第三十話 世界が知っちゃう、二人の関係!
「……あいたた」
「アインス様、失礼ですが動かないでください」
翌日、僕はアインスの部屋──自室のベッドの上で治療術式を受けていた。
「……えっと、アカネさんでしたっけ? 治療術式を掛けてくれるのはありがたいのですが、もうちょっと痛みを押させることはできないんですか?」
僕を治療してくれているのはシュタール騎士団のアカネ・ベイルガムという人物だった。黒髪で長身の女性。名前の通りヒノモト系の移民の家系だそうだ。
冷静、冷徹、無表情の三拍子。
なんでもシュタール騎士団の副団長でもあるのだとか。
「私の治療術式はネフェラ様と違って、あまり丁寧ではありません。ですが、その分治癒力は保障します。どうが御我慢のほどをお願いします」
「ハハハッ、良薬は口に苦しといいますからな、若」
ベッドの傍らに立ちながら、僕が治療されるのを見ていたシンゲンが笑いながら言った。
……正直、笑い事ではないのだが。
「わ、分かりま……あいたたっ!」
治り始めている証拠なのか、負傷した箇所が疼くような痛みを訴えている。
まあ今回の負傷はカサキヤ村の時と比べれば大分軽い。せいぜい身体中の打撲と、両足に軽いヒビが入ったくらいだ。
カサキヤ村でジューダスに狙われたというのに、すぐさまユニゼラルでも襲撃者に襲われるとはね。
これもゲオルグの狙い──囮の役割ということなのか。
「シンゲンさん、ユニゼラル家が主催した社交界は結局どうなったのですか?」
難民が集まり、社交界どころではなくなった会場。
どうにも推測するに難民を扇動したのは簒奪者が原因らしい。つまりは僕を殺すためにわざわざ千人以上の人を集めたのだ。よくやることだ。
「ええ、何度かあわや全面衝突かという事態になりかけたようでござるが、無事に平和的に難民たちの集団を解散させることに成功したようですな」
「そうですか。それは良かった」
僕が直接的な原因ではないとしても、彼らが皆殺しになったとしたらあまり良い気分ではない。
「何でもユニゼラル家のアイリーン様が難民たちに演説を行い、それが切っ掛けで武力衝突を避けることが出来たようでござるな」
「アイリーンが?」
あの自由勝手な、お嬢様が難民に対して演説をしただって?
「人づてで聞いた話しでござるが、自らの危険を顧みずに難民たちの前に飛び出して、それは素晴らしい演説をされたのだとか」
「……そうなのですか」
意外だ。いやそれともユニゼラル家であれば帝王学の教育は受けているだろうし、演説はお手の物なのだろうか。
……いや、それにしたってほとんど暴徒状態の難民を宥めるなんて、そうそう出来ることではないか。
「巷ではアトレイア教の聖人──聖母のようだと噂になっているようでござるぞ。いやぁ、若も婚約者として鼻が高いですなぁ」
「…………」
シンゲンの呑気の言葉に僕は何も返せなかった。
アイリーンの株が上がれば上がるほど、僕が彼女との婚約を破談にした時の悪影響が大きくなる。
「……ん?」
部屋の外から、どたどたと複数の人間が駆け回る音が聞こえてきた。
一拍して、僕の部屋の扉が勢いよく開け放たれる。
「アインス兄ちゃん、大変だぜ! ……って、うぉ!? アインス兄ちゃん、また怪我してるじゃん!?」
「うへぇ!? アインスにぃ大丈夫なの!?」
「ガーちゃん! エーちゃん! そんなに走って置いてかないでよぉ!」
カサキヤ少年探偵団の面々だった。
昨日の社交界から別行動をして、顔を合わせるのは今が初めてだ。随分と慌てているようだけど何があったんだろうか。
「ああ、大した怪我じゃないから大丈夫だよ。それよりもそんなに慌ててどうかしたのかい?」
僕が聞くと、ガルが手に持っていた紙の束を突き出してきた。
「これ、ユニゼラル中央新聞の号外記事なんだ!」
「新聞?」
そういえばユニゼラルには、報道機関──新聞社が存在していた。
たしか名前はリレーション新聞組合。僕の世界のマスメディアと比べると圧倒的に小規模だが、世界の大きな事件や経済の動向などの情報を不定期に発行しているそうだ。流石は自由経済都市といったところか。
「アインスにぃ、いいから見てってば!」
エーカが僕を急かしてくる。
そういえばガルとエーカはつい最近まで、大陸共通文字の読み書きがそれほど得意ではなかったはずだ。難しい言葉が沢山あるであろう新聞を読めるとは、クロムバッハ邸で働くために頑張って勉強をしたのだろうか。
そんなこと考えつつも、僕はその号外新聞を見た。
「……アインス・クロムバッハとアイリーン・ユニゼラル──大都市ユニゼラルを背負う二人の若き才気たち……」
僕は記事に書いてある題名をそのまま読み上げた。
…………。
…………。…………。
…………。…………。…………。
思考が幾許か停止した。
「はああああぁぁぁぁ!?」
「おやおや、昨日の若と戦闘と、アイリーン様が難民たちを諌めた演説のことが書いてありますな。昨日の今日で随分耳が早いことでござるなぁ」
シンゲンが横から新聞を覗き見て、呟いていた。
その言葉通り、号外記事には昨日の僕の異能による戦闘と、アイリーンが話した演説の内容が事細かく書かれていた。
昨日の戦闘は、人通りが少なかったとはいえ、ユニゼラルのメインストリートである目抜き通りで行われた。
戦闘の巻き添えになる人間はモンド以外にはいなかったが、遠目から僕の戦いを見ていた人間がいてもおかしくはない。
「……なになに、クロムバッハ家の次代当主であるアインス氏は若干十歳の幼い年齢でありながら、卓越した異能技術を行使して凶悪な賊を打ち倒し……」
その後の続きは、読め上げるのも恥ずかしい美辞麗句が書き連ねていた。やれ英傑の器だの、かつて覇王の第一腹心である初代当主を彷彿とさせるだとか。アイリーンの記事の方も似たり寄ったりの褒め方だ。
リレーション新聞組合はたしか平民の人間たちが運営しているはずだが、ここまで過剰に褒めそやされていると、裏があるのではと勘ぐってしまう。
大貴族であるユニゼラル家とクロムバッハ家に対してのおべっかだ。
事件にかこつけて、新聞社の資金援助目的のアピールではないだろうか。
「……はぁ、こういうのがプロパカンダの始まりなんだろうね」
時代の憂き目にあうような気分だ。
号外記事の下の方を見ると、僕とアイリーンが婚約していることがしっかり書かれており、ユニゼラルの未来は明るいと謎の上から目線の祝福を受けていた。
しかし大都市ユニゼラルで発行した新聞なら、それほど時間が掛からずに世界中にこの情報が伝播するだろう。
今までは貴族社会ぐらいにしか僕とアイリーンの婚約が知られていなかったわけだが、これで晴れてワールドワイドな身分になったわけだ。何せ大都市を一から作り上げたユニゼラル家と覇王の側近であったクロムバッハ家だ。話題性には事欠かない。
……ああ、糞を垂れたような心持ちになってきた。
《ウケケケッ! どうしてこうなった! どうしてこうなった!》
うるさいよ。
念話で茶化してくるヴァーゲストを僕は内心で一喝した。
「すげぇぜ、アインス兄ちゃん!」
「だよね、だよね! やっぱアインスにぃはカッコイイなぁ!」
新聞記事の内容を見て、ガルとエーカが目をキラキラさせながら自分のことのように喜んでいた。
「……ガーちゃん、エーちゃん、アインスお兄さんが困っているみたいだから、やめてあげなよ」
昨日の社交界での僕とアイリーンの一幕を見て察したのか、アリエッタが諌めるように言った。
……ああ、本当に助かるよ、アリエッタ。




