結局、ヴァルもそっち側?
「ヴァル、見てごらん。窓の向こうの朝焼けを」
カーテンを開き、陽の光を浴びながら呟く。
「……具合が悪いのですか?」
「逆だよ。ヴァル君。気分がいいのだよ。本来の幸せが戻ってきたようだ」
なんて清々しい朝なのだろう。
俺は窓を全開にし、全身で陽の光を浴びた。
俺に怪訝な顔を向けるヴァル。
そんな彼の今日の服装は、いつもの燕尾服ではなく、黒を基調とした正装軍人ジャケット。
胸元には、普段の執事服から付け替えられた勲章が光り、肩には銀で縁取られた紋章が誇らしげに輝いている。
正装したヴァルは、いつもより勇ましく、なんだか偉い人のように見える。
こっちに来て七日目を迎えた今日、俺は王の命により初めて評議会に出席する。
むろん、参加したい訳がない。
だが、それでも俺の機嫌はすこぶる良い。
なぜなら、今日は──
鍛錬がない!!
ヴァルのあの、人権無視──極悪非道──非人道的な滅多打ち鍛錬が免除されている日なのだ。
か弱い俺が殴られない日!!
実に気持ちのいい朝だ。
窓から身体を乗り出し、朝の喜びの風を全身に浴びていた俺は──
「…………あ」
思わず足を滑らせた。
「ヴァル〜〜〜!!!!」
ここは地上から数十メートル、死んだ──そう思った瞬間、見えない糸に引っ張られ、自室へと舞い戻った。
「し……死ぬかと思った。ヴァル、ありがと……」
「軽率な真似はお控えください。着替えも忘れずに」
息を整えながら、渡された服に袖を通す。
ヴァルと同じ黒の軍服。
普段着ないハイカラーが、喉元を締め付け息苦しい。
「本日は、評議会の方々がお越しになります。常に礼節を忘れずに、対応してください」
「え〜?どんな人たち?いい人?」
「さあ。どうでしょう。ああ、無論、ガルディス殿下もご出席されます」
「ああ、恐怖の兄上様ね〜。行くのやめよっかな〜」
「では、鍛錬に勤しみますか」
「行きます……」
と、時間は刻々と過ぎていき。
──午前十一時
俺は会議室で、次々と入ってくる面々に囲まれガチガチに震えていた。
二十代から六十代と思われる五人。
皆、強大な魔力を隠すことなく椅子に鎮座している。
会議机と同化するように身を縮める俺を見て、様々な会話が繰り広げられている。
「ギルちゃんも出席するって聞いたから、お姉さん張り切っちゃった」
「ギルバート殿下、ご成長なさいましたね……」
「あの王の御子息にしては、頼りないですなぁ。はっはっは」
俺は咄嗟に、『ァィソワラィ』と術を詠唱し、その場を切り抜けた。
扉が開き、威厳に満ちた二人──ガルディスとヴァルターが入室した途端、一瞬にして部屋の空気が張り詰めた。俺も思わず、心臓が跳ねる。
ガルディスが最奥に座り、ヴァルがその隣に着席する。
ゆっくりと周囲を一瞥したガルディスが評議の開廷を告げた。
「これより、評議を開廷する。本日、王は外交のため急遽欠席される。よって、評議会議長である私が王代理を務める」
続いて、ガルディスが一人ずつ紹介していく。
俺も改めて、周囲に視線を走らせる。
奥から順に────
『ガルディス・フォン・ノクスフィールド』
役職:王代理兼評議会議長
言わずと知れた俺の兄。次期、王位継承者。
「皆、忙しい中、ご苦労であった。まずは、本日の議題に入る前に各位の御尽力に感謝する」
『ヴァルター・フォン・エーヴェルグライン』
役職:王室執事兼王国軍総司令官
俺の執事。だが、この場にいる彼は目つきが鋭く、全くの別人に見える。
……って、総司令官!?
「……本日の議題、承知しました」
『ザルヴェイン・フォン・ルーバンハイト』
役職:戦略顧問・戦闘支援官
四十代男性。優しそうな見た目の彼の胸には、ヴァルターに次ぐ数の勲章が光る。
「ヴァルター閣下。先の戦でのご活躍……まことに見事でした。勝利は貴殿のおかげです」
『アストリックス・フォン・ゴルトメリア』
役職:魔法監督官
二十代女性。黒のロングコートに赤のワンピース。胸元のネックレスが妙に視線を引きつける。……目のやり場に困る。
「ギルちゃん。今度、クッキー焼いてきてあげるわね。うふ。可愛いお顔」
『マルティア・フォン・オルフィン』
役職:外交情報長官
四十代女性。スタイリッシュなグレイのスーツに身を包む彼女の姿勢はピンと伸び、威厳を放つ。正直、この人が一番怖い。
「ルキシアに送った諜報員から報告があった。その件を本議題に上程する」
『マグナス・フォン・クロイツシュタイン』
役職:財務経済長官
六十代男性。鼻下の髭が印象的。恰幅の良い体型。お金も脂肪もたっぷり持ってそう。
「ギルバート殿下。貴殿は先日、滑ってこけたらしいですな。次期、王代理兼評議会議長の王子様がそんな失態、侵すはずがない。さては、敵を欺く戦略だったのでしょうな……はっはっは」
ガルディスが資料に羽ペンを走らせながらマルティアを見遣る。
「議題の詳細を」
「ああ。我が支配下に置いているルキシア地区に送った諜報員によると、水面下で何か怪しい動きがあるようだ。どうも三月後、人族どもが隣国スーザコア地区から武器を密輸しようとしているらしい」
マルティアの言葉を受け、ザルヴェインが眉を寄せる。
「ルキシアはロックダウンし、民を締め付けるしかないのでしょうか……。あるいは、民すべてを奴隷とし、責任を取らせる……」
彼は一拍置き、穏やかに続けた。
「いささか気が引けますが……しかし、国家の安全のためには必要かと。
ルキシアと繋がるスーザコアは殲滅し、我が国の領土とすべきなのかもしれません……」
優しそうなその声の、底しれない残忍さに俺はかすかに震えた。
ガルディスは思慮深く、沈黙を落としたあと、隣に座るヴァルを見る。
「ヴァルター卿は、ザルヴェインの戦略どう見る」
彼は資料に目を落としたまま、小さく頷き口を開いた。
「……確かに、殲滅は最も確実な手段です。
しかし、王の基本方針に従い戦力を限定しつつ、敵の戦術的能力を削ぐ手もあります」
ザルヴェインは納得がいかないといった様子で、吐息を漏らした。
「……限定、ですか」
「ああ。民の犠牲を最小限に抑えるべきだ。正面攻撃に固執すれば、我が国の兵力が著しく消耗する」
ヴァルの言葉は、ザルヴェインにはまだ腑に落ちないらしい。
「戦略顧問といたしましては、先に手を打ち、反勢力地域を一掃すれば、それだけ国家の安全は保障されるかと……はぁ、限定ですか……」
ガルディスが左手を挙げ、空中に何やら書き始めた。
画面のように浮かび上がった文字や数字、図形に、皆が一斉に視線を向けた。
俺にはさっぱりだが、なにやら国の兵力、予測される損失、利益を計算しているようだ。
各々がそれを見て、異論を唱えたり低く意見を交わしたりしていた。
騒々しくなった部屋に、ガルディスが声を落とす。
「ヴァルター卿の意見は理解した。限定勢力での抑制、承知しておこう。だが、国家安全が最優先だ。そのために、必要とあらば、犠牲も甘受せねばならん」
その発言に、俺は眉を寄せた。
犠牲って……そんな……
決定事項のように告げられた言葉に、俺は思わず立ち上がった。
「犠牲って何?何の罪もない人たちまで巻き込むってこと!?さっき、奴隷とか言ってたし、ありえないだろ」
皆の視線が、一斉に突き刺さる。
背筋が凍りつき、膝が震え出す。
俺は、へなへなと着席した。
「……って、思います」
俺の消えいくような声に、アストリックスのクスクスと笑う声が響く。
俯いたまま視線だけを上げると、ヴァルが俺を睨んでいた。
「……ギルバート殿下。ここは評議会です。そのような衝動的な抗議は、お控えください」
その瞳の鋭さに、“ここで引け”という彼の必死さが滲んでいて、俺はそれ以上何も言えなくなった。
アストリックスは、笑いながら俺を諭す。
「ふふ、ギルちゃん、可愛い!そうだよね?かわいそうだよね?……でも、それでも決めなきゃいけないのが私たちなのよ?」
それまで、ほとんど会話に入っていなかったマグナスがここぞとばかりに発言する。
「次期、王代理兼評議会議長ともあろうお方がその程度の器では、この国の未来が危ぶまれますな。もう一度、廊下で滑って頭でも打てば、少しは成長されるのでは?……ははは」
「……ゴホン」
マルティアの咳払いで緩みかけた評議会の空気が、再び引き締まる。静寂の中、彼女が言葉を続けた。
「承諾され次第、限定地域の奴隷化および移送手続きは、我々が引き受けましょう」
その後も会議は続いていたが、繰り返されるのは相手の民の犠牲よりも、国家の損失や利益ばかりで、俺は心底嫌気がさしていた。
そして、そこには紛れもなくヴァルの姿があった。
彼もまた、例外ではなかった。




