第十一話 強くなるためには
《ハアァァァ!? 正気かよ、坊ちゃん!?》
僕の宣言を聞いてヴァーゲストが念話で驚きの声を上げた。
「強くなりたいって……一体どういう意味かしら、アイン?」
「そのままの意味ですよ、ハンネ姉様。姉様たちが毎朝訓練をしているのであれば是非僕も参加させていただければと」
「うーん、急に言われても……」
僕の言葉にハンネは困惑気味だ。まあそれも当然か。彼女の認識では少し前まで病気療養していた弟なのだから。
《なァ、マジでいいのか、坊ちゃんよォ。下手すりゃあ坊ちゃんが偽物のアインスだってバレちまうぜ?》
《逆だよヴァーゲスト。こういう場合はハンネに疑いを掛けられる前に、彼女と先に親交を深めた方が得策なんだ》
どっちにしろ同じ家に住んでいる以上、ハンネと距離を置くのは難しいだろう。まして、こんな直情的で一本気な性格ではなおさらに。
だったら先に彼女の嗜好を把握して、良好な関係を築いた方が良い。
「ふふっ、昔を思い出しますなぁ。若は幼い頃から側付きのメイドに連れられて拙者たちの訓練を見物したがったものでござった」
「ああ、そういえばそうだったわねぇ。あの頃は自分の足で歩けないぐらい身体が弱かったのにね」
ハンネは昔を思い出したのか、苦笑気味に笑った。
……申し訳ないことにその人物は僕と別人なのだがね。
「ハンネ殿、病み上がりの弟君に無理をさせたくない気持ちは分かりますが、剣の振り方を教えるぐらいなら構わんのでござらんかな?」
「……はぁ、しょうがないか。可愛い弟の頼みだものね」
シンゲンの言葉を聞き、しぶしぶながらもハンネが頷いた。
「身体がつらくなったら無理せずに言いなさい。まあ、あたしが教える以上、手を抜くつもりはないけどね」
「ありがとうございます、姉様」
これでヴァーゲストとの一体化で向上した身体能力のテストと訓練が出来る。
ハンネとの仲を深める切っ掛けになるかもしれないし一石二鳥だな。
*****
ハンネとの訓練の約束を取り付けた僕は、自室であるアインスの部屋に戻ることにした。
《でもよォ、本当に良かったのかよ坊ちゃん。戦闘訓練をしてくれる人間を探すだけなら、ゲオルグの大将がいくらでも口利きしてくれると思うぜ》
「何だ、まだ文句を言ってるのか、ヴァーゲスト」
《……いやァ、別に文句ってわけじゃねェけどよォ、あのネェちゃんやたら勘が鋭いからな。坊ちゃんのことがバレちまわないか心配だぜ》
一体化を看破されたことをよほど気にしているのか、ヴァーゲストは少し心配性になっていた。
「まあ、発覚するリスクがあるのは実際にその通りだけどね」
戦闘訓練だけならヴァーゲストの言う通り、ゲオルグがいくらでも人材を用意してくれるだろう。質はともかくとして。
「……正直なところ、僕はあまりゲオルグを信用していないんだ」
ヴァーゲストには言ってもいいだろう。僕は素直に心情を吐露した。
《ハァ? 大将を信用してないってどういうことだよ?》
「ノアの目的は単純だ。自分の血筋、覇王の子孫だという事実を利用して、この戦乱の世界を少しでも平和にしたいという目的がある」
やろうと思えば私利私欲で生きていくことも出来るのに欲がないことだと思う。
「けれど、ゲオルグの方は目的は不透明なんだ。僕のような転生者を用意したり、ノアの身分を偽って暮らさせたり、やることがいちいち遠回し過ぎる」
《んー、考えすぎじゃねェの? ゲオルグの大将はクロムバッハ家を再興したいだけだろ》
クロムバッハ家はかつて世界の支配者である覇王の第一貴族だった。今ですら相当に有力な貴族なのに、当時の権勢は如何程だったのか。それを考慮すれば覇王の血筋を担ぐのも納得できるかもしれないが。
「……僕の考え過ぎだと良いのだけれどね」
どちらにしろ完全に信用するのは危険だ。殺人鬼として世間一般にまぎれながら生きてきた僕の経験がそう告げている。
僕は僕自身のために、ノアの味方でありたいと思っている。
血に飢えた哀れな人間もどきに、新たな生き方を示してくれた少女のために。
彼女は人を疑うことを知らないから、僕はその部分を担当するべきだ。
《しかしなるほどな。だからゲオルグの大将の影響力が少ないハンネのネェちゃんに訓練を頼んだのか》
「状況に流された部分は大きいけどね。結局はクロムバッハの身内なのだし」
ハンネ自体と親しくなることも目的の一つではあるが、前々から訓練を付けてくれる人物を探していたのも事実だ。
《あん? でもよ、いちおーオレちゃん、ゲオルグの大将側の使い魔なんだけど? そんなん言っていいのかよ?》
ふと気付いてヴァーゲストが疑問の声を上げた。
ヴァーゲストはネフェラの使い魔だ。そしてネフェラはゲオルグの最重要の側近でもある。流れ的にヴァーゲストは、ゲオルグの意を汲むと考えるのが筋だろう。その疑問はもっともだ。
「ははっ、お前は腹芸出来るような性格じゃないだろ」
というか、こんなことを聞いてくる時点で何も知らなされていないと言っているのも同義だ。
そういえばゲオルグは分からないが、ネフェラは僕に出来るだけ好意的に接してくれているような気がする。理由が不明だが。
そもそもヴァーゲストとの一体化もネフェラにとっては想定内のような気がするしな。ヴァーゲストはネフェラに重要な手駒だったはずなのにあっさりと手放した印象が──
「ん?」
アインスの部屋の前まで戻ると、誰かが立っているのが見えた。
「……たはは」
そこにいたのはノアだった。若干気まずそうに立っている。
「やぁおはようノア、昨日ぶりだね。おかげさまで昨晩はよく熟睡できたよ」
それはもう意識がすっぱり断ち切られたようにね。顎を撃ち抜かれたボクサーもあんな感じになるのだろうな。
僕の言葉にノアはさらにバツの悪そうな顔をする。
「……うう、ごめんなさぁい。昨日はちょっとムキになり過ぎちゃって」
「ははっ、冗談だよ。大して気にしてないさ。二人とも僕を気遣ってくれたわけだしね」
僕にそんな感慨はないが、見た目麗しい少女二人に挟まれたのだ。僕が同年代の少年なら嬉しい限りだっただろう。……まあ、実態は牛裂きの刑なわけなのだが。
「あの後、アイリーン嬢はどうしたんだい?」
僕が聞くとノアが「……むむむ」と眉を八の字に曲げた。
「アイ君が気を失った後、どっちがアイ君を運ぶかでまた言い合いになってね。……結局、騒ぎを聞き付けた侍女長があわててやってきて、わたしだけこっぴどく怒られたんだ。それで、わたしがネフェラさんに怒られてる内にいつのまにかいなくなってたよ。……まったく、騒ぐだけ騒いで自分だけ逃げるなんて性悪も良いとこだよ」
僕が気絶した後も言い合いを続けていたのか。
それだけやっていればさぞかし衆目を浴びたのだろう。ネフェラも慌てて来るはずだ。
「しかし、珍しいね。ノアがここまで一方的に誰かを嫌うだなんて」
基本的にノアは誰に対しても明るく社交的に接する性格だ。僕のように本性を隠しながら他者とコミュニケーションを取るタイプとは真逆だ。
「……うーん、だってあの人は──って、やめやめ、わたしは本人の前でしか悪口を言わない主義なんだ」
ノアがまた変わったことを言い始める。
それは悪口ではなく非難というのではないだろうか。
「……にしてもアイリーン・アドル・ユニゼラルか」
一方的にだが、僕の婚約者を宣言している女の子。はたして本当にアインスという存在に好意を持っているのだろうか。
あるいはユニゼラル家に何か思惑はあるというのだろうか。
少し調べてみるか。
やれやれ、ユニゼラルに来たばかりなのに、考えることは山積みだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「かく語りき」はまだまだ続きます。(当分は毎日更新)
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