第三十四話 突然の訃報
ゼナ湖の野掛けから帰還して二日後。
僕は屋外の練兵場で、攻性術式の調整をしていた。
「……うーん、やっぱり歪なる影の独歩を四つ以上同時に展開しようとすると、どうしても展開速度が遅くなってしまうな。もう少し瞬間火力を増やせれば、以前の戦闘みたいな状況は防げるんだけどな」
《これ以上火力を出したいんだったら、展開速度が落ちるのはしょうがないぜ。術式戦闘は一文言のペースで展開できなきゃ使い物になんねェしな。坊ちゃんが、もっとオレちゃんの術式に慣れるように修練するしかないさ》
「……地道にやるしかないということだね。影より深き深淵をタメ無しで使えれば文句はないんだけれど」
まあアレほど強力な攻性術式は日に何度も撃てないだろうが。
「アインス様! ここにいらっしゃいましたか!」
「アカネさん?」
ヴァーゲストと会話しながら攻性術式の調整し続けていると、シュタール騎士団のアカネ・ベイルガムが走ってくるのが見えた。
「どうしたんですか、そんなに慌てて」
いつも鉄面皮だった彼女の表情が真っ青になっていた。
「……ついさっき……シンゲン団長が……」
アカネが肩で息をしながら、何とかそれだけを呟く。
「シンゲンさんが?」
「──亡くなったと報告がありました!」
「──は?」
ナクナッタ?
耳が言葉の意味を理解しなかった。
「……一体何を言っているんですか、アカネさん」
冗談にしてはタチが悪い。
シンゲンとは昨日の野掛けから一緒に帰ってきて以来会っていないが、あの人がそんな簡単に死ぬわけがない。
「わたしにも詳しい状況は分かりません。……ですが、政務商業地区で死体が発見されたと」
「……何かの勘違いではないんですか」
ユニゼラルにはヒノモト系の移民が沢山住んでいる。他人の空似ではないだろうか。
「つい先ほど衛兵隊の指揮長クラスの人間が、身元を確認したと報告がありました。……その人間が言うには間違いないと」
そう言いつつもアカネも半信半疑なのか、未だ彼女も戸惑っているようだった。
「とりあえず今からわたしも遺体の確認に向かいます。……ですので、以前から付き合いのあったアインス様も同行していただければ」
そうか、今の状況ではクロムバッハ家の人間は僕しかいない。だからアカネは僕のところに来たのか。まして、本当のアインスはシンゲンと親しかったらしいし。
「……分かりました。すぐに行きましょう」
シンゲンは達人者級の異能者でもあるのだ。
先日の毒蛇の襲撃を退けたような強者が、死体で見つかるだなんて嘘だとしか思えない。
僕たちは貴族地区を出て、クライン広場のすぐ近くにある衛兵隊の本部に向かった。
*****
「ようこそ、おいでくださいました。アカネ副団長殿、それにアインス様」
必要最低限の装飾が施された無骨な執務室。
衛兵隊の本部に赴いた僕たちは、衛兵師団長であるアグヌス指揮長と面会していた。
「世間話は結構です。わたしたちはシンゲン団長が亡くなったという真偽を確かめるために来ました。まずは状況の説明をお願いします」
出された紅茶に手を付けることなく、アカネが単刀直入に言い切った。
「……そうですか、こちらとしても話しが早い方が助かります。さて事の発端は昨晩に発見された身元不明の死体でした」
白髪頭のアグヌスが、やや苦笑しながらも説明を始める。
「身元不明の死体?」
アカネが不審げに聞き返す。
「そうです。政務商業地区の片隅の路地裏で、発見された四十歳前後の男性の死体。外見からヒノモト系の人種であることは分かっていたのですが、遺品に身分を示す物が一切無かったのです。今朝になってシンゲン団長と面識がある私の部下が、遺体の身元に気付き、判明した次第です」
「遺品が無いとはどういうことでしょうか? わたしが知る限り、シンゲン団長は外に出る時にシュタール騎士団の制服を必ず着用していました。それに帯刀も」
「私もそうであったと存じています。……ですが、遺体は平民の服を着ており、武器の所持もありませんでした。当然シュタール騎士団の身分証もありません」
「平民の服を? それに騎士団の身分証も無いとは奇妙だ。団員が貴族地区の外に出る時には、必ず身分証を所持しているはずです」
「物取りにあった形跡もありません。……確認なのですが、シンゲン団長は何か重い持病を患っていたということはないでしょうか?」
「……いえ、わたしが知る限り団長は健康その物でした。どういう意味ですか?」
少し考えるような仕草をしてからアカネが答えた。
「死因が不明なのです。我々が確認したところ外傷がまったく見当たらない。……なので何かの病が原因なのではないかと」
「外傷が?」
「第一発見者は路地裏を通りがかった付近の住民でした。……なんでも最初は物乞いが路地裏で寝ているのだと思ったそうで。それほど傷一つなかったのです」
「……そんな馬鹿な……ではどうして……」
アカネが信じられないと言った様子で呟く。
「ですので、探偵局に依頼して死因の特定を──」
アグヌスの言葉を遮るように、衛兵隊執務室のドアがノックされた。
「失礼します。アグヌス指揮長、簡易的な検査ですが死因が──」
「イガラシさん?」
執務室に入ってきたのは、僕の見知った人物だった。
イガラシ・マッキネン。
二十代後半のヒノモト系の女性。以前にアイリーンと一緒に行動していた探偵局の人間だ。
そうか、衛兵隊は探偵局に死因の調査を依頼していたのか。
聞くところによると、探偵局は指紋調査や検死解剖などという、この異世界には似つかわしくない調査能力を持っているそうだ。おそらくは僕のような転生者が関係しているのだと思うが……。
「アインス様? どうしてここに……って、クロムバッハ家はシュタール騎士団の関係者ですものね。ここにいるのも当たり前ですよね」
発言してから一人で納得して、イガラシがうんうんと頷く。
「この度はまことにお悔やみを──」
「探偵局殿、シンゲン団長について何か分かったのですか? ……もしや、見間違いか何かの勘違いだったのでは?」
イガラシが慰めの言葉を発するのを遮って、アカネが詰め寄った。
「……ええっと、ごめんなさい、あなたはシュタール騎士団の方のようですが……」
突然にじり寄ってきたアカネの白い制服を見ながら、イガラシが言った。
「……はっ、これは失礼を。わたしはシュタール騎士団副長のアカネ・ベイルガムと申します」
「なるほど、あなたが現在のシュタール騎士団の責任者なのですね」
そこでイガラシはアグヌスに視線を送り、
「アグヌス指揮長、先にシュタール騎士団の方に説明をしても構いませんか?」
「ええ、構いませんとも。我々、衛兵隊よりもまず先にシュタール騎士団の方々が状況把握をするべきでしょう」
「ありがとうございます。……それではアインス様、アカネ副団長、こちらにどうぞ」
僕とアカネは、イガラシに案内されて執務室から退出した。




