第12話
本格的に側付きになるためには十分な勉強が必要。
そんな言い訳をでっち上げたカールたちは、私を一旦側付き見習いという身分に置いた。
そうすることで、私がカールの部屋からあまり出てこないのは勉強中だからだという理由を作り上げたのだ。
あまり長くは通じない言い訳だが、1ヶ月以内にはカールを襲った犯人をどうにか出来る目処がたったらしく。そこさえどうにか出来れば神官の勉強をさせるという言い訳を使って、カールが謁見の仕事をする午前中は神殿へ行くという次の手を用意しているそうだ。
そのためにカールは「我は午前中だけしか謁見をしない」と、先日行われた会議中に宣言し、それを貴族たちに認めさせたらしい。
そんなことをしたら、我が儘姫だなんだとカールに悪い噂がたつのではないかと心配したのだけれど、カールは「元々謁見が嫌で林に逃げ込んでいたのだ、それを午前中なら謁見してやると言ったのだから寧ろ譲歩してやったのさ」と笑っていた。
それでも不安だったので父様に確かめてみたところ、カールの発言を聞いた貴族の方々も概ねカールが言っていたように捉えているそうだ。
カールの謁見嫌いは有名らしく、皆どうやってカールと接触しようかと頭を悩ませていたらしい。
そこへ、午前中だけとはいえ謁見を行うという宣言が行われたことに、これ幸いとばかりに賛成の声があがったそうだ。
それなら問題ない、のかな?と思わないでもないけれど、いまいち釈然としない。
こんなので本当に良いのだろうかと思いつつ、側付き見習いとしての初日を迎えた。
前と同じように皇宮の入り口まで迎えに来てくれたアルトさんの背中に隠れつつ廊下を進む。
アルトさんも忙しいのに、こんなことのために駆り出させてしまって申し訳無い。
それでも一人で歩く勇気は持てず、恐怖心を押し殺すようにぎゅっと手に力を込めた。
そうして着いたカールの部屋。
室内は代わらず豪華だったけれど、そこにはカールと共に見慣れない女の人と男の子がいた。
女の人は、アルトさんと同じで燃えるような赤毛と深い翠の瞳をしていた。
違いといえば、アルトさんの髪は肩口より短いショートカットなのに対し、女の人は腰くらいはありそうな長い髪をポニーテールにしていることくらいで、とても良く似ている。
恐らく彼女が母様が言っていたアルトさんのお姉さんだろう。
一方男の子の方はと言うと、髪も瞳も焦げ茶に近いブラウンで、肌も薄い小麦色という全身茶色な子だった。
着ている服が家の使用人さんが着ているのと同じ燕尾服だから、お城で働いている子だろうか?
そんなことを考えつつカールたちの方へ歩み寄ると、女の人と男の子が揃って美しい所作で一礼した。
「はじめましてカンタービレ様。わたくしはスカーラ様の乳母で、教育係りも勤めておりますアリアと申します。この度カンタービレ様の教育係りも申しつかりました。以後お見知りおき下さい」
「あ、その。よろしくお願いします」
「そんなに緊張せずとも良いぞ、カント。アリアはアルトの姉だからな。怒らせると怖いがよっぽどのことをしなければ優しいぞ」
「ふふふ、そのよっぽどのことをしてよく怒られているのはどこのどなただったかしら?」
「ふむ。誰だろうな?全く覚えがないぞ」
「あらあら」
なんだろう。部屋の温度が一気に下がった気がする。
先ほどまで私に優雅な一礼をしていたアリアさんが、表情はそのままに氷のようなオーラを纏ってカールへ微笑みかけている。
それは、普通に怒られるよりも恐ろしく感じる威圧感があった。
どうやら、本当にこの人は怒らせない方が良さそうだ。
二人の空々しい会話に怯えつつ、そろそろと壁際に逃げる。
「姉さん、スカーラ様その辺にして下さい。カンタービレ様が怯えていらっしゃいます」
「そうですよ、おかげでわたくしめがあいさつをするきかいをなくしてしまったではありませんか」
「あら、ごめんなさい」
「すまん、カント。そんなところにいないでこちらへおいで」
「う、うん」
何時もの雰囲気に戻ったカールに、恐る恐る近寄る。
そんな私を辛抱強く待った彼女は、私が側に来た途端少し乱暴に頭を撫でてきた。
「うわ!?ちょっ、やめて!髪が絡まっちゃう!!」
「はははは、すまん。まるで警戒心の強い子猫のようだったものでついな」
「もうっ!カールはすぐそうやってからかうんだから」
からからと笑うカールを睨みつけつつ髪を整える。
カールの悪戯好きにも困ったものだ。
「もうしわけありませんかんたーびれさま。すかーらさまはとてもおてんばでして」
「あ、いえ、その。大丈夫です、慣れてます、から」
「ああ、もうしわけありませんちかづきすぎたようですね」
乱された髪を整えていると、手伝ってくれようとしたのだろう。茶色ずくめの男の子がそっと側に寄ってきた。
そのことに少し恐怖を感じてしまったことを察してくれた男の子は、申し訳なそうな顔をしてすぐに離れてくれた。
そのことに、私も申し訳なさを感じて慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい。急だったから驚いてしまって。えっと・・・」
「あ、もうしおくれました。わたくし、すかーらさませんぞくしつじのぶらんともうします」
「ブランはブラウニーという妖精族から派生したと言われる一族でな。我らと変わらない年齢に見えるが、こう見えてこの国が建国された頃からこの城に住み着いている。この城の真の主だな」
悪戯っぽい笑みを浮かべながらカールが語る言葉に、私は驚きを隠せなかった。
ブランさんはどこからどう見ても私たちより少し年上くらいの男の子にしか見えない。
けれど、アリアさんが補足として教えてくれた話によると、ブラウニーとは長年大切に管理されてきた建物に稀に生まれる意識が具現化したような存在だそうで、その建物と同じ年だと考えても間違いでは無いそうだ。
特に、ブランさんは初代皇帝を支えるために神が作り上げたそうで、普通のブラウニーと異なり、城建設当初から住み着いているから本当に城と同じ年らしい。
「ブランは見た目だけは幼いからな、こやつならカントも大丈夫かと思ったのだが、駄目そうか?」
「うーん、と。たぶん、大丈夫だと思う。さっきみたいに急に近づかれるのは駄目っぽいけど、今はそこまで怖いとは感じていないし」
「なら良い。少し負担はかかるかもしれないが、こやつを練習台にして少しずつ慣れていくと良い」
「さきほどのようなしっぱいをしてしまうことがないようしょうじんいたしますゆえ、どうぞよろしくおねがいもうしあげます」
「あ、いえ、私の方こそ宜しくお願いします」
深々と頭を下げるブランさんに慌てて私も頭を下げた。
前世の自分よりも幼い見た目の彼が完璧な礼と敬語を使うことにどうしても違和感というか戸惑いを感じてしまうけれど、これは徐々に慣れていくしか無いだろう。
そんな風に考えつつ頭を上げると、タイミング良くアリアさんが口を開いた。
「さて、それでは早速お勉強を始めましょう。カンタービレ様の場合には側付きの勉強だけでなく、神官の勉強もしていただかなくてはなりませんから。時間はいくらあっても足りませんわ」
「えっ、神官の勉強も、ですか?」
謁見を回避する言い訳として神官の勉強を利用するとは聞いていたけれど、それは神殿へ行けるようになってからかと思っていた私は少し驚いた。
でも、カールたち曰わく、お前の才能を一番活かせるのは神官だからその勉強を疎かにするのは勿体ないとのことだ。
また、側付きは本来いざという時主人の盾となり剣とならなければならない。
でも、私にはそのどちらもさせられないから、せめて支援系魔法の使い手である神官となってカールの戦闘のサポートをするという意味もあるそうだ。
もとより歌の勉強が主である神官の勉強は好きなので、続けられるのならば続けたいと思っていた。
もしかしたらカールは、そんな私の気持ちも加味してくれたのかもしれない。
それなら彼女の好意に応えよう。そう気合いを入れ直し、私はアリアさんが用意してくれていた教材を手に取った。
「この世界は地水火風光闇の、六柱の神によって作られました。そして、神々はそれぞれ自らが守護する種族を一つ決め、その種族へ特別な力を与えたのです。我々の神官としての力もその一つです。人間を守護する神は光の神であると同時に、供物として美しい歌声を好むことから歌の神とも呼ばれています。そのため、我々は歌うことで魔法とは異なる特殊な力が使えるのです。その力は回復と攻撃力向上などの補助に特化しているため、この力で敵を排除することは難しいでしょう。しかし、歌が届く範囲であれば術者の任意の相手全てに効果があることから、集団戦では強力な力を発揮するのですよ」
側付き見習い就任の日から始まったアリアさんとの授業は、世界創世から始まる歴史や、この国の政治体制、皇宮に勤める者には必須な礼儀作法や神官の勉強と本当に多岐に渡った。
覚えるのは大変だけれど、今まで得られなかったようなこの世界の知識も蓄えることが出来てとてもためになる。
なので、私は前世じゃ考えれないくらい一生懸命に授業を受け続けていた。
今日は、この世界の神に纏わる話を教えて貰っている。
「光の神以外の方々も、それぞれ好みの供物があり、それに纏わる能力を加護している種族に与えています。そして、その中でも特に高い才能を持つ者を代々巫女として手厚く加護し、語りかけるのです」
「まあ、アリアやリリカ叔母上もさることながら、歴代の巫女は全員美女ばかりだそうだからな。そのせいで光の神ムズィカヴォカーレは好色だと他種族から言われておる」
「スカーラ様、お言葉が過ぎます。あの方は確かに代々女性を選ばれますが、だからといってそのような言い方をするものではありません」
「事実を言って何が悪い」
神に向けて明らかに不敬な言葉を放つカールを、アリアさんが睨む。
けれど、カールはそれにこたえた様子もなく、寧ろニヤリと笑った。
そんな二人を見つつ、私は以前、母様が神のことをひひじじいと呼んでいたことを思い出して苦笑いした。
どうやらムズィカヴォカーレ様を好色だと感じている人は思ったよりも多いようだ。
「全く、あなたという人は」
「ははは、我は鬼とのハーフだから厳密にいえば人ではないのう」
言葉だけを聞くと自嘲のようにも思える言葉だけれど、その顔が楽しそうなところを見るとどうやら冗談らしい。
カールは鬼と人のハーフだ。
初めて会った頃はそのことを気にしているみたいだったけれど、最近はこんな感じで冗談のネタにしたりしている。
そんな彼女の様子を見ていると、私もいつかはこの男性恐怖症を冗談として話の種に出来る日が来るのだろうかと淡く考えてしまう。
親子のように戯れる二人を見守りながら、少しだけ湧いた寂しい気持ちを抑え込む。
「さて、どこまで話したかしら?」
「え、えっと・・・神々がそれぞれの加護する種族へ力を与えるというところまで、です」
一頻りカールを叱ってこれ以上言っても無駄だと見切りをつけたらしいアリアさんが、溜め息を付きながらこちらへ戻ってきた。
そのことに少し慌てながら、直前まで行っていた授業内容を思い出しつつ彼女へ伝える。
「ああ、そうでしたわね。神が我々に与えた力は魔法とは異なるものです。カンタービレ様は、魔法とはどのようなものとお考えですか?」
「え、えっと・・・普通では有り得ないような不思議なことが出来る凄い力?」
「確かに、魔法は使い手によっては様々なことが出来ます。しかし、カンタービレ様が思うほど万能ではありません」
この世界の魔法とは、そもそも神の加護を受けることが出来なかった人間が、モンスターを攻撃する手段として編み出したものだと言われている。
そのため、魔法は主に前線で戦う兵士や冒険者が使うもので、回復魔法や補助の魔法はあるものの、加護の力には遠く及ばない。
その内容に、私は驚き目を見張った。
「人間の中でも、加護を受けられない人がいるんですか?」
「はい。残念ながら我らが神ムズィカヴォカーレ様も全能ではありません。初めは他の神々同様全ての人族へ加護を与えておられました。しかし、他の種族と比べて繁殖力が著しく高い人族はそのうちムズィカヴォカーレ様が加護しきれないほどに増えてしまったのです」
「それでも人は減るどころかネズミのように増え続け、とうとう国単位で加護が受けられない国が出る事態になった。その結果、人は愚かにも神の加護を特に受けていたその時代の巫女を殺そうとしたのだ」
アリアさんの言葉に続けて、心底馬鹿にしたようにカールが言う。
その内容は確かにとても愚かしいことだと私も感じた。
神様の一番のお気に入りに手を出すということは、つまり神様に喧嘩を売るということだ。
いくら加護を受けられないからといって、神様に喧嘩を売って人間が勝てるとは思えない。
私でも分かるようなことなのに、どうしてその当時の人はそんなことにも気づかなかったのだろうか。
「そうですね。こればかりはわたくしもスカーラ様と同感です。神の寵愛を受けた巫女へ危害を加えようとするなど愚の骨頂。案の定、怒り狂ったムズィカヴォカーレ様は、人族へ宣言なさいました。『我はこれよりこの巫女を頂点とした我のための国を作る。この国に住む資格があるのは我の加護を与えられた者のみだ!他の者は好きなように野垂れ死ぬがよい!・・・どうしても助けて貰いたい時にだけ我の神殿を訪れよ。気が向けば助けてやらぬこともない。ただし!この度のようにこの国や巫女へ攻撃を仕掛けてきたら、ただでは済まさん!我自ら八つ裂きにしてくれる』」
まるで見てきたかのようにリアルな口調でムズィカヴォカーレ様の口上を述べるアリアさんは少し怖かった。
そういえばアリアさんは元巫女。
さっきの話で巫女は神から語りかけられるって言っていたし。
もしかしたらご本人から直接聞いたのかもしれない。
「そうして出来上がったのがこのヴォカーレ皇国です。建国された理由が理由だけに、長い間ムズィカヴォカーレ様から加護を受けた神官と皇族しか住めず、国民の子供であろうとも加護を受けていなければ国外追放されていました」
「えっ!」
「ふっ、安心しろ。流石にそれは可哀想だと何代もの巫女が説得した結果、現在は我のように加護を受けていないものもムズィカヴォカーレより許可を得れば住めるようになった」
「そうなんだ」
カールの言葉を受けてひとまず安心する。
いくら神様の命令でも何の罪も無い親子を引き離すなんて酷いもの。
そんな私のことをアリアさんが凄く優しい目で見ていたのだけれど、私が目線を彼女へ移した時には既に表情が戻っていたため、私はそのことを知らずに終わった。
「さて、座学はここまでにして、そろそろお昼にいたしましょう」
「お、やっとか」
アリアさんの言葉に、カールが嬉しそうな声をあげた。
そのまま、部屋の外で警護をしてくれていたアルトさんも入れて食堂へと向かう。
本当はなるべく部屋から出たくは無いのだけれど、それでは一向に訓練にならないため、こうして少しずつ慣れる練習をしている。
まあ、ずっとカールの背中にしがみついているから意味があるのか微妙だけれど。
昼食の後、私は神官としての勉強。カールは皇女としての勉強(戦闘の訓練も含む)をする。
そして夕食を共にした後はアルトさんなどの女性の兵士さんに家まで送ってもらうというのが1日の流れだ。
最近は男性恐怖症以外に辛いことはないし、カールという友達もいるからか、とても心が穏やかだ。
だからなのか、日に日に前世のことを思い出す機会が少なくなっていっていることにふと罪悪感が湧いた。
ただ、偶にむしょうに晴香に会いたくなる時がある。
それは今日みたいにカールが誰かと仲良さそうに話している時が多いから、きっと彼女たちの姿を晴香と自分に重ねてしまっているのだろう。
そんな時に、やはり私にとって晴香はなくてはならない存在だったんだと強く感じるのだ。
晴香、元気にしているかな。
うーん、思い出したら余計に寂しくなっちゃったし、今日は久々に寝る前に晴香の好きだった賛美歌を歌おう。
そう心で決め、私はカールの背中に何時も通りしがみついた。
ここまで閲覧していただきありがとうございます
今回は字数的に短めだった2つの話を合体したせいか展開が唐突なところがあって申し訳ないです。
今までちょこちょこ小出しにしていた世界観設定をようやくきちんと入れることが出来たので少し安心しています。
ただ、ちょっと話の中で盛り込めそうに無い設定とかもあるので、その辺はもう少し話が進んだら設定のまとめを載せようと考えていますので、暫しお待ち下さい。




