第二十三話 殺人鬼の苦手な物は
僕とシンゲンが、モンドによって案内されたのは、外ではなくユニゼラル中央博物館の館長執務室だった。
「モンドさん、どうして執務室に来たんですか?」
館長執務室には誰もいない。無人だ。せいぜい執務用の高級机と本棚があるぐらいだ。
「ヘヘ、まあ見てなって、シーガッタに聞いた話しじゃあこの辺に……」
モンドが本棚を手探りで調べ始める。するとしばらくして歯車が動くような起動音が聞こえて──
「隠し扉?」
本棚の一角が動き、隠された扉が正体を表した。
「見ての通り、要人用の緊急避難通路ってわけさ」
なるほど、だから貴族階級の人間しか使うことのできない避難通路なのか。
こんな秘密の抜け道、おいそれと平民に見せるわけにいかないのだろう。
以前、カサキヤ村の旧集会所で見た秘密の通路を思い出すな。やはり貴族というのは緊急時の脱出手段を常に用意している物らしい。まったく、何か後ろめたいことであるというのかね。
「これを使って外部に脱出するんですね」
「おうよ、こっから先はユニゼラルの中央博物館の外──路地裏に繋がっているんだってよ。出た先で衛兵隊が安全を確保しているはずだ」
「事前の警備計画によると、路地裏に出た後は衛兵隊が用意した馬車で貴族地区まで護送する予定でござるな?」
「ウッス、そういう予定になってます、シンゲン団長」
「モンドさん、ハンネ姉様もこの抜け道を通るのですか?」
「いいや、ハンネ様は別の隠し通路を使って脱出する予定だぜ」
ユニゼラル中央博物館にはこういった脱出路が複数存在しているのか。随分と用心深いな。
いや、こういった大規模な社交界で、数多くの貴族を退避させるとなると一つで足りないのは当然か。
ふと僕はあのやかましい自称婚約者を思い出した。彼女も別の隠し通路を使って避難しているのだろうか。
「うげ、真っ暗じゃねぇか。明かりぐらい用意しとけよなぁ」
隠し扉を開けたモンドが、通路の先を覗き込みながらボヤいた。
「……っと、ここらへんにたいまつが用意されているはず……お、あったあった」
なにやらゴソゴソと隠し扉の入り口で準備を始めた。そして一分もしない内に銅の棒に布を巻き付けた物──トーチを掲げた。
「さあ準備万端だ。行きましょうぜ」
僕たちはモンドに先導されて隠し通路に入っていった。
*****
「若、足元に気を付けて進むのでござるよ」
「ええ、分かりました」
隠し通路の内部は狭かった。
ほとんど真っ暗なうえに人間一人がギリギリ通れるぐらいの幅しかなかった。
必然的に僕たちは直線で並んで進むことになる。
先導するモンド、僕、シンゲンの順番だ。
「……なんだかさっきから下ってばかりのような気がする」
しかも先ほどから通路が下り坂になっているのだ。
真っ暗なせいもあるが、足元が不安定で何度も転けそうになる。
「おそらく地面の下を通るためなのでござろう」
「地面の下……坑道のような構造になっているのですね」
当然だが地上には他の建物があるので避難経路を作ることが出来ない。誰にも気付かせないように脱出するには地下に道を作るしかないのだろう。
「若? あまり表情が優れないようでござるが、体調でも悪いのですかな?」
「……あ、いえ、ちょっと閉所恐怖症の気がありまして……」
ほぼ真っ暗状態、しかも前を歩く僕の状態を察したシンゲンが心配そうに声を掛けてきた。
「閉所恐怖症でござるか? 意外ですな」
「ええ、何故でしょうね。どうにも昔から暗くて狭いところが苦手で」
理由は分からない。
だが僕は物心付いた時から、そういった場所が酷く苦手だった。暗いだけなら、あるいは狭いだけなら平気なのだが。
両方が合わさると途端に、心臓をわしづかみにされるような不安感に襲われる。
カサキヤ村の隠し通路も暗くて狭かったが、あの時は十分な光源があったし道幅も大きかった。だが、ここはさらに狭くて暗い。やはりこのぐらいの空間では心理的な負担が掛かってしまうらしい。
「ハッハッハ、若にも子供らしいところがあるようで安心しましたぞ。子供なら苦手な物の一つや二つあって当然でござるよ」
「……そうですか」
まあ僕は良い大人の年齢なのだがね。
そのまましばらく進み続けると下り坂が終わり、広間のように開けた場所に出た。
「ふむ、今度はまるで迷路のような空間になったでござるな」
シンゲンの言葉通り、僕たちのいる広間のような空間からは、六ヶ所以上の通路が張り巡らされているのが見えた。まるでアリの巣の内部にいるようだ。
「追手の追跡を防ぐためにわざと迷宮みたいな作りにしてるみたいですぜ。脱出路までの正解のルートが書かれた書き付けを持ってますんで、それ通り進みましょうや」
随分用心深いな。隠し扉だけでは飽き足らず、こんなギミックを用意しているとは。
僕たちはトーチを持ったモンドに再び先導されながら迷路のような通路を進んでいく。
左に曲がり、右に曲がり、幾度となく分かれ道を突き進む。何かあった時のために道順を覚えておこうかと思ったが、分かれ道が十回を超えた時点で暗記するのを諦めた。
「お、ハシゴだな。どうやらここで終わりみたいだぜ」
通路が行き止まりになり、地上に向かうハシゴが見えた。ようやく出口のようだ。
今度はハシゴを登る。まったく下ったり登ったりと忙しいことだ。
先頭のモンドがハシゴの一番上、木の板で塞がれていた出口を押し開いた。
「ヨッシャ、これでようやく他の衛兵隊と合流──って誰もいねぇじゃねぇか!」
地上に出た瞬間、モンドが叫んだ。
「む、妙でござるな。計画では脱出先で合流してから、若を馬車で護送するはずだったが」
たしかに路地裏には人っ子一人いない。
しかもどうやら僕たちが地下にいるうちにすっかり日が暮れてしまったらしい。薄汚れた路地には月の明かりぐらいしか光源がなかった。
「おっかしいなぁ、場所はここで合ってるはずなんだけどよ」
ブツブツ言いながら、モンドが書き付けを何度も睨み付ける。
「拙者たちが間違えたか、それとも衛兵隊の方に何か不都合でもあったか」
「二人ともどうしますか? ここで衛兵隊が到着するまで待ちますか?」
そもそも僕が避難する必要があったのかも疑問だけれど。
この路地裏はユニゼラル中央博物館から少なくとも数キロは離れた距離らしい。難民たち抗議の声が遠くに聞こえる。別にここで待っていたとしても危険はあるまい。
「いやアインス坊ちゃん、ここから少し進めば目抜き通りだったはずだ。そこで衛兵隊の馬車を捕まえた方が早いと思うぜ」
ユニゼラルの目抜き通りは、都市の中心──クライン広場から東西南北に横断する大きな道路だ。衛兵隊の詰所もそれに沿うように何ヶ所も設置されている。つまり道なりに歩いていけば彼らと合流できるのは自明の理だ。
「仕方ないでござるな。少々手間だがこちらから出向くとしよう。そこの衛兵──モンドと言っていたでござるかな。また案内を頼む」
僕が何度も名前を言っていたので覚えたのだろう。シンゲンがモンドに案内を依頼した。
「ここら辺だったら俺の地元ですよ。道案内なら任せてくだせぇよ。……へへ、しかしあのシュタール騎士団の団長様に名前を覚えてもらえるなんて光栄すよ」
「ハッハ、必要なら鎧にサインでもしてみるでござるか」
「お、本気すか。実は俺、十年前のベリヌス攻防戦に出征しててゲオルグ様とシンゲン団長のファンなんすよ」
シンゲンの冗談にモンドが真剣に答える。
「……それは後で頼むでござるよ、今は先を急いでくれ」
「了解でさぁ!」




