番外編 黒衣の幽霊②
<カサキヤ村 農夫 ロギンスの証言>
それは三ヶ月前、オイラが水車小屋の様子を見に行った帰りだった。
たしか夕暮れを過ぎて、暗くなり始めた時刻だったかな。
ウチで使ってる水車小屋の調子が悪くなってるから様子を見てこいって母ちゃんに言われてさ、オイラがもう暗くなって来たから明日でいいだろって反論したら今すぐ見てこい甲斐性無しってゲンコツが飛んできて……え、なに? 今はその部分は聞いてないって?
ああ、うん、まあいいか。
それでさ、その水車小屋の帰り道に集会所のそばを通ったんだ。
あ、そうそう、昔使ってた旧館の方だよ。
老朽化が進んでいるからあまり近づくなって村長が言ってた奴。
うんうん、クロムバッハ様が新しい集会所を作ってくれたから良かったけど、一時はどうなることかと……え、また話が脱線してるって?
いやごめんごめん。
オイラがその旧館のそばを通った時、もう辺りは真っ暗になっててさ。
ほら人の気配が無いデカい建物ってなんか不気味だろ。
嫌だなぁ怖いなぁって思っていたら、ふと集会所の前に人が立っていることに気付いたんだ。
真っ黒なローブを着た男か女かも分からないような人物だ。
しかも一人じゃない。全部で五、六人はいたかな。全員あつらえたように真っ黒のローブだった。
オイラはびっくりして腰を抜かしそうになったよ。
きっとあれはこの世の者じゃない。
亡者か死神の類だと思ったよ。
その日が満月じゃなかったら、オイラは気付かずにその場を通り過ぎていただろうね。それぐらい連中は闇夜と一体化していた。
オイラは連中の様子を隠れながら伺うことにした。するとどうだろう。黒衣のローブたちは建物の中に入っていくじゃないか。
オイラは迷ったね。追うべきかどうか。
幽霊たちに見つかったら呪い殺されるかもしれない。けどオイラは自分は好奇心を抑えられなかった。
ああ、それにもし連中が普通の人間で、老朽化している集会所のことを知らずに入っていたとしたら危ないだろ?
オイラは意を決して中に入ったよ。
当たり前だけど中は真っ暗だった。
窓から差し込むわずかな月明かりでしか、部屋の中を判別できなかった。
驚いたことに集会所の中には誰も居なかった。
真っ黒なローブだったから部屋のどこかに隠れているのかと思ったけど、いくら目を凝らしても部屋にはネズミ一匹も見つからなかった
せいぜい集会所の中の大きさはそれほど大きくない。
五人も六人もいれば絶対に見つかるはずなんだ。
いよいよオイラは確信したよ。
やっぱり連中は幽霊か何かだったんだって。間違いない。
そうだとしたらこんなところに一秒だっていられない。オイラはそう思って急いで集会所から出ようとしたら──
「だすげてぐれぇぇぇぇぇ」
それはまるで地の底から聞こえてくるような声だった。
さっきも言ったけど集会所の中にはオイラは一人しかいない。
幽霊が生きているオイラのことを妬ましく思ってそう叫んだんだろうね。
オイラは小便を漏らしながら急いで家に逃げ帰ったよ。
*****
「以上が私たちが聞いた幽霊の目撃証言ですね。アインスお兄さん」
翌日、僕は客間でアリエッタ、ガル、エーカのカサキヤ少年探偵団の面々から幽霊の目撃証言を聞いていた。
ちなみにノアはクロムバッハ邸の日常業務があるとかで席を外している。
「……ふぅん、黒衣のローブに古い集会所か」
「はい、ロギンスさん以外にも何人かお話を聞いてみましたけど、どれも似たような内容でした。
共通するのは……深夜もしくは日が暮れてから、旧集会所の付近で黒衣のローブを着た集団を見掛ける。
そしてその集団が忽然と姿を消すという内容ですね」
アリエッタが理路整然と分析する。やっぱりアリエッタは読書家のせいか歳の割には賢いようだ。
「アリエッタちゃん、その幽霊とやらを目撃した人は全部で何人いたんだい?」
「はい、私たちの聞き込みの結果、目撃した人たちは全部で十一人でした。遠目でそれらしき物影を見たという証言も含めればですけど。今言ったロギンスさんが一番間近で目撃していますね」
なるほどね。全部で十一人か。
予想はしていたが結構多いな。
「……あまり驚いた様子はありませんけど、アインスお兄さん、もしかして何か検討が付いているんですか?」
アリエッタがメガネ越しにキラリと鋭い目を向けてきた。
「そうだね。何となく推論のようなモノはあるかな。……ちなみにアリエッタちゃんはこの幽霊事件どう思うかな」
「……うーん、幽霊を見たというには何かちょっと変な感じがしますね。目撃証言が多過ぎるし、何よりハッキリと姿を見ているのが妙だなって」
「アタイも同感だよ。幽霊ってのは足が見えなかったり半透明だったりして、もっと不確かな連中だろ。黒いローブを着てるだけじゃただの不審者と一緒じゃないか」
こちらの世界の幽霊のイメージは、僕の世界とおおよそ似たり寄ったりだ。死に装束に足元が見えない女の亡霊といった類型。
どうやら世界が違ってもステレオタイプというのは似通ってくるらしい。
「でもよ、黒のローブの連中を追いかけたロギンスのおっちゃんが集会所に入ったら、中には誰もいなかったんだろ? オレも旧集会所には入ったことがあるけど中に隠れられる場所なんてないぜ? それに叫び声だって聞いてるわけだしさ。オレは幽霊に間違いないと思うぜ!」
アリエッタとエーカは幽霊に関して否定的な意見を述べるが、ガルがそれに対して反論する。
「それでアインスお兄さんは、この幽霊事件をどう考えているんですか?」
「昨日君たちが帰った後、少しカサキヤ村の歴史を調べてね。元々推論はあったんだけど、今言った幽霊の目撃証言でとある推理を確信したよ」
「……す、すげぇよ、アインス兄ちゃん!? オレたちの話を聞いただけで真相が分かったのかよ!?」
「凄いです! アインスお兄さんは、まるで帝都の小説の安楽椅子探偵みたいですね!」
「アインスにぃアインスにぃ! 聞かせてちょうだいよ!」
少年探偵団の面々は、僕の言葉を聞いてグイグイと迫ってくる。
「まあまあ、三人とも抑えて。僕の推理が必ずしも正しいと決まったわけじゃないからね」
僕は興奮を隠し切れない三人を宥める。
「僕の推理を確かめるためにも、今からその噂の旧集会所に行こうか。僕の推理を披露するのはそれからでも遅くはないと思うからね」
さて僕の推理を的を射ていればいいのだが。




