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殺人鬼は異世界にて、かく語りき~殺人鬼は異世界で如何にして生きていくべきか~  作者: スズカズ
第二章 どうかこの偽りの魂に一条の光を
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第四十話 殺すべきか、殺さぬべきか、それが問題だ

 路地裏での戦闘。


「……くっ!」


 迫り来る異形の怪物(アリエッタ)の突進を、僕は紙一重で避けた。


歪なる影の独歩(シャッテングロウ)!」


 攻性術式を三重展開。

 異形の怪物に向けて連発する。


「防衛行動を実行、防衛行動を実行」


 怪物が両腕を広げると赤黒い装甲が広がり、盾のような形になった。まるで爛れた傷跡が増殖したかのような様相。生理的な嫌悪感を覚える。  


《肉体を強制成長させるかよ。相変わらず形成変質ってのはグロテスクだぜ》


「排除、排除、排除、排除」


 僕の攻性術式を防ぐと、盾の腫瘍はボロボロになって崩れ去った。すかさず怪物が攻勢を仕掛ける。路地裏の壁を三角跳びの要領で疾走する。


「──なんてことだ」


 それを見て、僕は呆然と呟いてしまった。


「殺し、殺した、殺す時、死ね、死ぬべき、死んでください」


 壊れたラジオのように言葉を連続させながら、異形の怪物が頭上から襲い掛かる。右腕から生えた一角獣のような剣で僕を貫こうとする。


「──()()()()()()()()()


「ギギッ!?」


 瞬間、路地裏の壁に魔法陣が発現する。

 五つの陣から影の槍が射出され、異形の怪物をモズの早贄(はやにえ)のように串刺しにした。


「アリエッタ、悪いがここは殲滅空間(キルゾーン)なんだよ」


 彼女を──いや、彼女だった怪物をここに誘き寄せるのは既定路線。


 故に、この路地裏には、僕が数時間の間に用意した最大限の仕掛け(トラップ)を設置している。


 攻性術式、防御術式、共に多数。


 詠唱すら必要なく、僕の意志一つで相当数の攻撃手段を実行できる。


「尾の暗殺者は正面戦闘をしないとは聞いていたけど、戦闘用に身体を特化させても、その程度の身体能力しかないのか」


 グロテスクな異形とは裏腹にその身体能力はせいぜい五等級程度だ。シンゲンやハンネには遠く及ばず、おそらく最近戦ったマスクの大男にすら劣るだろう。 


《ケケケ、元がガキの身体だからな。どうやったってマトモに戦うのは無理なんだろうぜ》


 拍子抜けといえば、あまりにも拍子抜けだ。


「ギギッ! 行動不能! 行動不能!」


 空中で串刺しになった怪物が暴れるが、槍の拘束から逃れることはできない。


 隙だらけ。今なら赤子を手を捻るように殺すことができる。


「…………」


 僕は──


《オイ、どうした!? なんで止めを刺さねェんだ、坊ちゃん!?》


 僕を急かすヴァーゲストの思念。


《まさか、この期に及んでお情けでも掛けるつもりか!? 尾の暗殺者は対話できるような連中じゃねェ! ここで逃せば、また()()になって坊ちゃんの身内を狙ってくるぞ!》


 ヴァーゲストの言葉通りだった。


 おそらくアレは人を殺すことだけを設計された存在だ。ただ、それだけの概念のようなモノ。


 ここで逃してしまえば、また別の姿形で僕たちに接近するだろう。


 次に犠牲になるのは、ノアやネフェラ、他の少年探偵団か。


 そして何よりも──

 

 ──殺せコロセころせ殺せコロセころせ殺せコロセころせ殺せコロセころせ殺せコロセころせ殺せコロセころせ殺せコロセころせ!!


 僕の『昏い炎』が敵対者を殺戮しろと猛り狂う。


 つい最近マスクの大男を殺したばかりだというのに、その渇望は衰えもしない。


 是が非でもこの機会を逃すなと絶叫する。


 ()()()()()


 殺してもいい存在。


 その渇望を存分に満足させろと吠え立てる。


 大義名分は十分。正当防衛としても。


 ここで怪物(アリエッタ)を殺したとしても誰にも責められない。むしろ賞賛されるだろう。


 ──お願いです、アインスお兄さん、助け……


 瞬間、脳裏によぎったのはアリエッタだった人間の最後の言葉。


()()()


《ハァ!?》


「奴を無力化する。こっちにはそれだけの余力がある」


 マスクの大男とはギリギリの戦いだった。相手を気に掛ける余裕などなく、自分の身を守るのに精一杯だった。


 でも、今は違う。


《無力化してどうすんだよ!? その後は!? 尋問か、それとも拷問か!? 断言してもいいが、あの手の連中は捕縛されたら自ら命を断つぞ!》


 ヴァーゲストの言う通りだろう。


 暗殺者が捕まれば自害するのは当然の道理。


 肉体を改造して潜入するような連中だ。情報漏洩を防ぐための自害装置ぐらいは事前に用意しているはずだ。最悪、マスクの大男のように自爆するかもしれない。


「……けれど、まだ確実にそうだと決まったわけじゃない」


 万に一。あるいは億に一つ。

 無力化すれば無傷で捕まえることができるかもしれない。


 そうすれば──


《……は、ハァァァァァァ》


 ヴァーゲストが思念で深いため息を付いた。


《あの化け物を捕まえてもアリエッタの人格──魂が戻ってくるとは限らねェ。……ってか、おそらくは潜入用の仮の入れ物(たましい)だろうから、もう抹消されてるだろうさ。……それでもやるのか?》


「……ああ」


《言っとくが、ただ敵を殺すのと無傷で捕まえるのじゃ難易度が何倍も違うぞ。だから無傷で捕縛するのは流石に諦めろ。そうすりゃ多少は捕まえるのも楽になるかもしれねェ》


「ありがとう、ヴァーゲスト」


《……ああ、糞、もうどうなっても知らねェぞ! オレちゃんは術式の補助に回るからしばらく黙る!》


 呆れと怒りと混ぜながらヴァーゲストが吐き捨てた。


 悪いね。

 苦労を掛ける。


「脱出成功、脱出成功」


 空中で串刺しになった怪物が、拘束を打ち破り地面に降りてくる。


「……さて、と」


 どう動くべきか。

 ヴァーゲストにああは言ったが、特段プランがあるわけではない。


 この路地裏の仕掛け(トラップ)も拘束用の術式はそれほど多くない。


「現状では敵性者排除は困難。形成変質──形態(モード)数多の手を持つ巨人(ヘカトンケイル)


 突如、怪物の背中から三十以上の触手が生える。


 その触手の先端は人間の手の形をしながら、うごめいている。

 

 まるで地獄の業火に晒されながら、もがき苦しむ亡者の手のようだ。


「なるほどね。それで僕の動きを止めてから、心臓発作を起こさせるつもりか」


 どうしても怪物の右腕の剣で僕を貫きたいらしいな。


「抵抗しないでください。抵抗しないでください」 


 触手と同時に迫る異形の怪物。


歪なる影の独歩(シャッテングロウ)!」


 僕は触手を攻性術式でかき消しながら、別の攻撃手段を実行。


舞い散る花は影の舞(アーティバイス)!」


 発現点は僕に迫る怪物の足元。


「ギギッ!?」


 魔法陣から散弾銃(ショットガン)のような小粒の魔素の塊が射出される。


 殺傷力、飛距離、共に大したことは無いが至近距離での制圧力に優れた攻性術式だ。

 

 前回の戦いからの反省点。

 ヴァーゲストの攻性術式の中でも、接近戦の面制圧に優れたこの攻撃方法を実践レベルに使えるぐらいには修練していたのだ。


歪なる影の独歩(シャッテングロウ)!」


 至近距離から散弾の如き攻撃。動きを止めた怪物に時間差で攻撃を加える。


 普段の歪なる影の独歩(シャッテングロウ)とは違い、術式の密度を上げた一撃。そのため展開速度は遅くなるが高威力の一発だった。


 狙いは異形の怪物の足だ。


「右足を損傷! 右足を損傷! 行動回復までおよそ百秒必要です」


 僕の狙い通り、歪なる影の独歩(シャッテングロウ)は怪物の右足を抉った。抉り取られた足が路地裏の壁面に衝突し霧散した。


 これで異形の怪物の機動力は大幅に削られた。


 しかし、これからどういった手段で無力化すべきか。


 ジューダスを鐘楼塔に閉じ込めたように影絵の巨岩(ブラト・ブラム)の重ねて動けなくするか。それとも相手の魔素が枯渇するまで、両手両足を破壊し続けるべきか。


「──おーい、アインス兄ちゃーん! アリエッタぁー、どこだー!?」


「なっ……!?」


 聞き覚えのある声が、路地裏の向こうから聞こえてきた。


「ガル!? どうしてだ!?」


 平民学校から帰ってクロムバッハ邸にいるはずの彼が、なぜこんなところに来るというのか。


「あっれぇ、おっかしいなぁ、たしかにこっちに入ったのを見たんだけど……」


 いや、違う、僕たちを探しているのだ。


 僕がクロムバッハ邸を離れる際に、護衛のシュタール騎士団の人間に少年探偵団──僕の世話役が狙われているかもしれないと話しをでっち上げて抜け出してきた。


 屋敷に帰ってきたガルはどこからかその話しを聞き付けたのだろう。正義感の強い少年だ。心配になって僕とアリエッタを探しに来たに違いない。


「ガル君! こっちに来ちゃ駄目だ!」


 おそらくガルがいるのは裏路地の曲がり角の向こうだ。


「え、アインス兄ちゃん? なんだ、やっぱいたのかよ」


 ガルの声が徐々に近づいてくる。


 糞、やっぱり逆効果か。

 

 今の状態の怪物(アリエッタ)を見せるわけにはいけない。仲の良い友人のあんな変わり果てた姿を見たらどんなショックを受けてしまうのか。


 いや、むしろそれよりも心配なのは──


「目撃者、目撃者、機密保持のため排除を実行します」


 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 尾の暗殺者は任務に忠実な殺戮機械だ。シンゲンのように、己を正体を知ってしまった人間は躊躇なく口封じをするに決まっていた。


「……しまったっ!」


 異形の怪物が背中の触手を使って、まるで蜘蛛のように移動する。

 足を破壊したことで機動力を封じたつもりだったが、あんな使い方も出来るのか!


「うわああああぁぁぁ!?」 


 曲がり角から曲がった瞬間、ガルが恐怖の叫びを上げた。


 当然だ。化け物と言っていい存在が突然襲い掛かってきていたのだから。


「殺す、殺した、殺します」


 歪なる影の独歩(シャッテングロウ)を──駄目だ、この射角は不味い! ここから攻性術式を放てばガルまで貫いてしまう!


「……っ、歪なる影の独歩(シャッテングロウ)ッ!」


 僕は慌てて攻性術式の発現点を怪物の頭上──空中に設定する。だが、そのせいで発動が数秒遅れてしまう。


 頼む、間に合え!


 ガルに迫る針のような剣(ニードル)


 彼のような普通の子供なら突き刺されただけに死に至る。


「──ギギ?」


「え?」


 その瀬戸際。


 ()()()()()()()()()()()()


 ガルに迫る凶器は彼の目前で急停止した。


 幾許の間もなく、僕の攻性術式が異形の怪物の中心部に大穴を開けた。


 だが、この状況で誰もそれを気にすることはなかった。攻性術式を放った僕ですらも。


「……ア、アリエッタ……? ……な、んで……すがた……が……?」


 ガルの視線は怪物の顔の部分。


 わずかにアリエッタの面影が残っている場所だった。ガルが信じられないといった様子で愕然としていた。


「──過誤(エラー)


 動きを止めた怪物がボソリと呟いた。


過誤(エラー)過誤(エラー)過誤(エラー)存在形成(レゾンデートル)に重大な問題が発生しました。該当理由検索──不明、不明、不明。機構(システム)が動作していません」


「まさか──」


 消されたはずのアリエッタの人格──魂が関係しているのか。


 ガルに危害を加えようした瞬間、あの異形の怪物に残っていたアリエッタの残滓が動きを止めたとでもいうのか。


 それとも全く別の要因か。


 ただ事実として、あの怪物はガルに傷付けようとした瞬間に動かなくなったのだ。


「アリエッタ! もしも聞こえているなら──」


非常事態(エマージェンシー)非常事態(エマージェンシー)。このままでは規定された目的を達成できません。現作戦を全て放棄し離脱します」


「……っ! 待て、待ってくれ!」


 動き止めていた異形の怪物が突然稼働し、裏路地を壁を登って消え去っていく。


 追うべきか僕は迷い、結局止めた。


 ここにはガルが残っている。


 僕があの怪物を追ってしまえば、彼はここに一人になってしまう。


「……なぁアインスにいちゃん……いまのは一体……それにアリエッタって……」 


「…………」


 ガルの困惑した呟きに、僕は答えることは出来なかった。

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