第二十二話 避難
「若、やはりここにいたのでござるか」
外の抗議の集団を見て、パーティどころの騒ぎではなくなった社交界の会場。どうしたものかと手持ち無沙汰に待機していると、少し慌てた様子でシンゲンがやってきた。
「外の様子を……っと、この様ではすでにご存じのようでござるな」
未だ窓に張り付いて外の状況を伺っている若者たちを見ながらシンゲンは言った。
「ええ、シンゲンさん、随分と物騒な雰囲気になっていますね」
つい先ほどから怒号が聞こえ始めた。難民たちが本格的に抗議を始めたのだ。
しかし意外だな。
こういった抗議運動は、僕の世界でも近代の民主主義で成立した印象がある。
抗議活動とは、抗議する側に一定の権利が保障されていなければ成立しない。民主主義的な概念。つまりは法的平等、自由、自治権などだ。
例えば絶対君主制での抗議は、王への反乱とみなされ即座に処分されるのが当然の流れだ。
ユニゼラルは世界でもトップの法治国家を標榜しているらしいが、その国民の人権意識はせいぜい僕の世界の一八世紀基準が良いところだろう。
それが良いことなのか、悪いことなのかは知らない。
だが難民たちには市民権すら無いのだ。
権利が保障されていない以上、今すぐに暴力によって鎮圧されてもおかしくはないはずだ。
「シンゲンさん、こういった難民による抗議活動はユニゼラルでも多いのですか?」
「ふぅむ、平民の労働者による抗議運動は稀にありますが、難民……しかも千人を超える人数となると見たことも聞いたことないでござるな」
そうか。
やはり今の状況はユニゼラルでも珍しい事態なのか。
窓の外を眺めている貴族の若者たちに危機感がないのも当然だ。まるで面白半分で、対岸の火事を眺めているような雰囲気なのだ。
難民たちが暴徒化して、このユニゼラル中央博物館に雪崩れ込んでくるとは思いもしないのだろう。難民たちが贅沢の限りを尽くす貴族階級にどのような感情を抱いているのか想像すらしない。
まあパニックにならないだけマシだろうか。
「外の難民たちが暴徒化してこの建物に押し寄せてくる可能性はありますか?」
僕が聞くとシンゲンは関心したかのように笑った。
「ハッハッ、若はやはり察しが良いでござるな。その可能性に思い至るとは。しかし心配は無用でござる。建物を警護しているのは異能者を含めた完全武装の衛兵隊。それに我らシュタール騎士団の面々も有事に備えて待機させておりまする」
もしかしてさっきシンゲンがシュタール騎士団の人間と話していたのはこの件だったのか?
「では、千人を超える人々を真っ向に相手しても問題ないと?」
「ええ、非武装の民間人ならば建物に一メルトルも近づかせないでしょうな。……もっとも、それはそれで別問題が生じますが」
「別問題?」
どういう意味かと考えてすぐに理解した。
「そうか、この社交界には外国の要人も多数参加している。そんな重鎮たちの眼前で民間人の虐殺を行えばユニゼラル公国の世評は地に堕ちる」
というかこれが難民たちの抗議集団がここまで巨大化してしまったことの一因なのだろう。
実力行使で集合を阻止することができないからこそ、これほどまでに難民の数が膨れ上がってしまったのだ。
「若のおしゃる通り。ユニゼラル公国は世界でも有数の法治国家だと自ら宣言しております。そのような国が哀れな難民たちを血の海に染めたとあっては権威の失墜は必定でござる」
「……難儀なことですね」
どちらにしろあんな大人数を平和的な方法で解散させるのは一筋縄ではいかないことだろう。
「しかし、いささか気になる点もありますな」
「気になる点?」
「難民たちの動きがあまりにも用意周到でござる。衛兵隊が止める間も無くここまで膨れ上がるとは。難民問題はユニゼラルが長年抱える諸問題の一つではありますが、これではまるで誰かにあらかじめ仕組まれていたかのような──」
「アインス様! シンゲン団長殿! ここにいらっしゃいましたか!」
シンゲンの言葉を遮って、フルフェイスの兜を被り完全武装をした二名の衛兵が僕たちの前に現れた。
「どうした、何用でござるか?」
シンゲンが聞くと衛兵の一人が武門式の敬礼で答えた。
「指揮部隊長からの指示により、アインス様を護送するために参りました!」
「ふむ、かねてから警備計画通りでござるな。万が一の状況に備えて上位貴族から順に安全な場所に送り届けるのだな」
「ええ、その通りです。避難通路までご案内します」
「ああ、分かった。拙者も若に同行して──」
衛兵とシンゲンが話し合いをする中、もう一人の衛兵がすすっと僕に近付いてきた。
「……よ、アインス坊ちゃん、奇遇だな」
フルフェイスの兜の面頬を外して、衛兵の顔をあらわになる。
「モンドさん?」
「おうよ、覚えていてくれて光栄だぜ」
貴族門の門番をしていた兵士──モンドだった。ここ最近、貴族地区を出る時にいつも顔を合わせていた人間だ。
「勿論です。あなたにもらった服のおかげで随分助かりました」
「いいってことよ。どうせ使わなくなったガキのお古さ。……しっかし、聞いてくれよ坊ちゃん。今日は本当は非番だったのによ、こんなところに駆り出されてさぁ」
本来は門の警備をしている彼がここにいるのはそれが理由か。モンドがいるということは、もう一人の衛兵はシーガッタか。
「おいモンド! 私語は慎め!」
「ハイハイ、そうヤキモキするなや、シーガッタ」
シンゲンと話し合いをしている衛兵がモンドを注意した。やはりモンドの相方、シーガッタだったようだ。
「ではシンゲン団長、私はハンネ様を案内しますのでこれにて失礼します。避難通路の案内は私の相方が」
「ああ、頼む。……それとハンネ殿は嫌がるだろうから拙者の命令だと伝えてくれ。そうすれば素直に言うことを聞くはずだ」
シンゲンがハンネのことに関して指示を付け加えていた。
たしかにハンネに危ないから避難しろなんて言っても「他の人間を差し置いてなんであたしが先に逃げなきゃならないのよ!」と憤慨しかねない。
「は、承知しました! ……おい、モンド! 免職になりたくなかったら口は慎めよ!」
最後に忠告を投げ捨てながら、シーガッタが慌てて走り去っていった。
「ヘイヘイ、せいぜい気を付けますよ。……それじゃクロムバッハ家の皆さん、ご案内しますぜ」
「あ、モンドさん、僕の世話役が他に二人いるんですが少し待ってもらってもいいですか」
外の空気を吸いに行ったガルとエーカがまだ戻っていない。避難するにしても、まずは彼らを探さなくては。
だがモンドは僕の言葉を聞いて、申し訳なさそうに頭を下げた。
「悪い坊ちゃん、これから案内する避難通路は機密性の高い場所なんだ。軍規則で、貴族かそれに準ずる立場の人間じゃないと案内しちゃいけないことになってるんだよ」
「そんな……そこを何とかなりませんか?」
シンゲンの話しを聞く限り大丈夫だと思うが、難民との武力衝突になりかねない場所に少年探偵団の面々を置いていくのは気が引ける。
「……うーん、何とかしてやりたいのは山々なんだが……もしかして俺一人だけならバレねぇかな? いやいや避難先に他の衛兵もいるしなぁ……」
僕の無茶な願いにモンドがうんうんと唸る。
「アインスお兄さん」
「ん?」
後ろに控えていたアリエッタが僕の服を引っ張った。
「私たちのことは気にせずに避難してください。こういう時はアインスお兄さんは最優先です。ふふっ、なんだってクロムバッハ家の跡取りなんですから」
「……アリエッタちゃん」
「ガーちゃんもエーちゃんもここにいたら同じことを言うと思いますよ。同じ少年探偵団の仲間ですから分かるんです。あ、勿論アインスお兄さんもそうですけど」
僕を心配させないためか、アリエッタが胸を張って言った。
「若は良いご友人に恵まれましたな。彼女たち三人にはシュタール騎士団の精鋭を護衛に付けましょう。それで構わんでござるかな」
「……はい、分かりました」
アリエッタの気遣いに水の差すのは止めよう。僕はしぶしぶながら頷いた。




