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第十六話 死を纏う者 前編

「ありゃもう良いの、アイ君?」


 僕はノアに小一時間は抱きしめられていただろうか。次第に冷静になってきた僕は慌ててノアから離れた。


「……すまない、ちょっと取り乱していた」


 まったく我ながら情けない。


 よく考えたら相手は僕の半分以下の年齢の女の子なのだ。

 それが本当の子供のように慰められるなんて。


 十歳の肉体に精神が引っ張られたと思いたいところだ。


「うりうり、もっとお姉さんに甘えてもいいんだよ、アイ君」

 

 そう言ってノアが僕のことを小突いてくる。

 

 どうしたものか、と僕は思う。


 今まで誰にも言ってこなかった心の奥底をぶち撒けた以上、もう全てを言ってしまっても良い気がしてきた。


 僕が転生者だということや、生い立ちも含めて全部を。

 不思議だが確信めいた物がある。ノアはそんなことをごく自然に受け止めてくれるような気がするのだ。


「それも悪くないんだけれどね……あっちの方を見た方がいいんじゃないかな」


 僕はとある場所を親指で指差した。


「え? あっち? どっち?」 


 ノアが僕の指先──背後に視線を向けた。


「……ってゲスちゃん!? なんで扉の隙間からこっち覗いてるの!?」


 そう、ヴァーゲストだった。


 僅かに空いた扉の隙間から、人間形態でこちらをじいっと見つめているヴァーゲストがいた。


 ちなみに覗いていることに気付いたのはついさっきだ。


「壁ドン、そしてそこからの抱擁ハグだと……オレちゃんいきなりレベル上がり過ぎてビビるわ……」


 扉の向こうで、何故だかヴァーゲストが戦慄していた。


「ゲスちゃん、覗きは良くないと思うよっ!」


 真っ赤になりながらノアが扉を開け放つ。


 流石のノアも見られていたという事実は恥ずかしいらしい。


「えーだってー、っていうかー、オレちゃん覗くなとか言われてないしー」


 素知らぬ顔で口笛を吹くヴァーゲスト。


「……あのねゲスちゃん、人として覗きはどうなのかな。やっちゃいけないとか思わないのかな」


「えー、オレちゃん、人間じゃないしー、使い魔だしー」


 ノアとヴァーゲストはああでもないこうでもないと言い合っている。

 まったく微笑ましい限りだ。


 結局のところ状況は何も変わっていない。


 僕の殺人衝動は依然変わらず存在し、昏い炎は絶えず燻っている。誰かを殺せと騒ぎ立てている。


 ──貴方はここにいてもいいんだよ

 

 嗚呼、それでも救われたような気がしたのは僕の気の迷いだろうか。


 僕はいつか死ななければならないとずっと思っていた。

 長生きはできないだろうとずっと考えていた。


 他者を殺すことでしか生きていけない呪われた人間。そんな醜い存在は生きるべきではないと信じ込んでいたのだ。


 だからこそ僕はあの女探偵のような人物を心の何処かで待ち望んでいたのかもしれない。


 僕の兇行を看破し、その罪を突き付ける死刑執行人を。


 そして、どうしようもないところまで追い詰められて──幕引きは自分の手で下ろしたかったのだ。


「……もしかしたら、考え直す機会なのかもしれないな」

 

 けれど、この身は一度死を迎えている。


 馬鹿は死んでも治らなかった。ならば、そもそもの生き方を変えるべきなんじゃないのか。


「もっとも、何をすべきなのか、どうするべきなのかも皆目検討も付かないけどな」


 笑えてくる。


 殺人鬼の癖になんて愚かで前向きな──人間ひとでなしの発想だ。

 

「ん? どったの、アイ君、急に笑い出して?」


「なんでもないさ、案外僕には人間らしい部分が残っているんだと安心してね」


 くつくつと突然笑い出した僕を、ノアとヴァーゲストが不思議そうに見ていた。


「なんだ坊ちゃん、ついにアタマでも──うへェ!?」


「うひゃあっ!?」


 瞬間、屋敷が揺れた。


 まるで落雷とガス爆発が同時に起こったような衝撃。


「……い、一体何が起きたんだ?」


 音と衝撃の発生源を確かめようと、僕たちは廊下に出た。


「……()()()()()()


 僕の私室はクロムバッハ邸の三階の角側にある。


 その三階の廊下の外側の壁が、まるで砲弾を撃ち込まれたかのように大きな穴が空いていたのだ。


 まるで交通事故。

 

 大型トラックがブレーキとアクセルと踏み間違えて民家に突っ込んだような惨状。


「……これは入り口の鉄門か?」

 

 崩壊した壁の先にひしゃげた鉄の塊があった。空きの客室を破壊して室内の奥深くまで入り込んでいる。


 見覚えがある。クロムバッハ邸の入り口にあった、あの大きな鉄の門扉だ。 


 これは。


 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()──


「……ありえない。人間が出来ることじゃない」


 僕は崩壊した壁から身を乗り出して外の様子を確認する。


 そして見た。


 クロムバッハ邸の入り口、門扉があっただろう場所に佇む人影を。


「オイオイオイ、まさかまさか、冗談じゃねェぞ」


 ヴァーゲストがそいつを見て狼狽える。


 それは女だった。


 およそ二十代。白い拘束衣のようなモノを着た女性。

 首元には鮮血のような色の首巻き(マフラー)、腰まで伸びた緑碧の髪は月夜に照らされ妖艶な雰囲気を纏っていた。

 

 異質な存在感だった。


 存在の密度が違うというのだろうか。


 まるで観客席から主演俳優を見ているかのような錯覚を──

 

「──()()()()()


 目が合った。


 女が獰猛に口を歪ませる。それは狂笑。


 彼女は何故かこちらに両手を突き出して──


「坊ちゃん、避けろォ!」


 僕の視界は閃光に包まれた。



 ***** 



 目を覚ますと、そこはクロムバッハ邸の中庭だった。


「……っ、ここは?」


 僕がいるのは中庭の花壇。


 ネフェラが普段から丁寧に世話をしていた花々の中に僕は前のめりに倒れていたらしい。


 意識が飛んでいる。


 なぜどうして。こんなところに。


「オラァオラァ!」


「クハハハハハ! どうした、使い魔! その程度か!?」


 僕の眼前。


 ヴァーゲストはいつの間にか黒犬に変身しており、自身からの伸びる黒い触手のようなモノを鞭のように振り回していた。


 ヴァーゲストが振り回す先は、先程の白の拘束衣の女。


 岩を粉砕するような勢いで振り回される十個以上の鞭打。それを女は易々と防いでいた。


「笑止! 笑止! 温いぞ!」

 

 女の両腕は歪に変形している。


 服の外側からでも容易に想像できる。まるで人喰い熊の爪を具現化したかのような凶悪さだ。

 

《坊ちゃん、起きたか!?》


「……うわぁ!?」 

 

 突然、頭の中に声が響き渡った。

 この声はヴァーゲストか?


念話(テレパス)ですまねェ。今、手が離せないからな! こっちで話し掛けている!》


「……テ、テレパスだって?」


 こんな非常時だけれど僕は感心した。

 異能っていうはこんなことも出来るのか。まるで超能力だ。


《いやぁ、いざという時にために念話通信帯(セルフィス・ライン)を作ってて本気(マジ)で良かった! 若干コツがいるけどオレちゃん相手なら坊ちゃんも使えるはずだぞ!》


 セルフィスライン?

 よく分からないが僕も使えるのか、これ?


「……だけど、どうやれば良いんだっ!?」


《文字を思い浮かべて相手に伝えるイメージだ。喋るより遅いけどな我慢してくれやァ》


「クハハハッ、どうした、どうした、我を放って密談か!?」


 凄まじい勢いで叩きつけられる触手の群れを意に介さず、拘束衣の女は突貫してきた。


「チッ、糞ったれがァ!」


 ヴァーゲストが呼応するように突進。


 両者は正面衝突する。大型の車がぶつかったような衝撃音。


 十メートル以上離れているにも関わらず、地面を伝って僕の方まで衝撃が響いてくる。


「……んぎぎッ、いってェな、テメェ石頭かよッ!」


「ほう、我の頭突きを真正面から耐えるか。存外に頑強よな。残念至極、粉微塵に粉砕したつもりだっだがな」


 悪態を吐き捨てながらお互い警戒している。

 どうやら膠着状態に入ったようだ。


《ヴァーゲスト、平気か。聞こえるか?》


《おッけー、おッけー、聞こえるぜ。平気だ》


 念話(テレパス)とやらに成功した。


 確かに普通に喋るより遅いが、コツを掴めば簡単に自分の思考を伝えられそうだ。


《状況を教えてくれ、ヴァーゲスト。一体何がどうなってるんだ?》


《簡単だぜ、坊ちゃん。オレちゃんたちは今襲われているのさ。さっきの攻撃、ギリギリの紙一重だったぜェ。……ああ、坊ちゃんの着地が適当になっちまったのは勘弁な》


 さっきの攻撃?

 あの瞬間の閃光か?


 そうか、あの時、僕は穴の空いた壁際にいた。

 

 ヴァーゲストは僕を抱えて中庭に飛び降りたのだろう。クッションに花壇を使って。成る程、合点がいった。


 僕は背後──クロムバッハ邸を見た。


 見た瞬間、絶句した。


 僕の私室、()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 背筋に氷を突っ込まれたかのように血の気が引いた。 

 ここにいるのは僕とヴァーゲストだけ。

 

 脳裏に浮かんだのは──


「ノアっ!?」


《落ち着け! 落ち着けってば坊ちゃん!》


 触手の一つが伸びて、思わず走り出しそうになった僕を押さえ付けた。


《姫ちゃんなら無事だ。オレちゃんが退避させといた。今は安全な場所にいるぜ》


 僕は胸を撫で下ろした。

 そうか、良かった。ノアは無事なのか。


《すまない、少し取り乱した。ありがとう、ヴァーゲスト》


《良いってことよ。これがオレちゃんの仕事だからなァ》


 さて状況を冷静に考えよう。


《今、僕たちは襲撃を受けているんだよな。コイツは……この女は一体何者なんだ?》


 ゲオルグは奴隷商人たちの襲撃を危惧していたが、この女は毛色が違いすぎる。クインドは奴隷商人だったが普通の一般人だった。それと比べるとまったく異質の存在だ。


《正面玄関から堂々と単騎で襲撃してくるなんて奴らは一つしか思い浮かばねェ。コイツは闇の顎門(フェンリル)の連中だよ》


闇の顎門(フェンリル)? それは組織の名前か?》


 聞いたことのない名前だった。

 僕の見た歴史書にはそんな組織は一文も見当たらなかった。


《当たり前さ。都市伝説的な連中だからな。数千年前から……それこそ帝国が成立する遥か前から大陸に根付いていたとされる暗殺結社なんだよ》


《暗殺結社? ……それがどうしてクロムバッハ邸を襲撃するんだ? そもそも狙いは僕なのか?》

 

 意味が分からない。


《さあなァ。基本的に金で依頼されて動く連中らしいけどな。噂じゃあ覇王を暗殺したのはコイツらの仕業らしいぜ》 

 

 覇王を暗殺した組織だって?


 であるならば、覇王の腹心だったクロムバッハ家にとって闇の顎門(フェンリル)は仇敵になるのか。


《問題は……どっちかだ。顎門オモテウラか》


 オモテ?

 ウラ?

 一体どういう意味だ?


「おい、テメェ! テメェはどっち側だ、コンニャロが!」


「む?」


 両者睨み合いと続ける中、突然ヴァーゲストが相手に向かって問いただした。


 拘束衣の女は呆れたように息を吐いた。


「愚鈍が。真正面から堂々と襲撃を仕掛けるウラがいるものかよ。我は顎門オモテ側。低劣で姑息なウラの連中と同列に扱うな、不愉快が過ぎる」


 そこで拘束衣の女は指揮者のように両手を広げた。


「よかろう! 犬畜生如きに『名乗り』を上げるつもりはなかったが、決まりは決まりである!」 


 心底楽しそうに拘束衣の女は叫ぶ。


「我は、闇の顎門──極死十三(アポステル)が一人! ジューダス・エクスマキナ!」


 獣のような眼光。はち切れんばかりに迸る殺意と狂気。


 嗚呼、コイツは正真正銘の兇人だ。


「貴様たちを鏖殺おうさつする最強の暗殺者だ! クハハハッ! 死に至るその瞬間まで、この名を刻み付けるのだなぁ!」

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