第14話
この前のことがあってから、自分の性について悩まないように努力しているおかげか、なんとかカールから追求はされなくて済んでいる。
まあ、そうやって安心しているところに付け込まれる可能性もあるから油断は出来ないけれど。
彼女は約束を破ることはしないから、あの言葉通り、悩み過ぎなければ見逃してくれるはずだ。
そんなことを考えつつ、カールが謁見から帰って来るのを待つ。
何時もならもう帰って来てても可笑しくない時間なんだけど、今日は少し長引いているようだ。
これはたぶん、帰ってきたらカールの機嫌は悪くなっているはずだ。
その予感は的中し、謁見の間から帰ってきたカールはすこぶる機嫌が悪かった。
大抵の貴族相手になら皇族権限で謁見を強制終了させるのだけるど、どうも、今日謁見に来たのが私の家とは別の公爵家の当主様だったらしく、皇族とはいえあまり無碍に出来ない相手であったらしい。
「あー、くそっ!あの狸爺め!」
「まあ!スカーラ様。そのような言葉遣いをするものではありませんわ」
「むー、許せアリア。あの男の相手をして我は疲れ果てているのだ」
そう言いつつ、ソファに座っていた私をひょいっと、抱き上げて自分の膝の上に乗せる。
こうなると、機嫌が直るまで大人しく抱き枕にされているのが得策だ。
どうもカールは、今日謁見した公爵家の当主様のことが嫌いらしく、その人に会った日は毎回こんな感じである。
まあ、元々うじうじしているのが嫌いな質なので、ひとしきり愚痴を聞いてあげればすぐに機嫌が直るからあまり問題は無いのだけれど。
今日は何かよほど嫌なことでも言われたのか、特に機嫌が悪いようだ。
「これはもうストレス発散しないと気が済まん。なあ、カント。私と一緒に祭に行かないか?」
「え、お祭りがあるの?」
膝に乗せた私の肩へ顔をグリグリと押し付けていたカールが、唐突に言い出した言葉に、私は目を丸くする。
今までそんな話を聞いた記憶は無い。
でも、よく考えれば人の多い場所へ行くことの出来ない私へ、家族がそんな話をするとも思えなかった。
私の反応からそのことを察したのだろう。カールが元気付けるように、ポンポンと優しく頭を叩く。
「ああ、明日は年に一度の歌唱祭でな。国内外の歌を歌うのが得意な者が集まり歌うのだ」
「へえー」
のど自慢大会ってやつかぁ。それは楽しそうだな。
私は歌うことが大好きだけれど、人が歌っているのを聞くのも好きなのだ。
でも、お祭りってことは男の人も沢山いそうだし。うーん、どうしよう。
そんな風に迷っていると、私の逡巡などお見通しだというように、カールがにやりと笑った。
「大丈夫だ、きちんとカントのために衝立で囲った席を用意しておく。そこで祭りの雰囲気だけでも楽しもう」
「・・・ありがとう、カール」
「気にするな、我がただお前と祭りに行きたいだけだからな」
からからと笑うカールに私も笑みを返し、私はカールとお祭りに行く約束を交わした。
翌日は雲一つ無い快晴で、お祭り日和だった。
少し日差しが強い気もするけれど、程よく風が吹いているからきちんと日陰を確保しておけば、暑さでうんざりすることは無さそうだ。
家まで馬車で迎えに来てくれたカールと、早速会場へと移動する。
馬車から見るお祭り会場はかなりの人だ。これは馬車移動じゃなければとても私は来ることが出来なかっただろう。
実際、カールが用意してくれた専用の席に行くわずかな距離ですら、男性が視界に入る度に緊張してしまい、せっかくのお祭りの雰囲気を素直に喜べない。
そんな自分に多少落ち込む。すると、カールがそっと頭を撫でてくれた。
「大丈夫だ。少しずつ良くなっているのだろう?この祭りは毎年あるのだから、何時か心から楽しめるようになる。そう思っていれば良い」
「・・・うん。そうだね」
自信に溢れた表情のカールに、私は一つ頷くと、頭から下ろされた彼女の手を少し強く握った。
それを、カールは微笑ましそうに笑う。
本当に私は彼女に叶わない。
私用に用意された席は、メインステージの後ろにあった。
確かに、ここなら関係者の人以外の目にはつかないし、声だけ聞こえれば良い人間には丁度良い場所だ。
そして、衝立の中には高そうな机と椅子が用意され、その机の上にはお祭りで販売されていたであろう商品がいくつか並んでいた。
「やはり、祭り見物には出店の料理が必須だろう?」
「うふふ、そうだね」
茶目っ気たっぷりにウィンクしてくるカールへ、思わず笑みが零れた。
並べられた料理はまだ湯気がたっているところを見ると、私たちがここへ着く頃を見計らって用意されていたみたいだ。
ひとまず、この衝立とか料理を準備してくれた人に後でお礼を言っておかないと。
『皆様長らくお待たせいたしました。歌唱祭を開幕したいと存じます』
「おっ、始まるみたいだな」
「うわあ!楽しみだなぁ」
席に着いてから程なくして、舞台の方から元気の良い司会者さんの声が聞こえてきた。
歌の神が作った国ののど自慢大会なんだから、そうとうレベルが高いんじゃないだろうか。
そんな期待に胸を高鳴らせながら、歌が始まるのを待つ。
まあ、初めはテンプレ通り偉い人のお話しが有り、退屈だったのだけれど。
でも、その間は用意して貰っていた料理を食べながらカールとおしゃべりをしていたから、それほど苦痛でもない。
『さて、それではトップバッターに登場していただきましょう。初めは神官学校の主席、ブレスさんです』
ステージの向こう側で大きな歓声が沸き上がった。
その熱気に、ふと既視感を覚える。
ああ、あの声援。輝くスポットライト。会場に響く、自分の歌声。
全て、手に入れたはずだったのに。
嫉妬と、後悔。それと、強い羨望。
自分がかつて手に入れた直後に奪われたものを手にする資格のある人たち。
その歌声を聞くに連れて、私は心の中で強い気持ちが育っていくのを感じた。
私も、私も歌いたい。
強いスポットライトの光を浴びて、自分の歌を聞きに来てくれた人たちへ、歌に乗せた私の思いを届けたい。
なにかに駆り立てられている時に似た焦燥感と、興奮が身体を駆け巡る。
あの最高の時間をもう一度!
「カント、もう祭は終わった。だから、歌っても大丈夫だぞ」
唐突に、そうカールが優しく笑いかけてきた。
その言葉で我に返り、周りの音へ耳を傾けてみると、それまで聞こえてきていた歌声が消えていた。
代わりに、司会者の人が閉幕の口上を述べている。
どうやらまた、考え事に集中し過ぎて周りが見えなくなっていたみたいだ。
でも、なんでカールは、私が歌いたいって分かったんだろう?
「不思議そうな顔をしておるが、声に出していたぞ。歌いたい、歌いたい、歌いたい、とな」
「う、うそ・・・」
なにそれ恥ずかしい。
ニヤニヤとからかうように笑うカールのことを見ていることが出来ず、私は顔を俯かせた。
「ふっ、そう恥ずかしがることはないさ。我はそなたの歌が大好きだからな。聞けるというのならばいつでも大歓迎だ」
「・・・・・・あ、ありがとう」
「はて、礼を言われることをした覚えはないのだかな。まあ、良い。それより早く歌っておくれ」
「・・・うん」
カールの言葉に促され、そっと歌を紡ぐ。まずは、いつも私を支え、背中を押してくれる彼女への感謝を込めて。
次は、歌えることへの喜びを乗せて。
そうやって、心の赴くままに歌う。
最近は神官の勉強のために決められた歌ばかり歌っていたけれど、やっぱりこうやって自由に歌うのが一番楽しい。
彼女のために林で歌っていた時のことを思い出し、自然と口角が上がる。
ああ、何時までもこうして歌い続けていられたらどんなに良いだろうか。
でも、そんな夢見心地な時間は、唐突に終わりを告げた。
「誰だ!」
カールの鋭い声に、意識が浮上する。
どうやら歌うことに夢中になりすぎていたらしく、また周りが見えなくなっていたみたいだ。
そして、目の前に人が立っていることにようやく気がついた。
黒い髪に、血のように紅い瞳。病的に青白い肌を惜しげもなく晒す、扇状的な服で強調される凹凸のハッキリした肢体。
とにかく、壮絶なまでに色っぽい美人さんだった。
その人のあまりの存在感に、思わず呆然と彼女を見つめる。
一方女性の方も、ただひたすら私のことを見つめていた。
そんな私たちの横で、カールが愛用の棍棒を手に取るのが視界に映った。
それと共に、カールの声を聞いて駆けつけたのだろう、アルトさんたちが衝立の中へと入ってくる。
彼らはすぐに女性へと武器を向けようとするけれど、それをカールが片手で制した。
そして、威圧感をたっぷり含んだ声で問いかける。
「悪いがここは我ら専用でな。一般人は入ることは許されん。出て行ってもらおうか」
「・・・・・・・・・あなた、名前は?」
しかし、女性はまるでカールたちのことが見えていないとでも言うように私から視線を外すことは無く。
挙げ句の果てにはカールの言葉を無視して唐突に私へ話かけて来た。
元々状況についていけていなかった私は、そのことで更に動揺しつつ、ひとまず質問に答える。
「えっ!?えっと、カンタービレ、ですけど」
「カント!」
「そう、カンタービレというのね。覚えておくわ。・・・人間なんて皆殺しにしてやりたいところだけれど、その歌声に免じて、今日は引いてあげる。テレポート」
私が名乗ったことに何故か焦った表情を浮かべたカールに戸惑っているうちに、女性はよく分からない言葉を残して消えてしまった。
そう、消えたのである。
一瞬のうちに掻き消えるようにいなくなってしまった。
まるで、そこにはもともと誰もいなかったみたいに思える。
あれは、私が見た幻だったのだろうか?
そう思えてしまうほど、今起こった出来事は現実感に欠けていた。
「スカーラ様、カンタービレ様!ご無事ですか!?」
「ああ、問題ない。それよりも急いで魔術師を呼べ。テレポートなら、移動出来る距離が限られる。急げば追跡ができるかもしれん」
「御意」
呆然としていることしか出来ない私とは違い、いち早く我に帰った兵士さんたちは、カールから指示を受けると、すぐさま衝立の外へ飛び出して行った。
それなのに、私は未だに呆然としたまま、ばたばたと動き回る兵士さんたちをどこか他人事のように見つめていた。
多分、あの女の人は曲者というやつなんだろうけど、別に何かされたわけでもないため、イマイチ緊張感が湧かない。
それどころか、一瞬で目の前から消えてしまったから、現実だったのかどうかすらやはり分からない有り様だった。
あの人はいったい何者なんだろう。
そんな疑問をぼんやりと頭に浮かべつつ、私は一旦お城へと非難させられることになった。
ここまで閲覧していただきありがとうございます
今回は投稿までに時間がかかってしまって申し訳ないです。
言葉運びとか色々悩んでしまいかなり難産だったのですが、展開が急過ぎたりとかしているところがあるので、その内修正し直すかもしれません。
あ、でも言葉を換えたり少し付け足したりはするかと思いますが、話の流れ自体は変えるつもりは無いので、そこは御安心下さい。
もし修正をした場合にはあとがきなどへ記載させていただきます。




