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殺人鬼は異世界にて、かく語りき~殺人鬼は異世界で如何にして生きていくべきか~  作者: スズカズ
第二章 どうかこの偽りの魂に一条の光を
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第一話 覇王の異能

 あの暗殺者──ジューダス・エクスマキナの襲撃から二週間が経過した。


「よっと……」


 クロムバッハ邸の客室。

 

 僕は体を一通り動かしては、身体に不調がないか確認していた。

 

 右腕、左腕、問題無し。

 右足、左足、問題無し。

 

 大きく息を吸って深呼吸、いちにいさん。


「……問題無しだな」


 あの時の襲撃で負った怪我は完治したようだ。


「しかし大したものだね。普通なら最低でも全治半年は掛かっただろうに」


 肋骨の損傷、両腕の粉砕骨折、両足の疲労骨折。


 正確な状況は聞いていないが、あの時の襲撃で僕は数え切れないほどの傷を負ったはずだ。


 それが二週間でほぼ全快。


 治癒術式というモノらしいが大した代物だな。


 もっとも成長期の子供に対して過度に使用すると、骨格の発達に悪影響が出る可能性があるらしいので、かなり抑えた使用だったらしいが。


 もしや副作用を考えずに治癒術式を実行した場合、ほぼ数日で完治したのではないだろうか。


 これが戦場だと仮定すると恐ろしいことだ。治療術師がいれば負傷という概念がなくなるということに近いだろう。


「……あるいは実行に際して何らかの副作用があるのか。それとも治癒術者自体が希少な存在なのか」


 僕が見たこの世界の戦史でも、負傷者の存在はちゃんと語られていた。

 いくら異能とはいえ、何でも出来る魔法の杖というわけではないらしい。


「おーい、アイ君、起きてるぅ?」


 客室のドアをノックする音が聞こえた。(といってもこの客室もうすでに僕の自室のような状態になっているが)


「ああ、ノアか。ドアは空いてるよ」


 僕がドア越しに声を掛けると見知ったメイド服姿の少女が入ってくる。


 灰のような霞色の髪をサイドテールに束ねた十二歳の女の子──ノアことゼノア・ダインスレイグだ。


「おっはよう、アイ君! 今日も早起きだね!」


 朗らかな笑顔に明るい声。

 相も変わらずの天真爛漫だ。


「やぁノア、未来の覇王様直々に起こしてもらえるなんて光栄の極みだね」


「あぁもう、アイ君ってば最近そればっか。わたしは覇王でも何でもないってば! わたしはクロムバッハ家の見習い侍女、ただのゼノアだよ!」


 ノアが頬を膨らませて抗議する。


 ノアはかつて世界を支配した覇王──クライン・ダインスレイグの子孫だ。


 まあ、その覇王の子孫がどうしてクロムバッハ家で侍女見習いをしているのは皆目検討が付かないが。


「……今更だけれど、不思議な話だね。ノアがあの覇王の子孫なんて」


 あれから少し調べたことではあるのだが、現存している覇王の末裔というのは、この世界に置いてごく僅かな一族しか残っていはいないらしい。

 

 帝都グランシア──すなわち五大強国の一角であるロードス連邦共和国。

 かの大国が、末裔の生き残りを保護している唯一の国だ。

 

 その他の覇王の一族は二度の『大戦』によって、全てが謀殺、暗殺、戦争によって滅んでしまったらしい。

 

「……もう、わたしだってゲオルグさんに教えてもらうまで、自分が覇王様の子孫だって知らなかったんだよ」


「ノアはたしか戦災孤児だったね。孤児になる前に、自分の家系について詳しく聞いたことはなかったのかい?」


 ようするにノアは、かつて『大戦』で滅んでしまった覇王の血族たちの生き残りということなのだろうか?


 失われたはずの栄光の血筋。まるで歴史小説の主人公のような生い立ちだな。


「うーん、わたし、六歳までの記憶が無いんだよね。物心が付いた時から亡国の貧民街や廃墟を放浪していたから」


「記憶が無いだって?」


「うん、ネフェラさんは言うには、強力すぎる異能を持った反動かもしれないって」


 初耳だ。

 ノアが戦災孤児だというのは聞いていたが、まさか記憶がないなんて。


「アイ君も見たと思うんだけど、ゲオルグさんが言うには私の異能──アレが覇王様が使っていた異能と酷似しているんだってさ」


 ノアの異能──あの光の翼のことか。

 

 オルド大橋での戦い。

 僕はあの時の凄まじいほどのエネルギーの奔流を思い出した。


「オルド大橋の鐘が鳴った以上、アレは覇王の異能と同質の代物なのは確かだろうけどね」


「わたしには、その『覇王の異能』っていうのが、全然ピンと来ないんだよねぇ。普段はわたしにも扱えないぐらい凶悪の代物だから、封印しているんだけど、この異能だっていつのまにか使えるようになっただけだから」


 うーむ、と悩みながらノアが口にする。


「おや、まだこんなところにいたのでございますか。アインスお坊ちゃまに、ゼノアさん」


 お互いにうんうんと悩みあっていると、客室の扉が再び開いて、赤い髪のゴシック調のメイド服をきた妙齢の女性が現れた。ネフェラだ。


「ありゃ侍女長、もう朝食の時間なのかな?」


「いえ別件でございますよ、ゼノアさん」


 言って、ネフェラは神妙な様子で僕たちに向き直る。


「アインスお坊ちゃま、ゼノアさん……いいえ、《《ゼノア・ダインスレイグ様》》、我が主人──ゲオルグ・トゥルス・クロムバッハ様が御呼びございます」



 *****



「旦那様、ネフェラでございます。お二人をお連れしました」


 僕たち二人が案内されたのはゲオルグの書斎だった。

 ネフェラが一際大きな扉をノックする。


 僕がここに連れてこられたのは、屋敷を案内してもらった時以来か。


「……えっと、わたしも入っていいのかな」


 僕の隣はノアは困惑気味だ。


「勿論でごさいますよ」


 ネフェラが当然だと言わんばかりに宣言すると同時に、書斎の中から「入れ」という重く響いた声が聞こえた。


「失礼します」


 ネフェラが書斎の扉を開ける。

 続いて僕もノアと一緒に部屋に入った。


「……来たか」


 正面中央の書斎の机には、ネフェラと同じく赤い髪、彫りの深い顔した壮年の男性がいた。


 僕をこの世界に呼び寄せた張本人、ゲオルグ・トゥルス・クロムバッハだ。


 ちなみに歴史書を読んで知ったことだが、トゥルスというミドルネームは覇王より直々に拝命した由緒正しい姓だそうだ。たしか古代大陸語で『真実』や『ただ一つの』という意味の言葉らしい。


「早朝から呼び寄せて済まんな。我が息子よ。それにゼノア──いえゼノア・ダインスレイグ様」


 机から立ち上がったゲオルグが、ノアに対して武門式の敬礼をする。


 首元まで横向きに真っ直ぐ上げられた右手。握った拳の中心は喉元だ。


 それはすなわち短剣を首に突き付ける動作を意味する。


 主人の命であれば、すぐさま命を断つのだという覚悟の現れだ。


「わわっ、ゲオルグさん……じゃなかった、ゲオルグ様! わたしにそんなことしなくても大丈夫ですから!」


「いえ、世を忍ぶ仮の姿とはいえ、本来ならば我が主君に当たる御方に、今も小間使いをさせているのです。ここには関係者しか存在せぬ故に、本来の対応をさせていただきます」


「あうあう……別にわたしは好きでメイドやってるわけですし……」


 ゲオルグの屹然とした対応にノアはたじたじだ。


「それでゲオルグさん、僕たちを呼んだ理由は何なんですか?」


「む、そうであったな。本題というのは他でもない。屋敷からの移動の件だ」


「屋敷からの移動ですか?」


 僕が聞くとゲオルグが顎髭を撫でながら口を開く。


「ああ、そうだ。闇の顎門(フェンリル)の襲撃で我が屋敷は半壊してしまったからな。襲撃で壊滅した砦の事後処理も終わり、アインスの怪我も全快した。もうすでにカサキヤ村ですべきことはない。ユニゼラルの本邸に帰る頃合いであろう」


 この前の戦闘で中庭はボロボロ、屋敷に至っては三階の一区間がまるごと消失した。


 屋敷も補修もしなければならないだろうし、今後もまた暗殺者が襲ってくる可能性もある。


 ここよりも警備が厳重であろうクロムバッハ本邸に移動するのも当然の流れか。


「移動は明日の朝を予定している。アインス、ゼノア様、引越しというわけではないが、明日までに移動の準備をしておいてくれ」


「はいはーい、ゲオルグさん、わたしたちがいなくなった後の屋敷の管理はどうするんですか?」


 ノアが手を挙げて質問した。


「それは覇王の止まり木亭のメリドール婦人に管理を任せております。吾輩たちが村を離れる時はいつもそうですな」


 へぇ、そうだったのか。


 食料品の買い出しにしろクロムバッハ家と覇王の止まり木亭は密に交流を取っているようだ。旅亭の名前通り覇王に縁があるな。


「……うーん、止まり木亭のアッティルトともしばらくお預けかぁ。残念」


「ほほう、いつも妙に率先して買い出しに行っていると思っていましたが、そんな裏がありましたか」


 ボソリと呟いたノアの失言を、部屋の隅にいたネフェラが見逃さなかった。ネフェラの目が怪しく光る。


「はうわぁ!? し、しまった! 侍女長、いやその、メリドールさんがいつもご馳走してくれるかつい……」


「はぁ……どうせ行くたびに、ねだっているのでございましょう。ゼノア様、将来の覇王たる御方が何と意地汚いことでございますか」


 言い訳するノアに対して、ネフェラがいつものように呆れた様子で小言を言っていた。

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