ヴィランのささやかな贈り物
厳しい鍛錬は毎日、続いた。
転生して六日目。ようやく、俺はヴァルから詠唱による魔術の放出が認められた。
『ドラコァクティス!』
俺が大声で詠唱すると、空気中の水蒸気が渦を巻くように集まり、巨大な水の竜が姿を現した。
鋭い爪と牙をギラつかせ、目の前のヴァルに勇ましく襲いかかる。
──はずだった。
牙を向いた竜に、強大な魔力をチラつかせたヴァルが鋭く睨んだ瞬間、それはまるで借りてきた猫の如く、背中を丸めた。
その後、彼に何かを囁かれた俺の竜は、あろうことか、主人へと襲いかかってきた。
「いててて……っ!」
必死に逃げ惑う俺は、次の術を詠唱し水竜に攻撃を仕掛けた。
『フルゥメミット!!』
俺の全身を取り巻く青白い稲妻が、壁や床をかすめながら跳ね回った。
その雷光が水竜へと襲い、電撃がそれを消滅させる。
──の、はずだった!!
しかし、水竜は電気を食い荒らし、周囲に電撃を走らせながら襲ってきた。
天から降り注ぐ雷に触れた瞬間、電流が全身を貫いた。
────ッ!
俺は、まるで理科室の人体模型。
レントゲン写真みたいに、ビリビリッ……と骨格が浮かび上がる。
それでも、ヴァルの攻撃の手は緩まない。
壁からツタが現れたかと思った瞬間、俺の首元に巻き付き締め上げてきた。
壁石が裂け、そこから鋭利な刃が飛び出す。
全身にツタが絡まり、身動きが取れない────!
迫りくる刃にビビり、必死に叫ぶ。
『ァェリスゥロ!!』
火の魔法でツタを焼き払った瞬間──
「大声で詠唱するな……」
ヴァルの低い声が落ちるとともに、鍛錬場の端にあったはずの棘付き鉄球が、頭上から振り下ろされた。
続いて、背中に、足に、メンタルに──容赦ない悪魔の攻撃で、俺のあちこちから血が噴き出した。
「詠唱は囁くものです。敵に手の内を見せぬよう──」
泡を吹く俺を見下ろし、ヴァルはようやく鍛錬終了を告げた。
「お疲れ様です。本日はマイナス150点ですね」
俺は血の海に倒れたまま、起き上がることもできない。
「……し、死ぬ……」
「ご自身で回復を」
無情なヴァルを睨みながら詠唱し、俺は周囲の血液を上空に集め浄化させ、左手を掲げてゆっくりとそれを吸収した。
「いてーよ……もっと手加減しろよ……大体……ヴァルは優しさってもんが……」
身体を起こし、大理石の床に映るヴァルに向かってぶつくさ言う俺に、ヴァルはニッコリと微笑んだ。
いつも冷静な奴の笑顔は……コワい。
「な……なに?」
「ギル様。本日は、日頃の鍛錬への労いとして、ささやかですが、私より贈り物があります」
……え!?
贈り物? なんて素敵な響きなのだろう!!
単純な俺は、ヴァルの優しさで身体の痛みを全部吹き飛ばし、勢いよく立ち上がった。
「え?なになに〜??」
ヴァルは指先を弾き、一枚の高窓をパリンッと割ると、そこから小さな箱を呼び寄せた。瞬時に硝子は修復されていく。
彼から差し出されたそれは、
──魔族の紋章が刻まれた金のバングルだった。
「えー!めっちゃかっこいいよー!ヴァル、ありがとう!!」
「はい。いつも頑張っておられますので。
是非、左手に。私がはめて差し上げましょう」
ヴァルがそっと、俺の左腕に通す。
カチッと、微かな音が響く。
照明に照らされたバングルが、キラリと煌めいた。
「ヴィランだっていいとこあるんだね〜。お見逸れしました〜」
喜びに跳ねる俺の後ろで、ヴァルが怪しげに微笑んだことに俺はまだ気づかない。
「いえいえ。特注で作らせていただきました。外すのは厳禁です……多少痛むこともありますが」
嬉しさのあまり、俺の耳はヴァルが囁く最後のセリフを完全にスルー。
腕にはめたことを大後悔し、またまた俺がヴァルに泣き縋るのは──もう少し先の話。




