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第2話:その『我慢』は設計ミスです。

第2話:その『我慢』は設計ミスです。


 紫色のノイズが、俺の指先を通じてスッと消えていく。

 荒れ狂っていたリリの魔力が、俺という『巨大な受け皿』を見つけて、静かに収束していく感覚。

 

「はぁ……っ、あ……」


 少女は、安堵のあまり俺の腕の中に倒れ込んできた。

 その体は驚くほど細く、そして熱い。

 40歳の精神を持つ俺にとって、20代の肉体となった今の状況は、少しばかり刺激が強すぎるが……今はそれどころではない。


「お、おい……貴様! 今の力は何だ! それに聖女様に何をした!」


 ようやく我に返ったガイル団長が、腰を抜かしたまま吠える。

 俺は少女をゆっくりと抱き起こし、冷ややかな視線を彼に向けた。


「ガイル団長。彼女の術式を確認しましたが、あまりにも劣悪です。精神的苦痛をトリガーにして出力を上げるなんて、ブラック企業の歩合制インセンティブ以下の欠陥構造だ」


「な、何をわけのわからんことを……! それは神から与えられた試練だ!」


「試練? いいえ、ただの『設計ミス』ですよ」


 俺は視界に浮かぶ【構造解析システム・ビュー】のログを読み上げる。

 

【対象:リリアーヌ・エリュシオン】

【状態:精神的過負荷オーバーヒート

【原因:魔力変換効率の低さ(損失率92%)】

【対策:管理者による直接バイパスの確立】


「……なるほど。彼女が流す涙も、悲鳴も、あなたの組織にとっては『燃料』だったわけだ。だが、俺のシステムではそれを『非効率な損失』と定義します」


「き、貴様……たかが奴隷の分際で、教団の神聖な教義を否定するのか!」


「否定ではありません。『検品』して『修正デバッグ』しただけです」


 俺は、意識が朦朧としている少女の耳元で、静かに問いかけた。


「……お名前はリリアーヌさんですね。俺の名前は小津。……いや、オズヴァルドです。今はただの盾奴隷のようだが、さっきのノイズ……君の『痛み』は、もう俺が預かった。だから、もう我慢しなくていいから」


 リリアーヌは潤んだ瞳で俺を見上げ、震える唇を開いた。


「あ……オズ、様……。もし良ければ…リリと呼んでほしいです…。もう…本当に、痛くない……です。ずっと、頭の中で誰かが叫んでいたのに……今は、あなたの鼓動しか、聞こえなくて……」


 彼女は、俺の胸元をぎゅっと掴む。

 まるで、手を離せば再び地獄に引きずり戻されると怯える子供のように。


「……オズ様。私を、壊さないでいてくれるのは……あなただけ、なのですか?」


「壊す? とんでもない。俺は、現場の大切な機材リソースが壊れるのが何より嫌いな性分でね」


 俺はリリを横抱きに――いわゆるお姫様抱っこをして、檻の外へ一歩踏み出した。


「お、おい待て! 聖女様を連れてどこへ行く!」


 ガイルが立ち上がり、剣を構える。周囲の聖騎士たちも、恐怖を抑え込んで俺を囲んだ。


「決まっています。有給休暇の消化ですよ。これだけの激務、労働基準法があれば即刻営業停止レベルだ。彼女には休養が必要だ」


「ふざけるな! 彼女は教団の所有物だ! 勝手な真似をすれば異端者として――」


「【構造破綻指数:98%】。……あなたの論理は、もう崩壊している」


 俺は自由な方の左手を軽く振った。

 ただの『手振り』。だが、【ダメージ・デポジット】に蓄積された先ほどの爆炎の余波を、ほんの数パーセントだけ指向性を持たせて解放する。


 ドォォォォン!


 目に見えない圧力の壁が、ガイルたちを木の葉のように吹き飛ばした。

 殺してはいない。ただ、彼らの『傲慢な精神構造』に少しばかりのヒビを入れただけだ。


「……あ、あぁ……」


 地面に転がり、呆然と俺を見上げるガイル。

 俺は彼を見下ろすことすらなく、リリに視線を戻した。


「リリ。これから俺は、誰も君に無理をさせない『聖域』を作る。……ついてくるかい?」


「はい……。どこへでも。オズ様が、私の『管理者』でいてくださるなら……」


 リリは蕩けたような笑みを浮かべ、俺の首に腕を回した。

 

【システムログ:リリアーヌの完全依存を確認】

【同期率:限界突破】

【管理者権限による『合理的聖域』の構築プロトコルを開始します】


「よし。まずは、この非効率な戦場(現場)から離脱(退勤)するとしよう」


 俺は、怯える兵士たちの間を堂々と歩き出した。

 背後から飛んでくる魔法も、罵声も、今の俺にとってはすべてが『力』への投資に過ぎない。

 

 40歳で死んだ小津秀一は、もういない。

 ここにいるのは、世界を支配するのではなく、世界を『最適化』する男、オズ。

 

 俺たちの行く先にあるのは、不条理な神の教えではなく、ただ静かに紅茶を啜り、定時に帰り眠れる、合理的で平和な日常。

 そのためなら、この世界のOSごと、俺がデバッグしてやる。


「……行きましょう、オズ様。私たちの、静かな場所へ」


 聖女の囁きが、俺の耳を甘く撫でた。

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