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殺人鬼は異世界にて、かく語りき~殺人鬼は異世界で如何にして生きていくべきか~  作者: スズカズ
第二章 どうかこの偽りの魂に一条の光を
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第二十四話 簒奪者

 再びモンドに先導され、政務商業地区の入り組んだ路地裏を進むこと数十分。


「モンドよ、まだ着かないのでござるか?」


「もうちょいですぜ。あと少し歩けば目抜き通りに──って、今度は物乞いかよ!」


 裏路地を曲がったモンドが急に大声を上げた。


 モンドの言葉通り、曲がり角の先は物乞いたちの住処になっていた。

 壁に座り込み、施しを待つ彼らは軽く数えただけでも十人を超えていた。


 物乞いたちは、闖入者である僕たちを興味深そうに見ている。


「……まあ、裏路地でござるからな。こういう場所もあるでござろう」


「まいったな。目抜き通りを行くにはここを通るのが一番早いんだが」


 物乞いたちを見て、シンゲンとモンドが眉をひそめた。


「どうしたんですか? 何か困ることでも?」


 通り道に物乞いがいるからといって何か問題でもあるというのか。通行の邪魔にはなるわけではないだろうし。


「いや俺らは良いんだけどよ。たぶんアインス坊ちゃんの姿を見られたら──」


「なぁもしかしてアンタ、貴族の子供かい?」


 物乞いの一人がおそるおそるといった様子で僕に話し掛けてきた。


 社交界を抜け出してきたので、僕の服装は貴族の坊ちゃんというのが丸わかりだ。


「……おれは戦争で片腕を失ってしまったんだよ。パンを一つ買う金でもいいからよお……お慈悲をくだせぇよ……」


 施しの懇願だった。


 そしてその一人の物乞いの懇願を切っ掛けに、他の十人以上の物乞いたちがまるで地獄の餓鬼のように、僕へにじり寄ってくる。


「だっー! くそやっぱりこうなると思ったぜ! 散れ散れ、おめぇら! こっちは今急いでるんだよ!」


 僕に近付く物乞いたちを、モンドが身体を張って食い止める。


「ふむ、流石に斬り捨てるわけにはいかぬしな。どうしたものでござるか」


 なるほどね。

 二人が危惧したのは、こういう流れか。


「いっそのこと彼らが満足するまで施しを与えたらどうですか?」


「平時であればそれも一興でござるがな。この人数で一人一人にそのようなことをしていれば、日を跨いでしまうでござるよ」


「では時間が掛かってしまうかもしれませんが、迂回して──」


 言いかけて視界の端にふと違和感が生じた。


 なんだろうか?


 僕は違和感を原因を探ろうとして、すぐに気付いた。


 僕の群がろうとする物乞いたちの集団。その一番奥。全身を覆うようにボロ切れを纏った一人の物乞いだ。


 その物乞いは、全身を覆うボロ切れからは両眼ぐらいしか露出していない。

 しかしその眼光は、他の物乞いたちと違って僕を強く、じっとりと見つめてきている。違和感の正体はそれだ。


 その眼光は決して哀願を求める弱々しいモノではなく、例えるならば──殺気、殺意?


「──え?」

 

 瞬間、その物乞いがわずかに動いた気がした。

 同時に何かが僕に目がけて飛んでくる。


《──坊ちゃん、避けろォ!》


 危機を知らせるヴァーゲストの叫び。

 それで僕はようやく飛来物が、短剣(ダガー)に似た小さな刃物だということに気付いた。けれど間に合わない。虚を衝かれた僕は何の回避行動も取ることができない。短剣は正確に僕の頭を──


「──()()()()()()()()()()()()()()()()


 白刃一閃。

 シンゲンがまるで居合抜きのような動作で短剣を真っ二つにした。


「チッ、やはり防ぐか」


 僕に短剣を投げ付けた物乞いが忌々しげに呟いた。

 そして自ら纏っていたボロ切れを脱ぎ捨てた。


 現れたのは、蛇の紋章が彩られた眼帯をした隻眼の老人。

 老体ながら鍛え抜かれた肉体。古強者の風格を持つ戦士だった。


「さてさて儂の奇襲、どうやって見破ったのかね」


 老人が僕の世界のククリ刀に似た剣を、取り出して構えた。


「いくらボロ切れで身体を隠し、ぎりぎりまで殺気を消そうとも、鍛え抜かれた歴戦の佇まいまでは誤魔化せないでござるよ」


 対峙するシンゲンも剣を構える。その剣はこれまた僕の世界の日本刀に酷似していた。


「流石は前大戦の英雄──音に聞こえしミルツギ流の免許皆伝といったところかの」


「その口振り、貴様も『大戦』の参戦者か」


 言いつつもお互いが睨み合いを続ける。一触即発の空気。


「ひぃ! 刃傷沙汰に巻き込まれるのは御免だぁ!」


 一転して緊迫した雰囲気の中、物乞いたちが蜘蛛の子を散らすように逃げていった。


「貴様は闇の顎門(フェンリル)の刺客ではないな。何者だ、名を名乗れ」


 闇の顎門ではない?

 僕の脳が突然の急展開にようやく追い付いてきた。


 先ほどの一撃は完全に僕を狙った奇襲──暗殺だった。


 そんなことを仕掛けるのは闇の顎門以外にも存在するというのか。てっきり、ジューダスが言っていた尾の暗殺者なのかと思ったが。


「ほうほう、あのミツルギ・シンゲンに名を問われるとは光栄なことだの。いいじゃろう、儂の名は──」



 *****



 一方その頃──


「ハンネ様、こちらです!」


「んもう、そんなに急かさなくても聞こえているわよ」


 ハンネはシーガッタと名乗る衛兵に連れられて、ユニゼラル中央博物館の廊下を歩いていた。


「あたし、別に避難なんかしなくても良いと思うんだけどなぁ」


「これも決まりですのでご承知を。ハンネ様が逃げていただかないと他の貴族の方々を避難させることができませんので」


 貴族階級は明確に序列が決まっている社会だ。


 万が一の事態に備えて、安全な場所に避難させるにしても、()()()()()というのが当然のルールとなっている。


「そもそも外国の要人たちを差し置いて、自国の上位貴族を優先して逃がそうとする根性が気に食わないのよ。……何だったらあたしが外の難民たちを止めてきましょうか?」


「……外の状況は膠着状態と聞いています。我々、衛兵隊も事態を平和的に解決するために尽力していますので何卒ご容赦を」


「分かってるわ、冗談よ。貴族の娘が一人出ていったところでどうにかなるわけでもなし。……はぁ難民たちに暖かい食事と新品の毛布を配ったぐらいで収まりが付けば簡単なのにねぇ」


 政治に疎いハンネもそれぐらいは理解していた。彼らが求めるのは一時的な施しではなく、根本的な状況の改善なのだ。


「……ところであたしたち、どこに向かってるの?」


「この先にある食糧庫に隠し通路があります。今はそこに向かっているところですね」


「はぇー食糧庫に隠し通路ねぇ。ほんとに色々な場所に避難経路があるわね。ちなみにアインは別のルートから避難してるの?」


「ええ、順調であれば、すでに衛兵隊の馬車で貴族地区に護送されている頃合いでしょう」


「アインもとんだ日に社交界デビューをしてしまったわね。可哀想に。気落ちしてなければ……ううん、むしろ来たがってなかったから喜んで──ん?」


 ハンネが喋りながら廊下の曲がり角を曲がった瞬間、足元に何かぶつかった。


 ハンネは一体何にぶつかったのかと視線を落とすと──


「何だ、これは!?」


 ハンネの隣を歩いていた衛兵──シーガッタが絶叫した


「……衛兵隊?」


 ユニゼラル中央博物館の廊下に完全武装した五、六名の衛兵が倒れ込んでいたのだ。全員ぴくりとも動かない。


「おい! お前たち! どうしたっていうんだ!?」


 シーガッタが倒れている衛兵の一人を激しく揺すった。しかし衛兵は何の反応もよこさない。


「待って、怪我をしているなら動かしちゃダメよ」


 ハンネはシーガッタを静止した。


 武門の家柄として負傷者の扱いは手慣れている。ハンネは倒れていた衛兵の手首を触り、脈を確かめた。


「脈も呼吸も正常ね。鎧を着ているから断言は出来ないけど外傷は無いわね。たぶん気絶しているだけよ」


 おそらく他の兵士も同様だろうとハンネは推察した。


「ハンネ様、彼らは難民にやられたのでしょうか?」


「……うーん、それは考えにくいわね」


 一部の暴徒化した難民がどこからか侵入したにしては、廊下に戦闘の痕跡がまったくなかった。


「鎧にも傷付いた様子はないわね。 ……素手で気絶されたのかしら?」


 出血は無し。そして鎧にも損傷がないことから鈍器ではないことも予想できた。同様の理由で攻性術式も除外。

 となれば、残った手段は素手しかない。


「素手ですか? 完全武装の衛兵を複数相手に?」


「ええ、基本的に戦闘の素人である難民たちにそんな芸当ができるとはとても思えないわ。それに建物の警備が突破されているなら、今頃大騒ぎになってるでしょう?」


 ハンネは知っている。

 異能者の中でも、徒手空拳による戦闘に特化した人間たちを。


「どちらにしろ一流の異能者の仕業には間違いないわね」


 訓練された兵士たちを複数気絶させ、なおかつ大騒ぎになっていない。つまりは抵抗する暇もなく昏倒させたということだ。


「……闇の顎門の仕業かしら? ううん、たぶん違うわね」


 ハンネは生じた疑問をすぐさま思い直した。


 これが闇の顎門の襲撃とは思えない点が多々あった。


 闇の顎門の二種の暗殺者。

 顎門と尾。


 これが顎門の手によるものならばもっと派手に襲撃しているはずなのだ。正面戦闘による暗殺を旨とする連中が現れているのならば、建物内は凄まじい混沌と混乱に陥っているだろう。


 そして同様に尾の仕業ではないとも断言できた。影からの暗殺に特化した彼らは目撃者など絶対に残さない。衛兵隊の兵士たちは気絶しているだけだ。尾が関与しているならば生存者など一人も残さない。


「……でも、闇の顎門の仕業じゃないっていうなら、一体誰の仕業だっていうのよ」


 クロムバッハ家を狙う敵は多い。

 しかし、この状況はクロムバッハ家とは無関係なのだろうかとハンネは思った。


「あっー! ようやく来たんだね!」


「誰だ!?」


 廊下の向こうから声が聞こえた。

 シーガッタは即座に剣を抜いて構えた。


「……女の子?」


 ハンネが訝しげに呟いた。


 ハンネとシーガッタの視界に現れたのは一人の少女。


 頭巾(フード)付きの外套(ローブ)を着た青い髪の女の子。彼女の両手には、少女には似つかわしくない銀色に光る籠手が装備されていた。

 

「──アンタ、何者よ」


 まるで散歩するような足取りで登場した少女に、ハンネが警戒をあらわにする。


「おおっと、随分なご挨拶だね。こっちはあなたが来るまで結構待ってたんだよぉ」


 けらけらと青髪の少女が屈託なく笑う。


「その装備……ふぅん、衛兵隊を倒したのはアンタね」


 ハンネの視線は、少女が両手に装備している籠手に向けられていた。


「うん、そうだよ! ウチの邪魔をされたくなかったからね。ちょっと眠ってもらったんだ!」


 ──格闘士。


 接近戦特化型の中でも素手での戦闘を主する人間たちの通称。


 素手だからと侮ってはいけない。

 身体強化術式を駆使して、刀剣よりもさらに近い間合いでの戦闘を目的する者たちだ。

 格闘士は屋内戦──いわゆる密着状態で戦うことを得意とする。魔素で強化された一流の格闘士の拳は、刀剣類と真っ向からぶつかって破壊することも可能だと言われている。


「……はぁ、あたし、格闘士と戦うの苦手なのよねぇ。懐に潜り込まれるとやりにくくしょうがない」


 ハンネは得意する武器は長槍。

 相手よりも遠くから攻撃できるという利点こそあるが、もしも密着状態に持ち込まれたとしたら苦戦するのは必死だ。


 ましてここは屋内。長物を振るうには圧倒的に不向きな場所だった。


「剣術三倍段なんて言うけど、アレって結局机上の空論よね」


「ハンネ様、ここは私が敵を引き止めます。今のうちに退避を」


「待って」


 シーガッタが前に進もうとするのをハンネが制した。


「あの魔力形成から見て、最低でも相手は達人者(アデプト)クラスよ。あなたみたいに異能を持たない人間が戦ったところで十秒も持たないわ」


「達人者級ですと!? そんな馬鹿な!?」


 人口百万を超えるユニゼラル公国であっても達人者レベルの異能を行使できる人間は数少ない。ユニゼラルで最強と名高いシュタール騎士団ですら、ほんの数人しか存在していないのだ。


「まさかあたしよりもずっと年下の女の子が、あたしと同等クラスの異能者だなんてね。ま、異能者の外見なんて当てにならないけど」


 身体強化術式を極めた異能者は、老化が著しく遅くなる。かつての覇王が数百年の年月を生きたように、高位の異能者になればなるほど外見年齢から隔たりが生じるのだ。

 子供だと思って侮れば痛い目を見るだろう。


「あ、オバさん扱いなんて酷いなぁ。ウチは外見通りのピチピチの十五歳だよ。ぷんぷん!」


 青髪の少女は、怒りをわざとらしく表現した。


「……アンタ、嘘臭いわね」


 直感だが眼前の少女は自分よりも結構な年上ではないだろうか。ハンネは何となくそう思った。


「あ、そうだ、狂犬ハンネさん、()()()()を出してみなよ。待ってあげるからさ」


 コロコロと表情を変えながら少女が言った。


「へぇ、いいのかしら」


「勿論! ウチのモットーは正々堂々だよ!」


「あっそ、じゃあ遠慮なく」


 ハンネは両手を構えて、自らの身長ほどの巨大な魔法陣を出現させた。


「──我が魂よ(ゼーレ・)武の極みに至れ(シュテルクスト)


 ハンネの言霊に反応して、巨大な魔法陣が光の粒子になり一つのカタチに収束していく。ハンネの両手に現れたのは黒曜石で作られたかのような漆黒の長槍だった。


「へぇ、それが空想物質(エーテル)体で作られた武器なんだ。凄いなぁ初めて見たよ」


 空想物質(エーテル)

 術式によって、魔素(アストラル)を固定化された物体を新領域創造学ではそのように呼称される。


 実体化した存在は、物体に込められた魔素が消失するまでのわずかの時間しか世界に顕現できない。しかし、高度な術式によって練り上げられた武具は、それ自体が一種の攻性術式のような特別な力を持っているのだ。


「まさしく空想具現化。特別な血筋じゃなければ使えない異能ってのも納得だね。くすくす、いやぁ眼福だねぇ」


「あたしが普段から死ぬ気で術式を込めて作った魔槍──武天極致(レギルランツェ)、言っておくけど手加減は出来ないわ。死にたくになかったら降参しなさい」


 ハンネが一日に生成できる膨大な魔素量のおよそ三割を使って作られた異能の槍。


 ハンネが槍を構えただけ廊下の一部が崩れ落ちた。強大過ぎる魔素の余波だ。制御し切れなければ使い手すらも傷付けるだろう。


 しかし青い髪の少女は、その凶悪の一言に尽きる魔槍を見て、心の底から楽しそうに笑う。


「──死ぬ(Good)には良い日だ(Day to Die)


 少女はまるで恋人に囁くように呟いた。


「はぁ? 聞いたことない言葉ね、それ何語よ?」


「べっつにー、単なるお守りみたいものだから気にしないでよ。……っと、それじゃあいっちょやりますか」


 両手の籠手を打ち鳴らし、青い髪の少女は戦闘態勢に入った。


「……退く気はないってことね。いいわ、戦場の流儀よ。聞いてあげるから名を名乗りなさい」


「お、良いね、そういうの。ウチの名前は──」



 *****



 かくして二人の襲撃者は自らの名を宣言する。


 一人は眼帯の老人、


「──簒奪者(コーサ・ノスティ)の異能特化戦闘部隊が所属、バルドス・ジャルートじゃよ」


 一人は青い髪の少女、


「──簒奪者(コーサ・ノスティ)の異能特化戦闘部隊の所属、ホムラ・カナタだよ」


 簒奪者(コーサ・ノスティ)

 それはアトレイア大陸において、もっとも有名な犯罪組織の一つ。


 奴隷売買、戦争傭兵、麻薬製造及び販売、違法術式武装の横流し。その他数え切れないほどの悪徳を行っている連中だった。


 大陸のあらゆる犯罪組織の背後には、彼ら簒奪者(コーサ・ノスティ)が元締めとして君臨しているとされる。


 そして、その戦闘部隊がクロムバッハ家に牙を剥こうとしていた──

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