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9/11

夜空に弾けた静かな花火


その日の夜──



俺はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、思わずヴァルに当たった。



「何?付いてこないでよ」


「それは、承知いたしかねます。ギル様の執事ですので。……どうされたのですか」


「……結局はヴァルもそっち側なんだってわかってさ」


「そっち側とは?」


「……何でもない。少し一人にしてほしい。庭に出てくる」



ヴァルは小さくため息をつき、「長居はお控えください」とだけ残し、踵を返した。



夜風に当たろうと城の庭園に出る。



それにしても、ヴァルが総司令官だったとは……。

そりゃ、やたらめったら強いわけだ。

鍛錬中、俺をボコりながらも外部と連絡を取ってたのはそういうわけね。

器用すぎんだろ、あいつ……ほんと。



冷たい風が頬を撫でる。



左右に花壇の並ぶ石畳を、ゆっくりと歩く。

月光を浴びた草花が、淡く発光し庭を照らしている。


庭園の中央にある、魔力を帯びた噴水の陰に、誰かが座り込んでいた。



……子ども?



「こんな夜に何してるの?」



俺が声をかけると、何かがすっと俺の横を走り去った。猫のような……だが、影の輪郭が僅かに揺らいでいた。



その少年が俺を振り向いた瞬間、目を見開いて後ずさった。



カイルだ。

まだまともに話したことはない。

食事の時はいつも怯えているし、すれ違う時も挨拶を交わす程度。



尻もちをついた彼の手には、昼食のパンが握られていた。



「あの子にあげてたの?」


「ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい。もうしませんから。兄上様には言わないでください」



あまりの怯え方に、俺の胃が縮んだ。



「え……?でも、別に悪いことしてたわけじゃないだろ?」



ん?という顔で、俺を訝しげに見た後、声を落とした。



「ですが、野良の魔獣に餌をあげることは禁止されております」


「へぇ、そうなんだ」



呆けた顔をした俺に、カイルはクスッと笑った。



「今日の兄上様、いつものギルバート兄様じゃないみたい」


「え!?いや……あの、その、私はギルバート兄様ですが……?」



鋭い指摘に俺が戸惑っていると、カイルはすっと立ち上がった。



「一緒にお城に戻りましょう」



俺たちは来た道を引き返す。

発光する花びらが風に揺れ、キラキラと空気を震わす。

そっと、手を触れた時──



「いてっ!」



指先から血がドクドクと流れる。



「大丈夫ですか!?」



カイルが左手を掲げ、俺の傷を修復する。



「発光する花々には、花びらの裏に鋭い棘があります」



一瞬で治った傷口。こんなに早い回復は、俺にはまだできない。



「すごいね。傷が一瞬で治った」


「えへへ」と笑った後、カイルは少しだけ寂しそうな顔をした。



「回復魔法は得意なんです。でも、攻撃が使えない。だから、ガルディス兄様にはいつも怒られてばかりです」


「……何か、されてるの?」


「んっと……鍛錬です。最近、ギル兄様もヴァルターさんと鍛錬されてますよね。僕は週に一度だけ、ガルディス兄様に教えていただいてます」



あの地獄……。この世界ではあれが普通なのだろうか。……まだ十歳である彼に対しても。



「他には……僕がさっきみたいにルールを破ると、魔法で罰っされます……一瞬で治せるからいいんだけど、やっぱり怖くて」


「でも、わかってるんです。この紋章を持つものは、強くないと生きていけない。兄上様は……」



ずっと目を伏せていたカイルは、小さく息をつくと、にこりと笑顔を浮かべた。


「ギル兄様とこんなにお話するなんて、初めてですね。きっと煌めく草花の妖の魔力のせいですね」


カイルが発光花に息を吹きかけると、煌めく花粉が美しく宙に舞った。



この世界のこともよく知らないし、何が正解なのかも俺にはわからない。

だから、こんなことしかできないけど……。



「……カイル?ちょっと見てて」



俺は鍛錬の合間に、ヴァルの目を盗んで習得した、覚えたての魔法を披露した。



『ドラコァクティス』

目の前に、水蒸気を集め作り出した小さな水竜が、瞬く間にハートや星に姿を変える。



「かわいい!」



目を輝かせたカイルが、もう一度、花に息を吹きかけると水竜は、宙に広がった花粉を食べ始めた。

淡い蒼光を帯びた煌めく竜は、空へと舞い上がり、一気に大きく弾けた。



静かな花火が、夜空一面を輝かせる。


その後、振ってきた光る水飛沫を避けるように、俺たちは背中を丸めた。



「冷たっ!」とはしゃぐカイルに、俺は微笑んだ。



「カイル?また、話してよ。俺たち、兄弟だろ」


「……はい!」



声を抑えきれずに、俺たちは笑い合った。



城の窓──そこに佇みこちらを覗くヴァルの影。


俺はそれに気づくこともなく、ただ、笑っていた。



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