夜空に弾けた静かな花火
その日の夜──
俺はモヤモヤした気持ちを抱えたまま、思わずヴァルに当たった。
「何?付いてこないでよ」
「それは、承知いたしかねます。ギル様の執事ですので。……どうされたのですか」
「……結局はヴァルもそっち側なんだってわかってさ」
「そっち側とは?」
「……何でもない。少し一人にしてほしい。庭に出てくる」
ヴァルは小さくため息をつき、「長居はお控えください」とだけ残し、踵を返した。
夜風に当たろうと城の庭園に出る。
それにしても、ヴァルが総司令官だったとは……。
そりゃ、やたらめったら強いわけだ。
鍛錬中、俺をボコりながらも外部と連絡を取ってたのはそういうわけね。
器用すぎんだろ、あいつ……ほんと。
冷たい風が頬を撫でる。
左右に花壇の並ぶ石畳を、ゆっくりと歩く。
月光を浴びた草花が、淡く発光し庭を照らしている。
庭園の中央にある、魔力を帯びた噴水の陰に、誰かが座り込んでいた。
……子ども?
「こんな夜に何してるの?」
俺が声をかけると、何かがすっと俺の横を走り去った。猫のような……だが、影の輪郭が僅かに揺らいでいた。
その少年が俺を振り向いた瞬間、目を見開いて後ずさった。
カイルだ。
まだまともに話したことはない。
食事の時はいつも怯えているし、すれ違う時も挨拶を交わす程度。
尻もちをついた彼の手には、昼食のパンが握られていた。
「あの子にあげてたの?」
「ごめんなさい。ごめんなさい……ごめんなさい。もうしませんから。兄上様には言わないでください」
あまりの怯え方に、俺の胃が縮んだ。
「え……?でも、別に悪いことしてたわけじゃないだろ?」
ん?という顔で、俺を訝しげに見た後、声を落とした。
「ですが、野良の魔獣に餌をあげることは禁止されております」
「へぇ、そうなんだ」
呆けた顔をした俺に、カイルはクスッと笑った。
「今日の兄上様、いつものギルバート兄様じゃないみたい」
「え!?いや……あの、その、私はギルバート兄様ですが……?」
鋭い指摘に俺が戸惑っていると、カイルはすっと立ち上がった。
「一緒にお城に戻りましょう」
俺たちは来た道を引き返す。
発光する花びらが風に揺れ、キラキラと空気を震わす。
そっと、手を触れた時──
「いてっ!」
指先から血がドクドクと流れる。
「大丈夫ですか!?」
カイルが左手を掲げ、俺の傷を修復する。
「発光する花々には、花びらの裏に鋭い棘があります」
一瞬で治った傷口。こんなに早い回復は、俺にはまだできない。
「すごいね。傷が一瞬で治った」
「えへへ」と笑った後、カイルは少しだけ寂しそうな顔をした。
「回復魔法は得意なんです。でも、攻撃が使えない。だから、ガルディス兄様にはいつも怒られてばかりです」
「……何か、されてるの?」
「んっと……鍛錬です。最近、ギル兄様もヴァルターさんと鍛錬されてますよね。僕は週に一度だけ、ガルディス兄様に教えていただいてます」
あの地獄……。この世界ではあれが普通なのだろうか。……まだ十歳である彼に対しても。
「他には……僕がさっきみたいにルールを破ると、魔法で罰っされます……一瞬で治せるからいいんだけど、やっぱり怖くて」
「でも、わかってるんです。この紋章を持つものは、強くないと生きていけない。兄上様は……」
ずっと目を伏せていたカイルは、小さく息をつくと、にこりと笑顔を浮かべた。
「ギル兄様とこんなにお話するなんて、初めてですね。きっと煌めく草花の妖の魔力のせいですね」
カイルが発光花に息を吹きかけると、煌めく花粉が美しく宙に舞った。
この世界のこともよく知らないし、何が正解なのかも俺にはわからない。
だから、こんなことしかできないけど……。
「……カイル?ちょっと見てて」
俺は鍛錬の合間に、ヴァルの目を盗んで習得した、覚えたての魔法を披露した。
『ドラコァクティス』
目の前に、水蒸気を集め作り出した小さな水竜が、瞬く間にハートや星に姿を変える。
「かわいい!」
目を輝かせたカイルが、もう一度、花に息を吹きかけると水竜は、宙に広がった花粉を食べ始めた。
淡い蒼光を帯びた煌めく竜は、空へと舞い上がり、一気に大きく弾けた。
静かな花火が、夜空一面を輝かせる。
その後、振ってきた光る水飛沫を避けるように、俺たちは背中を丸めた。
「冷たっ!」とはしゃぐカイルに、俺は微笑んだ。
「カイル?また、話してよ。俺たち、兄弟だろ」
「……はい!」
声を抑えきれずに、俺たちは笑い合った。
城の窓──そこに佇みこちらを覗くヴァルの影。
俺はそれに気づくこともなく、ただ、笑っていた。




