第17話
執務に戻ると言う叔父様たちと別れ、私たちはアクゥートさんをカールの部屋へと案内する。
「ここがカールの部屋だよ」
「・・・・・・・・・」
どうしよう。さっきからいくら話かけてもアクゥートさん、そっぽを向いたまま目線すら合わせてくれないんだけど。
そのせいで、せっかく治っていたカールの機嫌がまた悪くなっちゃってるし。
このままじゃいけない。私がなんとか二人の間を取り持たないと。
そう自分に気合いを入れ、ひとまず自己紹介から仕切り直してみることにした。
さっきは他に人がいっぱいいたし、正式に仲間になったんだから、きちんと挨拶しないとね。
「えっと、それじゃあ、改めてよろしくねアクゥートさん。私は」
「それ以上近寄らないでいただけるかしら?貴方を見ていると、気分が悪くなりますの」
「えっ・・・」
握手をしようと手を差し出しながら近づいていくと、汚物を見るような目を向けられた。
その視線の恐ろしさに足が竦む。
そして、彼女はそんな私から距離を取ると、腕組みをして今まで以上に鋭い目で睨みすえてきた。
「先ほどはお祖父様に言われて仕方なく愛想良くしておりましたが、本当は吐きそうでしたのよ?貴方のような変態が近くにいるだなんて、虫唾が走りますわ」
「へ、変態って」
「あら、何を動揺していらっしゃるのかしら?男の癖に女の格好をして、その上男が怖いとか。変態な上に病人とは、救いようの無い方だと以前から思っておりましたの」
あまりの言われように、私は言葉もなくただ立ち尽くす。
学校でも、散々陰口を言われてきたが、流石にここまでのことを面と向かって言われるのは初めての体験だ。
すると、そんな私の様子を見かねたのだろう、カールが私とアクゥートさんの間に割って入る。
「おい、いい加減にせぬか!これ以上カントを侮辱するようなら辞めさせるぞ!!」
「ふっ、出来るものならやってみれば良いのでは無いかしら?わたくしもこんなところにいたくはありませんし。でも、お祖父様はそこの方をこの国にいられなくなるくらい貶めるでしょうね」
怒るカールの言葉にも、アクゥートさんは全く臆さず。むしろ言い返している。
その表情は、とても皮肉げだ。どうも、彼女もカール同様伯爵様を良く思っていないように感じる。
まあ、伯爵様よりも私への悪意の方が強いようだけれど。
ふいに、アクゥートさんが私の方へと顎をしゃくった。
「あの方は、貴方様のお気に入りなのでしょう?宜しいのかしら。変態の餌食になってしまっても」
「なっ!?そんなことはさせぬ!」
「姫様が絶対に守ると?無理ですわね。姫様はただでさえ最近謁見を申し込まれる回数が増えて忙しいと伺っております。必然的に、男性に会うことが出来ないこの方は、姫様から離れなくてはならなくなる。その点、お祖父様には使い捨てに出来る駒はいくらでもいるのですよ?非力な女性もどきを攫って売りさばくことくらい簡単ですわ」
「い、嫌、いやあ!」
アクゥートさんが言った言葉通りになる自分を想像し、私は恐怖のあまりその場にうずくまった。
売りさばくというのがどんなことを意味するのかくらいは、貴族社会に生きる者の端くれとして理解している。
と、いうことは、死ぬ前に行われたあの忌まわしいことを私はまたされるのか?
そう想像してしまうともう駄目だった。最近はだいぶマシになっていると思っていたのに、頭の中の男性が、怖くて怖くて仕方がない。
また気持ち悪くて、怖くて、痛い思いをするの?そんなの、そんなの嫌だ!
せっかく出来た友達も、家族もまた失うのも、歌えなくなるのも、全部嫌!!
全てを拒絶するように頭を抱えた私を、唐突に何かが包む。それはカールの腕だったのだけれど、私は気づくこともなく。それどころか彼女の腕の感触にすら嫌悪を感じて、私は必死に暴れた。
そんな私を抱えながら、カールが声をかけてくる。
「カント!大丈夫だ、我が絶対にそんなことはさせはしないから。だから」
「・・・だから無理だと申し上げているでしょう?いくら貴方様が化け物とのハーフだろうとも、出来ることには限界がある。常にその方を守るなんて無理」
「黙れ!」
カールの怒声は、ビリビリと空気が震えるのを感じるほど大きく、私は更に身を竦ませた。
そのあまりの気迫に、アクゥートさんも言葉の途中で口を閉ざすほどだ。
でも、そのおかげで私は自分の妄想の世界から、意識を現実に戻すことが出来た。
それでも、一度蘇った恐怖はなかなか消えない。
私は救いを求めて、近くにいるカールの服をぎゅっと掴んだ。
「かーる、こわい。こわいよ。」
「大丈夫、大丈夫だ。我がいる。誰がなんと言おうとも我がそなたを守る。絶対にだ。だからそなたは安心して笑っておれ。そなたは笑っている時が一番愛らしい」
優しく慰めるような声音でそう言いながら、カールはぎゅっと抱きしめてくれた。
それは、力が強すぎて息苦しいものだったけれど、その力強さと温もりは、私に安心感を与えてくれる。
彼女がいれば大丈夫だと、そう信じさせてくれるものがあった。
結局、その日はカールにずっと抱きしめられて過ごすことになってしまった。
も、もちろん途中で正気に戻って離しても大丈夫だって言ったよ?でも、カールが心配だから今日はずっとこうしてるって言って聞かなかったんだ。
おかげでアクゥートさんはずっと気持ち悪いものを見る目で私たちを見ているし、叔父様には豪快に笑われた。
あれは本当に恥ずかしかった。
もうあんなことにならないためにも、頑張って男性恐怖症を克服しないと!
そう決意を新たにした私は、ひとまずブランさんや家に奉公に来ている使用人の男の子たちといった、見た目が今の私に近い人を中心に、男の人と話すための練習を行うことにした。
未だに一人では彼らとも会話が難しいけれど、焦ってはいけない。
いきなりステップアップしようとしても気絶してしまって終わることは既に経験から分かっていることだ。
だから、どんなにもどかしくても少しずつ慣れるように努力する。
その傍ら、アクゥートさんともどうにか仲良くなれないかと模索中だ。
だって、せっかく仲間になったんだし、どうせなら彼女とも仲良くなりたい。
そのためには、彼女に抱いているこの苦手意識をどうにかしなければならない。
本当は悪態を吐かれる度に泣きそうなほど傷つくのだけれど、ここで折れたら負けな気がした。
と、いうわけであれからも頑張って声をかけ続けた。
そのたびにアクゥートさんには罵倒され、カールは不機嫌になったけれど、それでも頑張った。
アクゥートさんは仕草や口調は如何にもお嬢様といった感じなのだけれど、どうにも口が悪い。
一度、あまりにしつこくし過ぎたせいか、「さっさとくたばってくださいませんこと?」と睨みつけられた時には怖がれば良いのか笑えば良いのか分からなくなったなぁ。
そんな彼女の悪態にも負けず、私はどこまでも食い下がった。男の人は怖いけれど、彼女は女性だ。
ここで踏ん張らなければ。
そしてとうとう、今日アクゥートさんから初めて話かけて貰えたのだ。
やった!ちょっとだけ前進したよ。ツンデレキャラ攻略って難しいけど、こういう達成感がたまらないね。
「ちょっと」
「うん!何かなアクゥートさん」
私は喜びのあまりにやつきそうな顔を必死で引き締めながら彼女の側へと寄った。
一方、アクゥートさんはそんな私へ蛇でも固まってしまいそうなほど鋭い眼孔を向けてくる。
彼女はメドゥーサの子孫か何かなのだろうか?
「・・・何が目的ですの?わたくしにわざわざ近づいてくるだなんて。まさか、油断させて失敗を誘っているのかしら?見かけによらず強かなんですのね」
「ち、違うよ!」
と、思ったらこれですよ。
機嫌が明らかに急降下したアクゥートさんに、私は慌てる。
仲良くなろうとしているのに逆に嫌われていっているように感じるのは気のせいだと思いたい。
私は思わぬ展開にあたふたしつつ、必死で言葉を探す。
「あ、あの。えっと、アクゥートさんもカールの側付きだし、私たちって同僚ってことになるでしょう。連携のためにも、お互いのことをよく知っておいた方が良いと思って」
「・・・へえ、何も出来ないお荷物の癖に言うことは一人前ですのね」
私の言葉を受けて、余計にアクゥートさんの視線の温度が下がるのを感じた。
馬鹿か私は!なんで正直に全部話ちゃってるの?馬鹿なの?馬鹿でした、すみません。
うわあ、これどうしよう。完全にダメじゃん、仲良くなるどころの話じゃないよ。
私が何も出来ないから、そこを突かれる形でアクゥートさんが加入することになったわけだし。
そんな奴から連携とか言われても何様のつもりかと思われて終わるだけだと、どうしてもっと早く気づかなかったのか。
皮肉げな笑いを浮かべたアクゥートさんに、マジ切れの気配を感じ、私は絶望した。
「いいですわ。その度胸に免じてチャンスを差し上げましょう」
「へ?」
しかし、次に彼女の口から飛び出した言葉は、私の予想に反して好意的なもので、拍子抜けする。
そんな私に、相変わらず皮肉げな笑みを浮かべたまま、アクゥートさんは条件を提示した。
「この首都の近くに森があるのはご存知?」
「え、うん。そこの中にある湖に毎年涼みに行くから知ってるよ」
「・・・そう、なら都合が良いですわ。実は、つい先日あそこの湖に大事な指輪を落としてしまいましたの。それを貴方一人の力で見つけて来られたら仲良くしてあげても良くってよ」
「そ、そんな・・・」
その湖は、深さこそ私の肩くらいしかないけれど、広さは東京ドーム並みにある。
森の大半を占めるほど巨大なその湖は、海に面していないこの国において、貴重な夏の観光スポットだ。
しかし、今の気候はどちらかというと冬に近い。
とてもではないが、長時間水の中で小さな指輪を探す気持ちにはなれない。
更に言えば、そこに行くためにはどうしても城下町を通って行く必要がある。
そうすれば、必然的に男の人に会わなければならないし、もしそこを通り抜けられたとしても、森に行くまでの間にはモンスターが出ることもある草原が広がっている。
森にだって、強くないとは言えモンスターは出るのだ。
いつも森へ行く時には家から馬車で移動し、森の中では護衛の人や家族に守られて歩いていた。
それなのに、そんなところへ一人で行って、もしもモンスターに会ったりなんかしたら。
想像しただけでも恐ろしい。
「ふふふ、どうせ出来ないでしょうね。でも、どんなに努力しても、わたくしはこの条件以外で貴方と仲良くするつもりはございませんの。だから、無駄な努力なんてしないで、さっさと諦めたらいかがかしら?」
立ち尽くす私に心底迷惑そうな顔で吐き捨てると、アクゥートさんはさっさと離れてしまう。
本当はこの部屋を出て行きたいのだろうけれど、私たちではまだ参加できない重要な会議にカールが行っている間、私の護衛を厳命されているので出来ないのだろう。
アクゥートさんと仲良くしたいと考えている私を気遣って、カールが作ってくれた貴重な時間ではあるけれど、今は二人っきりのこの空間が苦しい。
流石に、あんなことを言われたあとに話かける気持ちにはなれない。
あの言葉は、遠まわしの完全拒絶だ。
いくら気持ち悪いとか、近寄るなとか言っても聞かない私への嫌がらせ、というか、意趣返し?
まあ、どちらでも私と仲良くするつもりはないという彼女なりの意志表示なのだろう。
男性恐怖症のせいで一人で出歩くことも出来ず、この世界で最弱と言われるスライムとすら戦ったことのない戦力外な私では、森の湖に一人でなど行けはしない。
そう彼女は確信しているのだ。
事実、私もそこまで行くことを考えただけで恐怖に身が竦む。
でも、ここで諦めるわけにはいかない。
そもそもアクゥートさんを見返すために、少しの間さぼり気味だった男性恐怖症克服のための訓練を再開したのだ。
頑張って男性恐怖症を克服して、せめて森にいるモンスターを倒せるか、避けられるくらいの技術を身につける。
そうして最終的にはアクゥートさんの指輪を見つけて彼女と仲良くなろう。
うん。全然達成できる気がしないけれど、あれだよ。目標は高い方が良いっていうから、きっとこれくらいがちょうど良いんだよ。
私は、自分にそう言い聞かせると、早速これからの計画を練り始めた。
ふふふふふ。見てなさいアクゥートさん!私だってやれば出来るんだってことを証明してやるんだから。
ここまで閲覧していただき、ありがとうございます。
アクゥートがツンデレじゃなくなってきているような気がするのは何故でしょう?
可笑しいな、あらすじだともっとテンプレ的なツンデレだったはずなんですが、書き足しとかしているうちに口が悪くなってしまいました。
やはり私にはツンデレを書くのは難しいようです。




