘気」と呼ばれる稚拙な魔力防壁を一瞬でクラッシュ(強制終了)させた。


「ぎ、ぎゃあああッ!?」


「魔力が……私の魔法が、消え……っ!?」


 一歩も動くことなく、数百の兵がドミノ倒しのように崩れ落ちる。

 それは戦闘というよりは、バグったプログラムを一括削除する作業に近かった。


「……ふぅ。これで定時までには戦場を抜け出せそうですね」


 俺は何事もなかったかのように、倒れ伏す兵たちの間を抜けていく。

 もはや、誰一人として追いかけてくる者はいなかった。

 恐怖。

 彼らが抱いたのは、圧倒的な武力への畏怖ではなく、自分たちの信じる「世界のルール」が通用しない存在への、根源的な拒絶反応だった。

 一刻ほど歩くと、硝煙の匂いは消え、夕闇に包まれ始めた森の静寂が戻ってきた。

 俺は適当な切り株を見つけ、ようやくリリを地面に下ろした。


「……リリ。大丈夫ですか?」


 リリは、ゆっくりと目を開けた。

 先ほどまでの怯えた表情は消え、その肌は健康的な赤みを帯びている。

 俺が彼女の精神的苦痛バグを肩代わりし、エネルギーに変換し続けているおかげだ。


「はい……。すごく、不思議な気分です。あんなに騒がしかった世界が、こんなに静かで……オズ様。あなたは、本当に……何者なのですか?」


 リリが、祈るように俺の手を握る。

 その指先はまだ少し震えているが、それは恐怖ではなく、生まれて初めて触れた「安息」への戸惑いのようだった。


「俺ですか? ……そうですね。ただの、我慢しすぎた元サラリーマン。そして今は、君というシステムの『専属デバッガー(調律師)』といったところかな」


「デバッガー……? 難しい言葉ですね」


 リリは小首を傾げ、ふふっと小さく笑った。

 聖教団の象徴として、常に完璧な「人形」であることを強要されてきた彼女が見せた、年相応の少女の笑み。


「でも、わかります。オズ様は……私を、ただの『道具』ではなく、『私』として見てくださるのですね」


「当然ですよ。壊れたまま使い続けるのは、最もコストパフォーマンスが悪い。……さて、リリ。教団はすぐに追っ手を差し向けてくるでしょう。この世界のOS……つまり教義そのものを書き換えない限り、彼らは止まらない」


 俺は立ち上がり、遠くに見える街の灯りを見つめた。

 おそらくそこは、教団の支配が及びにくい、辺境の商都だ。


「あそこを、最初の『聖域』の拠点にします。誰にも搾取されず、誰にも無駄な我慢を強いない、徹底的に効率化された安息の地を」


「……はい、オズ様。あなたの作られる世界なら、私はどこまでも」


 リリは俺の腕にそっと寄り添った。

 その体温が、俺の新しい肉体に心地よい充足感を与える。

 前世で求めて止まなかった、誰かからの純粋な信頼と、報酬。

 俺は、脳内に浮かぶ管理者コンソールを操作し、新しいタスクを書き込んだ。


【重要タスク:安眠環境の確保、および最高級の紅茶葉の調達】

【優先度:最優先】


「行きましょう。まずは、温かい食事と、ふかふかのベッド。話はそれからです」


「はいっ!」


 こうして、一人の我慢をやめた男と、救済された聖女の、世界を再設計する旅が始まった。

 

 不条理な神よ、見ておくがいい。

 あなたの作った欠陥だらけの世界を、俺が最も「合理的」な形に修繕してやる。

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