番外編 黒衣の幽霊③
「おっばっけー、おっばっけー、お前の正体のなんじゃろなー」
クロムバッハ邸から歩いて集会所に着いた頃、既に夕日が陰り薄暗い時間になっていた。いわゆる逢魔が時という奴だ。
「……ノア、ところでそのとんちきな歌は何なんだい?」
館での日常業務を終えて僕たちに合流したノアは終始ご機嫌だ。
一応幽霊を目撃した場所に行くのだが怖くはないのだろうか。
「ん、この歌? ふっふーん、今わたしが即興で作ったの! ねぇ、本当に幽霊が出てくるかな!? 楽しみ!」
「ノ、ノ、ノア姉ちゃん……こ、怖くないのかよ。そろそろロギンスのおっちゃんが幽霊を見た時間になるんだぜ……」
「ば、馬鹿ガル……び、ビビりすぎだっての、幽霊なんてどうせ何かの見間違いに決まってるでしょ……」
「二人ともそんなに必要以上に怖がる必要はないと思うよ。わたし、死体がゴロゴロ転がってる戦場跡に寝泊まりしたことあるけど、幽霊なんて一度も見たことないし、仮にいたとしてもきっと危害は加えて来ないんじゃないかなぁ」
幽霊に怯えるガルとエーカを見て、のほほんとノアが言った。
ああ、そうか。
ノアは戦災孤児だったか。死体を見慣れているなら幽霊なんて怖くないだろうな。
「ノアお姉さんの言う通りだよ! ガーちゃんもエーちゃん、二人とも怖がり過ぎだよ、幽霊事件の真相を解明するんでしょ!」
む、意外だな。
三人の中では一番内向的で大人しいアリエッタが、ガルとエーカを叱咤していた。
「そうだねぇ、怖いっていうならわたしは生きている人間の方がよっぽど怖いかな」
会話をしているノアたちを尻目に、僕は改めて噂の現場であるカサキア村の集会所を観察していた。
集会所は古びた木造の建物だった。
大きさはせいぜい六十坪程度。やや大きめな一軒家ぐらいの規模だ。
「うーん、たしかに結構ぼろぼろの建物だねぇ。作られてからどれぐらい立っているんだろ?」
「僕が簡単に調べた限りでは大々百年前に建てられた建物らしいね」
僕のいた日本では地震が多いせいもあって、家の耐用年数は大体三十年前後と言われていた。いわゆる家の寿命だ。
それを考えるとこの建物の寿命は相当だろう。何せ覇王が死んだ直後の大戦の最中に作られたのだから。
「あれ? アイ君、わざわざ集会所のこと調べたんだね。そんな古い歴史どうやって調べたの?」
「クロムバッハ家の蔵書に村の歴史を記録した書物があってね。それを見てみたんだ」
クロムバッハ家はカサキヤ村を含めてこの地域一体の治安管理をしている。村の記録も保持しているのもその一環だろう。
「ガル君、たしか集会所には鍵が掛かっていないはずだったよね」
「おう、そうだぜ。基本的にみんなが使う場所だから誰でも出入りできるようになってるぜ。今は老朽化しているから近づくなって話だけどな」
集会所のドアに手を掛けると、たしかに鍵が掛かっておらずそのまま開いた。
「お、中は真っ暗だねぇ」
僕の後ろからノアが好奇心満点で覗き込む。
「む、しまった。ランタンか蝋燭を持ってくるべきだったな」
普段使われていない集会所に明かりとなる物が置いているはずもなく、建物の中は暗闇に包まれていた。
窓にカーテンはないが、今日は月も出ていないので明かりが入る余地もない。
「ふっふーん、わたしに任せて」
ノアが右手を突き出すと、彼女の手のひらから炎の形をした蝶が現れた。以前、ネフェラも同じ異能を行使していたな。
炎蝶はノアの頭上で浮遊し続け周囲を照らす灯火となる。
「灯りの代用も出来るのか。便利なモノだね」
「うひひ、便利でしょ」
ノアを先頭に僕たちは集会所の中に入った。
「……床が腐って抜ける心配はなさそうだな。三人とも、一応危ないから僕たちの後から付いて来た方いいよ」
「おう、了解だぜ」
「あいよ、アインスにぃも気をつけてね」
「はい、分かりました」
老朽化と言っても建物自体がそこまでボロボロになってるわけではないようだ。念のため年長者である僕たちが先行する。
「うーん、見た感じ何もないねぇ、アイ君」
炎の蝶を光源に部屋の中を見渡すが特に変わったところはない。
集会所ということもあって建物の中は乱雑に机と椅子が置かれているだけだ。
「建物の中の広さは大体三十メートル……いやメルトルかな」
僕は途中で、この世界の距離の単位に言い換えた。ちなみにメルトルとはアトレイア大陸で使われている一般的な距離単位だ。厳密にはメートル法とは違うのだが、おおよそ似通っている単位だ。
「あれ? 端っこのあの箱は何かな?」
ノアの部屋の隅に山積みになってる木箱の群れを指差した。
「ああ、あれはここら辺の人間が使ってる保管箱だぜ」
「保管箱? なんでそんな物が集会所に?」
「えっとたしか前の代の村長だっけな? それが集会所が普段ろくに使われていないのが勿体ないからって、保管箱を置いて集会所を倉庫と兼用にしようって言い出したんだってさ」
「倉庫と兼用……それじゃあこの集会所が老朽化で閉鎖される前は、不特定多数の人間がこの建物を出入りしていたってことなんだね。ちなみにカサキヤ村の住人以外がここを出入りしていたら目立つかな?」
「うーん、どうだろ。別に村の人間だけに貸していたわけじゃないみたいだしな。ここら辺はオルド大橋もあるし商人もたくさんいるから、結構自由に使わせていたみたいだぜ」
「……ふむ、そうか。なるほどね。よく分かってきたよ」
「なになに!? 何が分かったの、アイ君!?」
ボソリとした僕の呟きにノアが食い付いてくる。
「まあまあ。落ち着いて。今からそれを確かめるつもりなんだよ。……ヴァーゲスト、出てこれるかい?」
ノアに言いつつ、僕はヴァーゲストに呼び掛けた。
《うげッマジかよ……、オレちゃんあんまり人前に出ちゃいけないってネフェラに言われているんだけどよォ……》
「はいはい、文句を言わない。ここには僕たちの関係者しかいないんだ。たまには人前に出たっていいだろう?」
ここでヴァーゲストを呼び出すのは事前の打ち合わせ通りなのだが、やはりヴァーゲストは表に出てくることを渋った。
「ア、アインスにぃ……、こ、こんなところで知らない誰かに話し掛けるのはやめておくれよ……」
唐突に誰もいない虚空に向かって喋り始めて僕を見て、エーカが怯えた目でこちらに向けていた。
ああ、そうか、側から見れば僕はいきなり知らない第三者に話し掛けたように見えるのか。
《……ヴァーゲスト、そんなわけだから早めに外に出てくれるとありがたいんだけどな。僕を異常者のままにしたいなら別だけれど》
《チッ……しょうがねェか。出るぜ》
不満を漏らしながらヴァーゲストが納得する。
「うわっなんだ!?」
僕の身体から溢れ出した光の粒子を見て、ガルが驚きの声を上げる。
光の粒子は薄暗い集会所の中を明るく照らしつつ、徐々に犬のカタチを形成していく。数秒後、そこに現れたのは炎で形作られたような影絵の黒犬だった。
「ありゃ? ゲスちゃん、前よりも随分ちっちゃいね」
ノアの言う通り、ヴァーゲストは以前と比べてかなりサイズダウンしていた。前がライオンのようなサイズなら、今はせいぜい大型犬ぐらいの大きさだ。
「ああ、オレちゃんの魔素の大半は坊ちゃんの方に割り振られているからな。外に出ようとしたらどうしてもこのぐらいの大きさになっちま……うぉぉ!?」
言いかけたヴァーゲストが突然ガルやエーカたちに揉みくちゃにされる。
「すげぇよアインス兄ちゃん! 使い魔を使役できるのかよ!? オレ、喋る使い魔なんて初めて見たよ!」
「あ、ガルってばズルい! アタイにも触らせてよ!」
「わわっ! 炎っぽいのに触っても熱くないんですね!」
「やめッ、ヤメロォ!? クソ、これだからガキンチョは嫌いなんだ!」
何だか親戚の子供に撫で回される家猫のような状況だ。
「三人とも物珍しいのは分かるけど、そこまでにしておいてくれると助かるかな。……ヴァーゲスト、昨日言っていた通りの手筈で頼むよ」
僕は言うと三人は残念そうにヴァーゲストから離れた。
「……お、おう、それじゃあ行くぜ。──ウォォォン!!」
ヴァーゲストがいきなり室内で遠吠えを上げた。
「ゲ、ゲスちゃん、いきなりどうしちゃったの?」
「……む、坊ちゃんの言った通りだ、この床の下に不自然に空いた空間があるな」
「やっぱりか。予想通りだね」
「え? え? どういうこと、アイ君?」
「今ヴァーゲストがやったのは反響定位だよ」
「えこーろけーしょん?」
「ああ、分かりやすく言うと、コウモリみたいに鳴き声で周囲の空間を把握したんだ」
ヴァーゲストの特殊能力の一種。
これは異能というよりも、どちらかといえばヴァーゲスト自身がそういう風に設計されて備わった能力の一部分らしい。
「さて集会所の床の下に隠されている空間があるとするならば……」
僕は怪しい場所に目星を付けて、手探りで床を調べてみる。
すると分かりにくいが、床の色が少しだけ違う部分があった。
僕はその場所を足で強く押し込んでみる。
その瞬間、集会所の中に地響きのような音が響き渡る。
「なんだ、この音!?」
「うひゃ、なにこれ幽霊の声!?」
「ガーちゃん、エーちゃん、落ち着いて! これ床の下から聞こえてくる音だよ!」
「むむっ、みんな見て! あそこの床が開いたよ!」
ノアの言う通り、集会所の床から突然隠し階段が現れた。
「さて、これで黒衣の幽霊の正体がはっきりしたな」
「どういうことだよ、アインス兄ちゃん!? そもそもこんな隠し階段があるなんて初めて知ったぜ!?」
「……ああ、それはね」
僕は自らの推測、推理を語り始めた。




