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エピローグⅠ そして、殺人鬼は異世界にて、かく語る

 夢を見た。

 それは僕が日本にいた頃の懐かしい夢だった。



「──あははっ、義兄さん、綺麗な桜吹雪よ。凄いわ!」


 とある春の昼下がり。

 病院近くの桜並木は満開の様相を呈していた。


「……毎年来ているのに、よくもまぁそんなに喜べる物だね」


「あら、イイ物は何度見たって素晴らしいモノなのよ。くすくす、相変わらず義兄(にい)さんには情緒が無いのね」


「そりゃ済まなかった。きっと横暴な義妹(いもうと)に振り回されて、僕の少ない感受性はすり減ってしまったんだろうな」


 僕に車椅子で運ばれながら義妹は上機嫌に笑った。まったく、昨日は手術が近いと言って泣いていたんだが。


「うーん、やっぱり猫が欲しいわ。こんな天気の良い日に猫を膝に抱えて日向ぼっこしたら最高だもの」


「なんだ、犬派じゃなかったのか。お前は」


 人生のほとんどを病院で暮らしてきた彼女は定期的には似たようなことを言う。

 どちらにしろ動物は僕にとって苦手な存在だったが。


「最近のマイブームは猫なのよ。ふふん、名前はもう決めてあるの。ダイナっていう名前!」


「はいはい、一時退院出来たら考えておこうか」


 何に影響されたのか知らないが、すでに猫の名前も決めているらしい。

 気の早いことだ。


「ねぇ、義兄さんにはやってみたいこと……したいことはないのかしら」


 ──()()()()()()()()()


 そんなことは口が裂けても言えなかった。


「……さあてね。今を生きるのに精一杯だからね、僕は」


 僕が答えると義妹はいつものようにくすくすと笑う。


「相変わらず無欲なのね、義兄さんは。私は違うわよ。やりたいこと、したいことが沢山あるの」


 義妹は車椅子を押す僕の手を握った。陶磁器のように華奢で白い手のひらだった。今にも砕けてしまうのではないかと心配になる。


「まずは、来年もその次の年も、そのまた次もこうやって、義兄さんと桜を見に行くの。ずっと、ずぅっと、しわしわのお婆ちゃんになるまで一緒に」


 彼女──義妹は本当に楽しそうに自分の夢を語っていく。


「それと猫を飼って、犬も飼って、海辺に綺麗な白い家を買うの。あと富士山にも行ってみたいし、外国に行って旅をしてみたい。叶えたい願いはうんとあるわ」


 そこで義妹はふと言葉を止めた。


「ああ、でも、一番に叶えたい願いは──」


 義妹は車椅子に座ったまま僕の方に振り向く。


「なんだい、それは?」


「くすくすくす……ううん、なんでもない、義兄さんには秘密」


 僕が聞くと義妹はいつものように笑うだけだった。


「ねぇ義兄さんにはどんな夢があるの?」


「ああ、僕か。僕の夢はきっと──」



 *****



 目が覚めた。

 気付くとそこは見知らぬ部屋だった。


「……ここは、どこだ?」


 身体を見ると、あちこちに包帯が巻かれている。

 ちょっとでも身体を動かすと、節々が軽い痛みを訴えてくる。

 

「痛っ……ここ見たことあるな。確か客間だったか」


 どうやらこの部屋はクロムバッハ邸の客間らしい。

 調度品に見覚えがある。屋敷を探索している時に何度か見掛けた部屋だ。


 閉ざされたカーテンの隙間からは暖かい日差しが入り込んでくる。

 日差しの陽気から今の時間は昼のようだ。

 

《ケケケッ、坊ちゃんの部屋は戦闘で吹き飛んじまったからなァ》


「……ヴァーゲスト?」


 頭の中に思念の声が響き渡る。


《応よ。坊ちゃん、よーく寝てたみたいだな》


「ヴァーゲスト……一体これはどういう状況なんだ?」


《おっと、静かにしたほうがいいぜ。姫ちゃんが起きちまう》


「姫ちゃん?」


 ヴァーゲストに言われて気付く。


 僕が寝ている客間のベットの端にノアがいた。

 上半身をベットに預け、くうくうと寝息を立てている。


《三日三晩寝ずに看病してたからなァ。さっきようやく一息付いたばかりなんだぜ》


 そうか。

 思い出してきた。

 

 僕はあの暗殺者──ジューダスという女に襲われて負傷したのだ。


 多分屋敷を襲撃してきた、あの最中。

 屋敷の壁に蹴り飛ばされたあの時に、骨を折っていたのだろう。

 その状態で無理をしていたせいで内臓を傷付けたのだ。


「……そうか、僕は三日三晩も寝ていたのか」


 僕の最後の記憶はオルド大橋で気を失ったところだ。

 まさか三日も経過しているなんて。


《ちょっと表に出るぜ、坊ちゃん》


 ヴァーゲストはそう言うと、僕の身体から光の粒子が漏れ出していく。

 数秒後、僕から放出された粒子は人のカタチを作った。

 それは少女の姿をしたヴァーゲストだった。


「おっす、坊ちゃん」


 寝ているノアを気にしてか、ヴァーゲストは小声で挨拶した。


「やっぱり君は僕の中にいるんだな。……ひょっとしてこれからもずっとそうなのか?」


「まァな。そういう契約だからな。今のオレちゃんは坊ちゃんを依代に存在しているのさ」


 あの時の契約とやらを思い出す。


 ヴァーゲストが光の粒子となって僕に飲み込まれていった、あの瞬間を。

 原理は分からないけれど、僕はヴァーゲストと一体化したのだ。


「基本的には坊ちゃんが死ぬまで契約は解消されない。つまりオレちゃんと坊ちゃんはこれから一蓮托生ってことだ。ケケケッ、クーリングオフは無しだぜェ」


 ヴァーゲストがまるで詐欺師のような悪い笑みを浮かべる。


「ふふっ、それはそれは随分と酷い悪徳業者に捕まった物だね。……正直助かったよ、君とノアがいなかったら僕は間違いなく死んでいた」


 改めて思う。

 この世界は僕の常識を遥かに超えているのだと。


 あのジューダスという暗殺者の脅威。

 

 僕が沢山の悪人に対してやってきた殺人行為とあまりにも異質。

 いや比べるのすらはばかれるな。

 凄まじいの一言に尽きる。まさしく超人その物だった。


「ヴァーゲストだけなら逃げるのも簡単だっただろう? 僕から何も対価としてあげられる物はない。それでも命懸けで守ってくれたんだ。本当に感謝している」


 僕が率直に礼を述べるとヴァーゲストの顔が赤くなった。


「ま……まァ、そ、それがオレちゃんの仕事だからな! 礼を言う必要はねェぜ!」


 ヴァーゲストは恥ずかしそうに自らの頬を掻きながら言った。


「……それにさ。ぼっちゃんがおっ死んじまったら、俺ちゃんの方が()()()()()()()んだ。何にも気にすることたァないぜ」


 酷い目を見るだって? 

 遭うではなく?

 

「──だろう、ネフェ公よォ」


 ヴァーゲストが部屋の隅。

 影になっている部分に視線を向けた。


「……ネフェラ?」


 そこにいたのはネフェラだった。

 影から一歩進んで、古風なメイド姿の侍女が姿を見せた。


「ごきげんよう、アインスお坊ちゃま。息災のようで安心しました」


「ケッ、何が息災だっての。隠蔽術式(ヒドゥン・マグス)まで使って、ずっと部屋に隠れてたのはどこのどいつだよ」


 ヴァーゲストが皮肉げに吐き捨てた。


 だがネフェラはそれに応じることなく僕のすぐ目の前、ベットの近くに来た。


「怪我の調子はどうでございますか?」


「あ、ああ……まだ少し痛むけど異常はないよ」


「お坊ちゃまの年齢での過度の治癒術式は、身体に負担を掛けて成長に影響を及ぼす可能性がございます。

 故に、容体が安定してからは自然治癒に任せていました。

 もしまだ辛ければ鎮痛剤を処方しますので、ご遠慮なさらずに言ってくださいまし」


 事務的な淡々とした言葉だった。

 まるで何か言われるのを避けているようでもあった。


「ネフェラ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


「──っ!」


 だけれど、僕は切り込んだ。

 前の世界の僕なら決してしなかったことだ。他人に深入りするなんて。

 

 ……ノアの影響かな?


「ネフェラとゲオルグさん……貴方たちは僕の素性──正体に関して、あまりにも無頓着過ぎた。思えば、そこからすでに妙だったんだ」


 そうだ。

 

 僕の何事かを成功させる駒の一つだと考えるならば、それはあまりにも腑に落ちない。


 おそらくは転生儀式とは、事前の準備と金に相当時間が掛かる手法なんだろう。考えれば考えるほど、それは虎の子の一手だったはずなのだ。

 

 だったら一番初めに考えるのは、呼び出した手駒がちゃんとした成果を上げられる逸材なのか確かめることだ。


 それがなかったということは──


「……いつから気付いていたのでございますか」


「確信を持ったのは、ノアの正体を知った時だ。それなら辻褄が合うからな。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()


 そもそも発端。

 なぜ僕が呼び出されたのか。


 転生儀式。

 それが実行者たちが望む利益をもたらす人間を、確実に呼び出す方法なのだとするならば。

 

 戦場のプロフェッショナルである特殊部隊の軍人。

 プロの格闘家、あるいは武術の達人。

 

 そんな存在を転生させず、なぜ闘争の素人である殺人鬼を呼び出したのか?


 欲しかったのは、誰を殺し、誰を生かすのかというノウハウ。

 覇王となる少女のために手を汚す存在だったのだ。


「僕は百人以上の悪人を殺してきた。

 世の中に潜む害虫を、見付け出しては殺してきた。

 選んで殺す。見付け出しては殺す。誰を生かし、誰を殺すべきなのか。

 取捨選択の殺人。

 その分野に関しては誰にも負けない自信がある」


 だから彼女には僕が必要だったのだ。

 これから歩むであろう血塗られた道を示す先達が。

 

「……恨みますか、ワタクシたちを──クロムバッハ家を」


「まさか、感謝あっても恨みはないよ。元々一度は終わってしまった人生だったからね。まさかこんな愉快な二度目があるなんて思いもしなかった。……ああ、そうだ、本当に感謝しているんだ」


 気付くと僕の視線は眠りこけているノアに向けられていた。

 

「……うん、にゅ……アイくん……ぜったいに……わたしが……」


 ノアが何か必死に寝言を呟いていた。


 そうだ。

 例えこれが仕組まれた結果であろうとも。

 

 僕は構わない。

 この少女の隣に立てるのであれば。


「安心しました、お坊ちゃま。ワタクシはてっきり──」


「おっと、そこまでだぜ。お二人さん、そろそろお姫様のお目覚めだァ」


 僕とネフェラの話し合いはヴァーゲストによって中断された。

 ヴァーゲストの言う通り、ノアが眠りから目覚めつつある。


「ほらほら、ネフェ公、お邪魔虫は退散すっぜェ」


「ちょ、ちょっと、ヴァーゲスト、ワタクシはまだお坊ちゃまに謝罪を──」


「はいはい、反省会なんざこの先いくらでも出来るだろ。今は『あとは若いお二人で』ってヤツなんだよ、相変わらず鈍いなァおい」


「心外な、ワタクシは決して──」


 言い合いつつも二人は客間から退出していった。

 どうやら気を使わせてしまったようだ。


「……う、ん……あれ、そっかわたし、いつの間にか……寝ちゃって……」


 まぶたを擦りながらノアが起き上がる。まだ半覚醒のようだ。


「やぁ、おはよう」


 僕が声を掛けると、ノアが飛び上がりそうなほどに驚く。


「ア、アイ君!? いつのまに起きたの!?」


「ついさっきだよ」


「ええと、ええっと、包帯の替えはまだ大丈夫……お薬はさっき飲ませたし、あ、そうだ! お水は? アイ君、お水いる!?」


 あわあわとノアは部屋の中を行ったり来たりする。


「大丈夫だよ。特に喉も渇いていないし……それよりもそんなに部屋の中をうろちょろしてないで座ったらどうかな?」


 ベッドの上、僕の真横を叩いて示す。


「う、うん、それじゃ……」


 遠慮がちにノアは僕の隣に座った。


「…………えっと、その」


 隣に座ったノアはしばらく無言だった。

 もじもじとしていて、何を喋るべきか迷っているような様子だ。

 

 さて僕はどうだろう。

 聞きたいこと、言いたことは沢山あったような気がするが、何を話せば良いんだろう。


「──ノア、僕は殺人鬼なんだ」


 だからだろう。

 結局のところ僕はそのことを言っておくべきなのだと思った。


「……さつじんき?」


 聞き慣れない言葉を聞いたかのようにノアが聞き返してくる。

 いやもしかして彼女には縁の無い言葉だろうから、本当に初めて聞いたのかもしれない。


「ああ、そうだよ。人を殺す鬼と書いて、殺人鬼。僕は転生者なんだ。生まれ変わる前は沢山の人間を殺してきた。……主に悪人だけれどね」


「そっか、アイ君は転生者だったんだ。だから年齢の割にはそんなに大人びていたんだね」


 殺人の告白をしたにも関わらず、ノアは相変わらずズレたことを言った。


「僕は人を沢山殺してきた。ノアはそのことをどう思う?」


 我がながら直球な質問だなと思う。

 だがノアは僕の質問に対して真摯に考え込む。


「……うーん、そんなの分かんないよ。わたしは今のアイ君しか知らないから。でも一つだけ分かることはあるかな」


「一つだけ?」


「アイ君が、自分の罪を誰かに罰して欲しいと思っているのは、絶対に間違っている」


 ノアは静かな口調で断言した。


「罪の重さも、罰のあり方も、わたしには分からない。

 たぶんきっと誰にも。

 それでも……ううん、だからこそかな、人間は絶対幸せになってやるって生きるべきだと思うの。罪滅ぼしで終わるような生き方はわたしは絶対に認めたくないから」


 幸せになる──ではなく、なってやるか。


 必要なのは努力の有無。前に進む絶対の意思。


 なるほどノアらしい。


「それは……罪に汚れたこの僕にも当てはまるのかな?」


「言ったでしょ、アイ君。それはわたしが決めることじゃない。()()()()()()()()()()


 厳しく、それでいて優しい言葉だった。


 一方的に自分は間違っているのだと思うのは簡単だ。

 ただ自分を否定するだけで済む。自己否定の殻に閉じこもるだけで良いのだ。


「わたしに出来るのはアイ君が()()()()()()()()()()()って言うことだけ」


 ノアは僕の手を優しく握った。

 いつかのように。


「……うんとね、それでね……出来ればわたしと一緒にいてくれると嬉しいかな……って」


 ノアはそこでもにょもにょと言葉を濁しながら言う。

 顔は真っ赤になっていた。


「つまり覇王の側近としてかい?」


「それは違うの! ……いや、でもどうだろ、わたしあんまり頭が良くないからな……アイ君みたいに頭の良い人が近くにいてくれれば助かるっていうか……でもあんまり放っておけないっていうのもあるし……」


 自分でも整理が付いていないのか、最後の方はゴニョゴニョと自信なさげだった。


「とにかく! アイ君はわたしとずっと一緒にいて! それだけ!」


 真っ赤になりながら、ノアは握った手を振り回す。


「はいはい、分かりましたよ。お姫様」


「うひひ、それでよろしい」


 僕が呆れたように言うと、ノアは優しく微笑んだ。


 ──ねぇ義兄さんにはどんな夢があるの?


 あの日。

 桜並木を義妹と一緒に歩いた時。


 僕は義妹に言おうとした言葉を思い出した。

 はて、あの時僕は、口に出して言ったのだろうか。


「誰かと生きたい」


 共に。ただ一緒に。

 僕が思ったのは、きっと、ただそれだけだった。

ここまで読んでいただきありがとうございます。

これにて第一章終了です。


「かく語りき」はまだまだ続きます。(当分は毎日更新)


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