第二十五話 命に代えても
「──簒奪者だって?」
路地裏での唐突に僕を襲ってきた眼帯の老人──バルドス。彼は自らが所属する組織の名前を、そう宣言した。
「特戦隊──通称、毒蛇か。噂で聞き及んだことがあるでござるよ。大陸随一の犯罪組織が編成した抹殺部隊。構成員全てが達人級の異能者であるとな」
「左様じゃ。私怨は無いが、クロムバッハ家の人間はここで仕留めさてもらおうかの」
バルドスがククリ刀を持って、じりじりと間合いを詰める。
「何故クロムバッハ家を──いや、若を狙うのだ?」
その最中、相対するシンゲンを刀を構えたまま問うた。
「知れたことを。我々の組織がユニゼラルを含めた東部地域を完全に掌握出来ずにいるのは、お前たちクロムバッハ家が邪魔をしているからじゃろうて」
シンゲンを言葉を聞き、間合いを詰めていたバルドスが歩を止めた。
クロムバッハ家は武門の家柄であり、ユニゼラルを含めたイシュール地方の治安を守る番人のような役割を果たしている。
盗賊集団や奴隷商人といった組織の数多くを壊滅に追いやったのは数知れず。つまり反社会的勢力とっては怨敵とも言えるのだ。
「だから次代の後継者である若を狙ったわけでござるか。しかし十歳の幼い子供を狙うとは卑劣だとは思わんのか」
「卑劣? 可笑しなことを言う。犯罪組織の一員に道義を説くつもりかの。ここは騎士の決闘の場ではないのじゃぞ」
バルドスがせせら笑う。
「では話題を変えよう。貴様らの背後にいるのはどこの貴族だ?」
唐突にシンゲンはそんな発言をした。
貴族だって?
一体どういうことだ?
「貴様ら簒奪者がクロムバッハ家に恨みを持っているのは分かった。しかし此度の襲撃を仕組んだ首謀者は別にいるのでござろう?」
「面白い発想じゃの。そう推測した理由を聞こうか」
バルドスは愉快そうに口を歪めながら言った。
「根拠は二つ。一つ目は難民の暴動でござる。本来社交界の日程など知らぬはずの難民たちが、外国の要人たちが集まる今日という日を狙って暴動を起こしたという事実だ」
「ほうほう、次は?」
「二つ目は、衛兵隊しか知らないはずの避難経路で待ち伏せされた点でござろう。こればかりは如何に衛兵の数人をワイロで買収しようとも逃走ルートまでは完全に把握できない。若の避難先を知っているのは警備計画を立案した衛兵隊の上層部のみ。一般の兵士たちに知らされるのは、問題が発生してからでござるからな」
そうか。
衛兵隊という組織全体が、簒奪者に買収されるとは流石に考えにくい。ならば警備計画を事前に知ることが出来る上位階級のユニゼラル貴族の存在があるのだと考えるのが妥当だ。
「ここ最近のべリヌス高原の砦襲撃事件にしろ、どうにもクロムバッハ家を陥れたい勢力がいるようでござるな。今その首謀者を白状するならば、若に刃を向けた罪を拙者の権限で帳消しにしてやってもいいぞ?」
「かっかっか、まるで探偵局のような名推理じゃの。そこまで分かっているのならば、隠し立てする必要もないかの。お主の言う通り、儂たち毒蛇は雇われたのだ。お主たちクロムバッハ家を始末するためにな」
「ふむ、随分素直に白状したでござるな」
「生憎だが儂たちは依頼主の正体を知らぬからな。我々はただの処理係じゃ。故に今回の依頼をしてきた人物に何の忠誠心もない」
利害一致ということか。
そもそも今回の簒奪者の戦闘部隊による襲撃も、以前のカサキヤ村での闇の顎門を使った暗殺も、元と辿れば同じ人物が仕組んだ計画なのではないのか。
前回の闇の顎門を使った暗殺が失敗したからこそ、今回は別の組織を使って僕を亡き者にしようとしたのだとすれば筋は通る。
クロムバッハ家の次期当主がそれほどまでに邪魔な存在なのか。
あるいはユニゼラルでも最強の異能者と目する現当主ゲオルグを排除するのは不可能だと考えているのか。
「──ああ、さっきから会話を長引かせて、念話で援軍を呼ぼうとしているようじゃがの。無駄じゃぞ。今この辺一帯には思念妨害術式を仕掛けておる」
「……チッ、やはり対策済みでござるか。しかもこれは戦場でも使用する強力な妨害術式か」
妨害術式?
《思念を飛ばせば遠くの人間に助けを呼べるからな。それを防ぐための術式を仕掛けられているみたいだぜ。オレちゃんたちみたいな近い距離な思念通話は問題ねェけど、十メルトルも離れるとノイズみたいのが邪魔して会話出来なくなるんだよ》
ヴァーゲストの説明。それも心なしかノイズのような雑音が入って聞こえにくい。
電話といった通信機器がないこの世界では、念話は重要な連絡手段の一つだ。生死を賭けた闘争の場では尚更に。
対抗策もあるのも当然だろうか。
「そして、先ほどの時間稼ぎで儂の攻性術式も準備が整った。──さあ足手まといを庇いながら守り切れるかのう」
「うぉぉ!? なんじゃこりゃぁ!?」
モンドが叫ぶ。
いつのまにか僕たちの周りを取り囲むように、二十以上の魔法陣が中空に展開されていた。
以前ヴァーゲストも使っていた隠蔽術式による隠密展開。シンゲンとの会話を続けながら、密かに展開し続けたのか。
「砂塵舞う、骸多き軍場──」
バルドスの攻性術式を発動する言霊が呟かれた。
しかしその刹那、シンゲンが再び刀を鞘に納め──
「──御剣影裡流、奥伝の一。無明天翔」
電光石火。居合の一刀。
僕の身体強化された視力でも捉えられない超速の抜刀が魔陣を一閃した。
「なんじゃ!? 術式が発動せんだと!? おのれ対術否定術式の一種か!?」
バルドスの驚愕。
シンゲンの居合によって、中空に二十個以上あった魔法陣が一瞬で消え去っていった。
「呆けている場合でござるかな」
「……ぐっ!?」
未だ驚きを隠せないバルドスにシンゲンが斬りかかった。バルドスが慌ててククリ刀で防ぐ。
シンゲンの目にも止まらぬ連撃。
「かかっ! 小癪だなぁ、若造よ! 白兵戦とて儂は負けはせぬぞ!」
防ぐ。防ぐ。防ぐ。
僕では絶対に防ぐことは出来ないであろう斬撃を、眼帯の老人は華麗に防御し続ける。
「モンドよ! 聞いているでござるか!」
その鍔迫り合いを続けながら、シンゲンが背後のモンドに向かって叫んだ。
「……お、おうよ! なんでさぁシンゲン団長!?」
モンドが驚きながら答える。
「ここは拙者が引き受ける! お前は若を連れて離脱するのだ!」
「はぁ!? 本気っスか!?」
「ああ、頼むぞ! お前にしか任せられん!」
ユニゼラルでも名高いシュタール騎士団の長が発した必死の頼み。
その言葉に感動したかのようにモンドが身体を震わせた。
「……りょ、了解ですぜ、シンゲン団長! オレの命に代えてもアインス坊ちゃんをお守りしますよ!」
モンドが僕の腕を掴んだ。
「さあアインス坊ちゃん、シンゲン団長が時間を稼いでいるうちに行くぜ」
「……分かりました」
一瞬、僕もここに残ってシンゲンを援護しようかと悩んだ。
だが止めた。
二人の実力は僕の数段は上だ。戦闘経験、異能の位階、接近戦の技術。何もかもがだ。
おそらくは両方とも達人クラスの戦闘者。
ひょっとしたら達人者の中でも、八等階梯相当──到達者に近い異能者なのかもしれない。
僕が加勢しても足手まといになるだけ。ましてあの老人の狙いは僕なのだ。
「……シンゲンさん、すぐに助けを呼んできます。それまでどうかご無事で」
僕はモンドに連れられて修羅場となった路地裏から逃走した。




