第三十七話 前提条件
クロムバッハ家の名代だったシンゲンが亡くなったことで、シュタール騎士団を含むクロムバッハ家は一時的な機能不全に陥った。(もっともシンゲンの死を知るのはごく少数だったが)
だが副団長であるアカネの優れた手腕によって、一両日中には指揮系統が復活し、通常運営を行うぐらいには回復することができた。
名代の後任は、クロムバッハ家の分家筋であるアイムバッハ家の当主が、代理で担当するようだ。
以前クロムバッハ家の身内のパーティで、挨拶されたことがある。
物腰も穏やかで柔和だが、やり手のビジネスマンを彷彿とさせる赤髪の壮年だ。冷静沈着な実業家という風体だろうか。
たしかネフェラの姓も、アイムバッハだったはずだ。クロムバッハ家には分家がそれなりにいるようだが、どうやら関係性が一番近しい親戚なのだろう。
現在、帝都に視察中のゲオルグ一行。
そして北方の戦乱地帯に赴き消息不明のハンネ。
彼らには緊急で、使い魔と連絡要員を派遣している。
消息不明のハンネはともかく、帝都に移動中のゲオルグはおそらく十日ほどで連絡が付くと予想されている。
果たしてゲオルグは、シンゲンの訃報を聞き、ユニゼラルに舞い戻ってくるのだろうか。
現在ゲオルグたちが帝都に向かっているのは、ノアを覇王の後継者として擁立するための活動だ。
長年の戦友の訃報とノアの将来。
天秤が傾くのはどちらか。
正直、僕はゲオルグがどういった判断をするのか検討も付かなかった。
*****
「……さて、どうしたものか」
僕は、自室のベッドに寝転びながらひとりごちた。
シンゲン殺害判明から丸一日ほど経過した。
犯人は未だ見付からない。
アカネを含めたシュタール騎士団の必死の調査にもかかわらず、手かがりが何一つ掴めないのだ。
僕はアカネに、外出をするのを控えるように言われている。
現在、本邸に残っているクロムバッハ家の人間は僕しかいない。つまり次に狙われる可能性のある人間がいるとしたら、もっとも可能性が高いのは僕なのだ。
「……そもそもシンゲンは何故殺されたんだろうか?」
結局のところ、その結論に行き着く。
この丸一日、色々な推理を組み立ててみたが、どれもしっくりこない。
殺害犯は、おそらく尾の暗殺者ではないかと、僕は見ている。
シンゲンたちシュタール騎士団は、クロムバッハ家に潜伏しているとされる闇の顎門の暗殺者の調査をしていた。
その最中に、シンゲンは殺されたのだ。
普通に考えれば、正体を突き止められそうになったため、暗殺者に殺害されたのだと推理できる。
「……問題はどうやってシンゲンを殺したか、なんだけど」
殺害現場と思われる路地裏には、戦闘の痕跡は一切無かった。
シンゲンほどの実力者が、無抵抗に殺されるなどあり得るというのか。
糞、やっぱりここがネックだ。
このせいで全ての推察の前提が崩れてしまう。
それともこの件は尾の暗殺者とは無関係なのか?
毒蛇の時のように、物乞いに偽装した賊の不意打ちに殺されたと考えた方がまだ納得できる。
「……糞、それだとシンゲンが身分を隠していた理由の説明が付かないか」
シンゲンは身分証を持っていなかった。帯刀すらも。
つまりは自らの正体を隠して、何を調べていたのだと思う。それがシュタール騎士団の管轄外である政務商業地区で発見された理由だ。
《……なァ、坊ちゃん、お悩みのところ邪魔して悪いんだが、殺人衝動ってのは大丈夫なのか? ちょっと前まで焦って獲物を探してただろ?》
僕が推理の迷路に迷い込みながら唸っていると、ヴァーゲストがそんなことを聞いてきた。
「ああ、それならこの前の戦闘──マスクの大男を殺したことで大分解消されたよ。……アレが無かったらタイミング的に少し不味かったかもしれないな」
僕の安全を守るためだが、今の僕はクロムバッハ家で軟禁のような状態に置かれている。
事実自室の外には二十四時間体制で、シュタール騎士団の人間が護衛として立哨しているのだ。
こんな状況で外に出たいと言っても、そう簡単に許してはもらえなかっただろう。
「……不幸中の幸いか」
自衛のためとはいえ、初めて体感した人間同士の本物の殺し合い。
けれど僕の殺人衝動──『昏い炎』の根本を理解することが出来たのは僥倖だった。
生の実感。
生きているということを知りたい。
ジューダスのような戦闘狂になるつもりはさらさらないが、僕が殺人衝動を克服するためには戦場という生き死に賭けた闘争の場が必要なのかもしれない。
僕のこの衝動は、死の淵の緊張感を味わうだけで満足するのか。あるいはもっと強くなるのだろうか。
「……はっ、そのせいでさらに人を殺したくならなればいいんだけどな」
僕は自嘲するように笑った。
はたして僕の罪業は、殺人という最悪に染まらず克服できるのか。
《……オレちゃんには坊ちゃんの葛藤がイマイチ分からんけど、まあ大丈夫なんじゃねェの。坊ちゃんは何でも重く考えすぎだぜ》
「はぁ、簡単な言ってくれるなよ。もしも僕の殺人衝動が暴走してしまったら、一番危ないのは──」
《坊ちゃん? 一体どうした?》
突然言葉を止めた僕を見て、ヴァーゲストが訝しげな思念を上げた。
「──まさか、そういうことなのか」
《ハァ?》
僕の中で、バラバラだったそれぞれの欠片が、突如一本の線となって浮かび上がった。
謎の名探偵は言った。
一番重要なのはフーダニットなのだと。
古典的な推理小説。
すなわち誰が殺したのか。
なぜそんな当たり前のことを言ってきたのか。
「──前提が違うんだ」
《……坊ちゃん? 急に立ち上がってどうしたよ?》
ベッドから跳ね起きた僕は、自室を出るために身支度の準備をする。
「外出する。貴族地区の外に出る」
《いきなり何言ってんだ!? ドアの外にはシュタール騎士団の護衛が立ってるんだぞ!?》
「それはどうにか誤魔化すよ。すぐにでも確かめたいことが出来たんだ」
僕の推理が正しいのならば──
「──少年探偵団のみんなが危ない」




