第三十三話 お見通し
「ふむ、一向に釣れる気配がありませぬな」
「……そうですね」
シンゲンと一緒に釣りを開始してから一時間ほど経過したが、まったくの戦果無しだった。
「ううむ、この時期のゼナ湖はそれなりに釣れると聞いていたのですが、はてさて場所が悪いのでござろうか」
「……かもしれないですね」
シンゲンの言葉に、つい僕は機械的な返事を返してしまう。
初めは『大戦』時代の武勇伝などを聞いていたのだが、それも一時間も聞いていれば話のネタも尽きてしまった。
そもそもどうしてだろうか。
僕はシンゲンに対して苦手意識のような物を持っているような気がする。
だから世間話の一つも上手くいかないのだ。
「……そうか」
ふと考えてすぐ気付いた。
彼は義父に似ているのだ。
立ち振る舞い。
こちらのことを一方的に信頼していて、なおかつ捉えどころがなくいつも飄々としている。そんなところが特に。
ヒノモト系の移民だから、アジア人に近い風貌というせいもあるかもしれないが。
「……薄々気付いておりましたが、若はやはり本物のアインス坊ちゃんではないのでござるな」
「ええ、まあ──はぁ!?」
あまりにさりげなく、世間話のように言ったので聞き流すところだった。
今、シンゲンがトンデモないことを口走っていなかったか!?
僕はさっきの爆弾発言が、少年探偵団の面々の耳に入っていないかと慌てて彼らの方を見た。
「ああ、ちゃんとあの子らに聞こえぬように言っているので大丈夫でござるよ」
シンゲンの言う通り、ガルたち三人はさっき水遊びで濡れた服を乾かしている最中だった。こちらのことを気にしている様子はない。
僕は内心安堵した。
「…………はっ!?」
しまった。
三人のことに意識を向け過ぎて、僕が偽物ではないと弁明するのをすっかり忘れていた。
《……坊ちゃん、しっかりしているようで時々抜けてるとこあるよなァ》
「ああ、大丈夫でござるよ。このことを多言するつもりは毛頭ありませぬ。お館様が若を連れてきた以上、全ては織り込み済みなのでござろう」
シンゲンが心配するなといった様子で苦笑した。
「……いつから気付いていたのですか?」
「気付くか気付かないかの話しであれば、それこそ病弱であったはずのアインス坊ちゃんを次代当主だと公表した時点でござるよ」
「そんなに前から……」
「武門の家柄で常に精強たらんとするクロムバッハ家の当主が、まだ異能が発現していない病弱な我が子を突然後継者に据えたのでござるよ。クロムバッハ家に長く在籍している者なら、皆その可能性を考えたのではないですかな」
実際にクロムバッハ本邸にやってきて実感したが、クロムバッハ家は徹底した実力主義だ。
本来であれば移民であるヒノモト系の人間は貴族社会に入ってこれないはずだ。だがシュタール騎士団はシンゲンやアカネを初め、多くの移民を団員として採用している。
実力主義とは、ある意味では一番の差別主義にもなり得る。実力が伴っていなければ血縁だろうが、一欠片の情もなく無慈悲に切り捨てるからだ。能力などそれこそ生まれ持った性質が大きいだろうに。
「……たしかに不審に思うのも、もっともですね」
その実力主義の最たる人間が、いきなり情としか思えない決断を下した。
考えれば考えるほど不自然だ。もしかしてこれも囮の役目なのだろうか。
真偽の不確かな後継者。当然、周囲は色々な想像を巡らすだろう。衆目を浴びる必然。
ノアを目立たなくするためには、絶好の目隠しだ。
「確信したのは実は最近なのでござるがな」
「最近ですか? それは一体いつに……」
「若を社交界から逃す最中、暗いところが苦手だと言った時でござるよ」
あの時に?
何故だ?
「若はご存じないでしょうが、アインス坊ちゃんは病弱だったため外にあまり出ることが出来なかったのでござるよ。拙者と、よく室内で隠れんぼをして遊んだ物でござる」
「まさか……」
「ええ、暗くて狭いところに隠れるのが好きでござったなぁ。よくぞこんなところに、といった場所にいつも潜んでおりましたよ」
シンゲンが昔を懐かしむように言った。
「……迂闊でしたね」
なぜその可能性を思い至らなかったのか。もっと考えて発言するべきだった。
「いやいや、人間でござるから歳を過ぎてから苦手になることもありましょう。拙者の場合は初めから疑っておりましたからな」
僕をフォローするためなのか、シンゲンがそんなことを言ってくる。
「……怒ったりはしないんですか? 僕はアインスに成りすましているというのに」
仕組まれたことが理由とはいえ、本来いたはずの人間の場所を奪ったのだ。知己の間柄なら、怒り狂っても不思議ではないはずだ。
「先ほども言ったでござろう。お館様が承知しているならば何も問題ありませぬ」
僕がそう言うと、シンゲンは心配するなとばかりに微笑みながら僕の頭を撫でてくる。
なんとなくそんなところも義父に似ていると僕は思った。
「それにひょっとすると若はクロムバッハ家と縁のある者かもしれませぬな」
「僕がクロムバッハ家に?」
「若のそれは地毛でござろう? かような血の色に近しい髪質はユニゼラルでも非常に珍しい。もしやすると若はクロムバッハ家の遠縁なのかもしれませぬ」
「僕がクロムバッハの遠縁? そんなまさか……」
未だに僕は、この身体の素体となった赤子の素性を知らない。しかしそんなことがあるというのだろうか。
「クロムバッハ家が覇王の側近として仕えていた最盛期は、分家筋が三十を超えていたこともあったそうでござる。お館様がどこからか傍流の人間を連れて来たとしても、決しておかしくはありませぬよ」
アインスを騙るならばクロムバッハ家に近しい外見の人間を連れて来るのは、理屈が通るかもしれないが。
「……もしかして今回の野掛けにシンゲンさんが参加したのも、このことを話すために?」
護衛とはいえ、いくらなんでも子供の外遊びにシュタール騎士団の長が付いて来るのは過剰な気がしていたのだ。ここならば誰にも聞かれずに二人きりで会話することが出来る。
「それも、理由の一つでござるな」
それも?
一体どういう意味なのか。僕の正体を見極める以外にも理由があったのか。
「……まあ、おそらくは拙者の思い違い故に、口に出すのは止めておきましょう」
シンゲンが自信なさげに口を濁した。
「ともあれ若が何者であるにしろ、拙者は次代のクロムバッハ家の後継者を全力で補佐するつもりでござるよ」
「……ありがとうございます」
僕の正体が看破されるとは考えてもいなかったが、まさかこうして協力者を得る事が出来るとはね。
シンゲンはシュタール騎士団の人間であり、ゲオルグの策謀とは無関係の立場に見える。
ゲオルグが本当にノアのことを考えて行動しているのか、あるいは別個の思惑があるのか。探りを入れてもらうには最適の人材だと言えよう。
「……僕の正体以外にも、シンゲンさんにはいずれ話したい重要な事実があります。その上で力になってもらえれば、これほど心強いことはありません」
「ほうほう、それは興味深いでござるな。若の正体も気になりますが、それ以上に重要な事実とは」
彼は僕が殺人鬼だと知ったらどう思うのか。
危険因子だと判断され、手のひらを返されるだろうか。
けれどいずれ僕は、危険を承知で踏み込まなくてはいけない。
誰かと共に生きる。
たとえそれが罪深いことだとしても、僕はノアにそうすべきなのだと教えられたのだから。
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しかし、その思いが叶うことは結局無かった。
──なにせシンゲンはその次の日に死んでしまったのだから




