第九話 殺人鬼と女探偵の出会い
ある昔話をしよう。
それは僕の宿敵である女探偵──東雲愛理と初めて出会った時の話だ。
……いや、出会ったというのは少し違うだろうか。
これは彼女に初めて『敵』と認識された出来事だからだ。
*****
「──君は最初から犯人が分かっていたんじゃないのか?」
とあるフェリーの甲板、船の上で海風に当たっていると突然後ろから声を掛けられた。
僕が後ろを振り向くと、そこにはフェドーラ帽とトレンチコートを着た女性が立っていた。
形こそ古き良きハードボイルド小説の探偵の姿だが、彼女のような美人がそんな格好しているのはいささか……いやかなり、ちぐはぐな印象を感じさせる。
「……やあ探偵さん、会うのは昨日の謎解き以来だね。いやぁドラマや小説みたいに容疑者を集めて『犯人はお前だ』なんて宣言するなんてこと本当にあるんですね」
事件の舞台は、無人島の古びた洋館。
しかも台風によって外部から連絡が途絶した空間だった。
まさしく、絵に描いたようなクローズドサークルだ。
ある事情でその場所にいた僕は殺人事件に巻き込まれたのだ。
まあ結局は目の前の女探偵が全てを解決したのだけれど。
僕がフェリーに乗っているのも、その帰りの便だった。
「私の質問に答えていないようだからもう一度聞こう。君は犯人を知っていたな」
「はて、何のことですかね」
「私が探偵をしている理由の一つを教えよう。それは昨晩の謎解きのように公衆の面前で犯人を吊し上げることが出来るからだ。完全犯罪だったはずの犯行が暴露されていく様の表情は中々に見応えがあるぞ。恐怖、屈辱、怒りがないまぜになった犯人たちの顔は特にな」
正義や真実といった探偵が理想とするであろう概念から、かけ離れた嗜虐症のセリフだった。
「だが、それとは別にもう一つの楽しみがある。謎解き──犯人を証明した時の無知蒙昧な一般人の反応だ。驚き、羨望、賞賛といった様々な視線は犯人を追求する時のスパイスとして最高だ」
「……それが何か? 探偵さんが犯人の正体を明かした時、僕も驚いていましたが」
僕が聞くと女探偵は皮肉げに笑った。
「長年探偵をやっていると分かるんだよ。観客が本当に驚いているかどうかなんてのはな。君の反応は少々大袈裟すぎた。あの時、わざと驚いていたな?」
「たまたまそう見えただけでしょう? 僕はあの殺人事件の犯人なんて分からなかったですし、普通に驚いていましたよ」
「かも知れないな。これは私の思い過ごしかもしれない。だが振り返ってみると君の反応は一貫して妙だった。殺人事件に遭遇したというのに君は落ち着きすぎていた。医者や消防士といった死体に接触する機会の多い人間が、死と遭遇してもうろたえないのは理解できる。だが驚いていないにもかかわらず、あえて狼狽したフリする必要は何だろうな?」
彼女の問い掛けは、僕にではなく自分自身に向けられていた。
「……最近、巷でとある噂が蔓延っているそうだ」
「噂?」
「……『死神』だ。ある日突然大勢から恨まれている悪人が姿を消す。悪徳企業の社長、強姦魔、暴力団の幹部といった連中が突如として世間から消え去るんだ。……それこそ、まるで死神に連れ去られたようにな」
「単なる都市伝説みたいな話でしょう? 世間から恨まれている人間なら夜逃げでもしたんじゃないですか? それにその噂が僕と何の関係があるんですか?」
「さあてな。実際の真偽は知らないが、特定の行方不明者が増えているのは事実だ。私はこの噂の出どころはある種の殺し屋が原因ではないかと睨んでいる」
そこで女探偵は、自らの言葉を否定するように右手で指を鳴らした。
「いや範囲が広すぎるからおそらくは営利目的ではないだろうな。何が目的かは知らないが酔狂な使命感を持った殺人鬼としよう」
「……話が見えませんね、探偵さんは何が言いたいんですか?」
風向きがマズイ方向に行きつつある。適当に話題を切ってフェリーの甲板から離れたいところだ。
「君も知っている通り、今回の殺人事件の被害者は悪人だった。外道と言っていい。殺されたのはまさに因果応報だろう」
女探偵は僕にとって望ましくない推理を積み重ねつつある。
僕はあえて先手を切った。
「まさか! ははっ! 僕がその殺人鬼で今回の殺人事件の被害者を先に殺そうとしていたって言うんですか? だったら随分と出来の悪いジョークだ」
「そう考えると君の行動にも筋が通るんだかね。しかしまあ安心したまえ。証拠も何もない荒唐無稽なお話だ」
僕と女探偵の視線が交錯する。
口ぶりこそ冗談めかしているが、その眼光は鋭い。僕の内心を読み解こうとしている。
「──ふむ、ここまで揺さぶりを掛けても変化無しか。やはり解せんな」
彼女はぼそりと呟いた。
「東雲さーん! 昨日の件で詳しい話を聞きたいって刑事さんが呼んでるっスよー!」
甲板の遠くから二十代前半の癖っ毛の女性が女探偵を呼んでいた。あれは彼女の助手だったか。
「時間切れだな。まあ今回はここまでにしよう」
「今回は? 探偵さん、残念ですけど貴方と会うのは今日で最後だと思いますけどね。僕がこの先殺人事件に遭遇するなんてことはもうないでしょうから」
「はてどうだろうな。私の勘だがな、君とはまた違う場所で出会う気がするよ」
探偵にもかかわらず彼女は、勘などという非論理的な言葉を口にした。
「……僕としては二度と会いたくはないところですけどね」
そればかりは僕の偽りない本心だった。
だがこのわずかばかりの願いは、当然のように叶うことはなかった。
僕たちは何度となく邂逅し、ある事件を契機に僕は彼女に追い詰められることになるのだから。
*****
「──ん?」
目を開けるとそこは見知らぬ寝室のベッドの上だった。
元の世界の基準で四十平米はあるだろう広すぎる部屋。
ベッドやその他諸々の調度品はひとめ見て分かるほどの高級品だ。
「……もしかしてアインスが昔使っていた寝室か?」
だが、調度品にはどこか使い古された感があった。手入れはされているが、何となく年季が入っているような気がする。
「まあ僕がアインスなんだから彼の部屋に運ぶのは当然……あいたたっ」
ベッドから立ち上がると身体のあちこちが痛んだ。
意識を失う直前の記憶は、ノアとアイリーンが僕を巡って引っ張り合う光景だ。
まさかあんな風に気絶するとはね。
「……しかし、随分と昔の夢を見たな」
気絶する直前に話していた内容のせいだろうか。あの女探偵を出会った時のことを思い出すなんて。
「けれど、こっちの世界に来てからやたら昔の夢を見るようになった気がするな」
少し前は義妹の夢を見ることが多かった。
何だろうか。僕が転生したことに関係があるのか。
《ケケケ、そんなに昔が懐かしいのかい、坊ちゃんよォ》
いきなり僕の頭に声が響き渡った。
勿論僕の頭がおかしくなったわけではなく、僕の身体の中にいる同居人が念話で話し掛けてきたのだ。
《ちょっとオモテに出るぜェ》
僕の身体から光の粒子が漏れ出す。一拍してそれが人間のカタチを作り出した。
現れたのは北欧の民族衣装のような服を着た黒髪の幼女。
見た目こそ普通の幼い女の子だが、人間ではなく使い魔だ。
以前に暗殺者の襲撃があった時に、同化(一体化だったか?)することで僕を守ってくれた。
「ヴァーゲスト? どうしたんだ、随分久しぶりじゃないか」
以前は用もないのにしょっちゅう外に出てきていたが、少し前のカサキヤ村の幽霊事件くらいから、何の気まぐれかまったく姿を表すことがなくなったのだ。
「あァ、ちょっと理由があってな」
何故か少し疲れた様子でヴァーゲストが息を吐いた。
「理由? もしかして最近僕が過去の記憶を、夢で見ていることに関係しているのか?」
「お、流石に察しが良いな。……なァ坊ちゃんよォ、オレちゃんがどうして作られたか分かるか?」
「はぁ? 作られた? 君が使い魔なのは知っているけど、理由なんて分かるわけないだろう」
そもそも僕はヴァーゲスト以外の使い魔を知らないのだし。ネフェラやノアの話では、本来使い魔はネズミや鳥といった存在がほとんどらしいけど。
しかし彼女が僕に聞いてきた以上、完全にノーヒントというわけでもないのだろうか。
「とある高位の異能者の一族は様々な目的のために、人間の死体を使って専用の使い魔を作り出すことがある。……まあぶっちゃけネフェ公の一族の話なんだがな。オレちゃんはな、本来は戦闘目的として作られた存在じゃねェ」
「戦闘用じゃないって? あんなに強力な異能を連発してたのに?」
以前の暗殺者との戦闘を思い出す。
一流の戦闘者であるジューダスにこそ負けていてたが、ヴァーゲストの異能は筆舌に尽くしたがたいモノがあった。
「元になった素体がそれだけ優秀だったのさ。ケケケ、オレちゃんの本ちゃんの用途は異界の知識の蒐集なんだよ」
「異界の知識の蒐集だって?」
「おうよ、坊っちゃんの元いた世界……『地球』って呼ばれている場所のな」
さらりとヴァーゲストが言ったが、僕はその内容に戦慄した。
「待て待て待て!? それはつまり僕たちのような転生者から知識を集めているってことなのか!?」
何故ヴァーゲストに他者と一体化するなどという特異な能力が備わっているのか、以前から疑問に思っていた。
護衛にしては過剰だし不便すぎる。
だが違う。
前提条件が別なのだ。
一体化とはすなわち異世界の知識を回収するために必要な手段なのだ。
「前からヴァーゲストが僕たちの世界の言葉や概念を使っているような気がしていたけれど……」
単なる気のせいだとずっと思っていた。
「おう、坊っちゃんの世界の言語や知識は大体知ってるゼ。スシ、スキヤキ、フジヤマ、シャッチョーサン、ヤスイヨー」
「大通りの胡散臭い外国人か」
反射的にツッコミを入れてしまう。
しかしまあ久しぶりに日本語を聞いたな。
「なあヴァーゲスト、前からこの異世界の文明水準にちぐはぐな印象を持っていたけれど、これはもしかして僕たちの世界の知識が影響しているのかい?」
この異世界の文明水準は十七世紀か十八世紀に近いが、倫理観や常識といった微妙な部分が僕たちの世界と似通っている気がずっとしていたのだ。
「さァな、オレちゃん以外の知識蒐集装置が存在しているとは聞いたことがないけどな。ま、あってもおかしくはないんじゃねェの。坊っちゃんたちの世界はオモシレー知識の宝庫だしな」
銃器の製造法、資本主義や共産主義といった社会学、原爆を生み出す方程式。
人類の歴史はすなわち叡智の結晶だ。それを自由に引き出せるとしたらいかほどの利益を得ることが出来るというのか。
「つまるところヴァーゲストは、一体化することで転生者の過去の記憶を見ることが出来るんだな。僕が過去の夢をたびたび見るのはその影響というわけか」
「ケケケ、大正解だ」
ヴァーゲストが笑うが、どうしてが気まずそうだった。
「ここ最近は坊っちゃんの過去の記憶の整理が忙しくてよォ。オモテに出る余裕がなかったのさ。オレちゃんにとっては人生の追体験に等しいからな」
ということは、だ。
彼女は僕の殺人の記憶を──
「──悪かったな、坊っちゃん」
「は?」
ヴァーゲストが頭を下げて突然謝った。
「どうしてヴァーゲストが謝る必要があるんだ?」
「坊ちゃんの人生を勝手に盗み見たようなモンだからな。プライバシーの侵害って奴さ」
「ははっ、プライバシーの侵害ね。まさかこっちの世界でそんな言葉を聞くとは思わなかったよ」
「……怒らねェのか?」
ヴァーゲストが上目遣いで伺うように言ってくる。
さっきから彼女の様子が変だったのはそれが理由か。
「元々一体化したのだって僕を守るためじゃないか。怒る理由なんてないさ」
僕がヴァーゲストと一体化したのだって暗殺者に襲われたのが原因だ。あの時は気付かなかったが、ヴァーゲストにとっては背に腹は代えられない緊急事態だったんだろう。
僕みたいな殺人鬼の記憶を読み取っても良いことなんて一つもないしな。
「むしろヴァーゲストが、僕に対して軽蔑の視線を向けていないことが不思議だけれどね。殺人鬼の記憶を強制的に見せられるなんて拷問じゃないか」
普通の人間の感性なら、怯えられてまともに会話することも不可能になるだろう。
「オレちゃんは覇王が死んだ後に起きた『大戦』の経験者だからな。たぶんトータルじゃ坊ちゃんより人間を殺してるぜ」
大戦か。ヴァーゲストは戦争経験者だったのか。
だったら驚かないのも当たり前か。
「まァ、そんなオレちゃんでもあんな偏執的な殺し方はしてこなかったけどな。誰にも気付かれずにあんな風に悪人共を人間を消すなんてな。聞いたことも見たこともないぜ」
ヴァーゲストが半分ぐらい呆れた様子で言った。
それは褒めてるのか?
それとも貶しているのか?
どちらにしろ僕は感謝しなければならないのかもしれない。
殺人鬼の自分は許されべき存在ではなく、間違っても誰に理解してもらおうとは思うべきではない。
ノアにその思い込みを破壊されるまで、僕はそう考えていたのだから。
「まァ、これでオモテに出られるようになったからな、またよろしく頼むぜ、坊ちゃん」
「……ああ、こちらこそ頼むよ、ヴァーゲスト」
あるいはやはりその考えは、傲慢で許されないモノだろうか。
けれど僕はノアやヴァーゲストと一緒に、自分の生き方を模索していきたいと思うのだ。
ここまで読んでいただきありがとうございます。
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