第十話 Who are you
「……しかし、広いな」
翌日、朝早く目覚めた僕はクロムバッハ本邸を探索していた。
やはり殺人鬼にとって土地勘と人間関係の把握は必須事項だ。これから自分が住む場所となればなおさらだ。
カサキヤ村の別邸も相当に広かったが、ネフェラが以前言っていたように本邸は規模が違った。
見掛けからして五階建ての高級ホテルのような外観だったが、内観もそれに準ずるような風格だった。
調度品や絨毯は当然の如く一級品。
成金にありがちな悪趣味な高級品ではなく、見る人間が見ればすぐに一流だと分かる洗練された物ばかりだ。
ゲオルグ……いやクロムバッハ家自体がそういった質実剛健の気風を好むのかもしれない。
「……大した物だ、上流階級しか住んでいない貴族地区でこんな城みたい建物を持っているなんてね」
日本で例えるなら都内の一等地に自社ビルを持っているようなものか。
どうやら一階と二階はシュタール騎士団の宿舎になっているようだがそれにしたって凄い大きさだ。
「へぇ、滑車式の原始的な仕掛けだけど、エレベーターもあるのか」
昨日は訳も分からずハンネに連れ去られて気付かなかったが、こんな代物もあったのか。
僕がエレベーターの前で感心していると、掃除していた侍女にくすくすと笑われてしまった。
しまった。
この世界では見慣れぬモノを見て興奮してしまった。
「……ここは?」
続いて、屋敷の中を探索していると体育館のような広々と空間に出た。大部屋の片隅に鎧兜や剣といった物が置かれている。どうやらここは練兵場のようだ。
「──ハァァァ!」
「──ヌゥン!」
突然練兵場の裂帛の気合が響き渡った。
練兵場の中央。
二人の男女が、目にも止まらぬ動きで戦っていた。
男の方は、黒髪で東洋人のような風貌をした壮年。
女の方は、赤髪で長身の若い女性だ。
昨日出会ったシンゲンとハンネだ。
かたやシュタール騎士団の団長に、かたやクロムバッハ家の長女だ。二人ともこんな朝早くから訓練をしているのか?
シンゲンはいつもの白を基調としたシュタール騎士団の軍服だが、ハンネは貴族風のドレスではなく革鎧を着ていた。
「──ハッ!」
刃を潰した鉄槍を持ったハンネは、残像が残るほどの速さで突きを繰り出す。
ハンネは槍の名手だとネフェラから聞いていたが、話に違わず人間離れした動きだ。動きだけならあの暗殺者──ジューダスに匹敵するかもしれない。
だが、シンゲンは暴風のような突きの連撃を木剣で易々と受け流す。
「おやおや今日はいつもより槍捌きに苛立ちを感じられますなぁ。ハンネ殿、何か嫌なことでもあったのでござるかな」
刃を潰しているとはいえ、二メートルを超えるような鉄塊だ。受けを間違えれば大怪我ではすまないだろうに、シンゲンが喋りながら涼しげに防御している。
「別にっ! お父様に紹介された見合い相手がいつもみたいに軟弱者だっただけ!」
「ふむ、確かに。それはいつものことでござるなぁ」
「第一に、お父様も良い加減諦めてくれないかしら! 自分の結婚相手ぐらい自分で見つけるわよ!」
語気を荒げながらハンネが大槍を振り回すが、やはりシンゲンはのんびりと世間話をするように受け流し続ける。
「まぁそれはお館様のお立場あります故に拙者からもなんとも。ユニゼラル有数の名家であるクロムバッハ家の長女が、二十も中頃になって嫁の貰い手がいないとなれば外聞をはばかるものでござるかと」
「別にいいじゃない! ウチは武人の家系なんだし戦争屋の一族の誰が結婚しようが気にする人間なんていないわよ!」
「世俗はそうでも貴族社会はそうはいかないのでござるよ。世間体と権謀術数の世界ですからなぁ」
「ああっもう! 貴族ってホント面倒臭い! いっそアトレイア教会で修道女にでもなろうかしら!」
「アッハッハ、それは面白い冗談でござるなぁ」
「なんで笑うのよっ!? わりと真面目に言ったんだけど!?」
しかし前から思っていたことだけれど、この世界の人間の身体能力は並外れているな。
異能による身体強化の術式だったか。僕もヴァーゲストと一体化した時に体感したが、果たしてどれぐらい身体能力が上がっているのか。
そういえば魔法のような現象は発現させる攻性術式は一通り発動してみたが、肉体の方は怪我をしたせいもあって試していなかったな。今度計測してみるか。
「むむっ、若ではござらぬか、こんな朝早くからどうしましたか?」
練兵場の中央にいたシンゲンが僕の存在に気付いた。なるべく気付かれないように離れて観察していたつもりなんだが。
「うそ、アインですって!? あ、ほんとにいた! おはよーう、アイーン!」
シンゲンの言葉を聞いて、ハンネが僕の方に駆け寄ってくる。
昨日のようにプロレス技じみた抱き付きが来るのかと警戒したが、ハンネが何故か五歩ほど離れた距離で急に立ち止まった。
ハンネの顔が一瞬で警戒心に染まり、
「──アンタ、何者よ」
彼女が刃を潰した鉄槍を僕に向けた。
それは殺気すら伴った強烈な眼光だった。
マズイ!?
僕の正体がバレたか!?
「……あ、えっと、その」
どう言い訳するべきか。
いや、それとも無駄なのか?
僕が偽物のアインスだとバレているなら、今この瞬間に斬り伏せられても文句は言えない。
「違うわ、アインに言ってるんじゃないの。アインにまとわりついている奴に言ってるのよ」
僕が困惑していると彼女はそう言い放った。
まとわりつく?
それはもしかして──
「その魔素形成……昨日からアインの周りに漂っていたけど今日は一段と強くなっているわね。ウチの可愛い弟の中に隠れてるなんて随分不埒な輩ね。今すぐ出てきなさい!」
「ほほう、不審な魔素形成ですか。拙者には皆目検討が付きませぬが、若に何か憑いているのでござるかな?」
依然として僕に鉄槍を突き付けるハンネの横に並びながら、シンゲンは興味深そうに言った。
「待った、ちょっと待ったァ、まずはオレちゃんの話を聞けッ!」
僕の身体から光の粒子が慌てたように漏れ出し実体化する。
現れたのは炎のように輪郭が揺らいでいる黒犬姿のヴァーゲストだ。
「む、アンタはたしか……」
ヴァーゲストに見覚えがあるのかハンネが眉をひそめた。
「ふむ、ネフェラ殿の秘蔵の使い魔でござるな、拙者も何度か見たことがありまする」
「なんでネフェの使い魔がアインにくっ付いているのよ。しかもそれ凄い魔力因子の繋がり方よ、ほとんど一体化しているじゃないの」
僕に向けていた槍をようやく下ろし、ハンネが溜め息を付いた。
どういう理屈が分からないが、ハンネは僕とヴァーゲストが一体化していることに気付いたようだ。
「……ゲオルグの大将の命令だよ。カサキヤ村にいる時に暗殺者に襲われたからな。護衛を兼ねて坊ちゃんと守れって指示されたのさ」
おそらくは意図的に情報を伏せながらヴァーゲストが言った。
僕とヴァーゲストが一体化したのは緊急避難的な意味合いが強い。詳しい内情を説明すれば、僕が転生者なのだと言う必要も出てくるだろう。
「ああ、それ聞いたわ。『闇の顎門』の連中が襲ってきたんでしょ。ふん、そんな奴らあたしがいればブッ飛ばしてやったのに」
ハンネが呆れたように首をひねった。
「……でもそれにしたって、そんな重要なことなら事前にあたしたちに説明しておくべきじゃないかしら」
「仕方ありますまい。お館様は秘密が多い方でござるからなぁ」
「まったく、お父様が秘密主義っていうのは今更だけど、身内にまで黙っててどうするってのよ。……はぁ、お母様とゼクス兄様が亡くなって以来、お父様の秘密主義は強まる一方ね。二人が亡くなってからもう随分立ったっていうのに……」
最後の方はよく聞き取れなかったが、嘆きの言葉のように聞こえた。
「ところで、ハンネ姉様とシンゲンさんは毎朝こうやって訓練しているのですか?」
話の矛先が厄介な方に向かない内に僕は方向転換した。
「ん? そうよ、シンゲンの予定がない時は大体このぐらいの時間に訓練しているわよ」
「毎朝毎朝、拙者も暇な身分はないのでござるがなぁ」
「しょうがないじゃない。あたしの訓練に付き合えるのはお父様を除いたらシンゲンぐらいしかいないもの」
やはりそうか。
僕が練兵場での訓練を目撃したのも偶然というわけではなかったわけか。
だったら良い機会だ。
「ハンネ姉様、シンゲンさん、一つお願いがあります」
「へ? なに、アイン? 急に改まって?」
「ほほう、なんでござるかな、若」
僕は息を一つ付いて姿勢を正し、
「──僕を強くしてください」
そんな宣言をした。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
「かく語りき」はまだまだ続きます。(当分は毎日更新)
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