四章
次の日は休みだった。
起きたら十時を過ぎていた。
スマートフォンを見た。
新しい通知はなかった。
そのことに少し安心した。
それでも、
《証拠あるの?》
あの一文が頭から離れなかった。
A子。
どうして今になってこんなことをしているのか。
居ても立っても居られなくなり、私はベッドの上で、A子の名前を検索した。
同姓同名がいくつも出てきた。
小学校のあった市の名前を足しても、本人らしいものは見つからなかった。
迷ってから、
「死亡」
と追加した。
事故の記事。
お葬式のお知らせ。
関係のない人。
A子につながる情報は見つからなかった。
十年以上前なら、
記事が残っていなくても不思議じゃない。
でも、
私は何を根拠にA子が死んだと思っていたんだろう。
『A子、死んだらしいよ』
誰かが言っていた。
それは覚えている。
美咲?
奈央?
違う気がする。
先生も違ったはず。
家でも話していなかったか。
母か。
すぐに確かめたくなった。
その日の午後、適当に理由をつけて実家へ行った。
どうでもいい話をいくつかしてから、
母に聞いた。
「小学校の時、絵里子って子いたの覚えてる?」
口にしてから、
妙な感じがした。
絵里子。
その名前を声に出したのは、
ずいぶん久しぶりだった。
母は首を傾げた。
「絵里子?」
名字も言った。
「ああ」
ようやく思い出したようだった。
「急に転校した子だっけ?」
「そう」
私はカップを持ったまま聞いた。
「あの子、死んだんだよね?」
母の手が止まり、驚いた顔でこちらを見た。
「死んだの?」
逆に聞き返された。
「お母さんが言ってなかったっけ?」
「私が?」
母は眉を寄せた。
「そんな話したかな」
「したよ」
思ったより強い声が出た。
少し声を落とした。
「たしか、家で何かあったって」
「家族が急にいなくなったって話は聞いた気がするけど」
「虐待とか」
「聞いたことない」
「お父さんが捕まったとか」
「さあ」
母は首を振った。
「子供同士の噂じゃないの?」
違う。
そう言いかけて、
やめた。
母から聞いた。
そのはずだった。
でも、
母が「絵里子は死んだ」と言っている場面を思い出そうとしても、
何も浮かばなかった。
「何で急にそんな昔の話?」
「ちょっと思い出しただけ」
それ以上は話さなかった。
帰りの電車。
検索欄には、
まだ絵里子の名前が残っていた。
私はずっと、
絵里子は死んだと思っていた。
ただの噂だったのか。
真相はわからない。
家に戻ってからも検索を続けた。
今度は、
絵里子の名字と昔住んでいた地域を組み合わせた。
古い地方ニュースの記事が一件出てきた。
窃盗容疑で男を逮捕。
絵里子と同じ名字。
年齢は、
父親でもおかしくないくらいだった。
記事の日付は、
絵里子一家がいなくなった三年以上後。
父親本人なのかは分からない。
名字と年齢だけでは、
何の証拠にもならない。関係ないかもしれない。
それでも、
記事を閉じられなかった。
夜逃げ。
警察。
虐待。
死亡。
昔聞いた話は、
私の中で全部真実になっていた。
でも、
誰から何を聞いたのか、
もうほとんど思い出せない。
本当は別々の話だったのかもしれない。
誰かの勘違いが混ざっていたのかもしれない。
その中で、
「死んだ」という話だけが私の中に残った。
スマートフォンを見た。
通知は何もなかった。
もし絵里子が生きているなら、
死んだ人間から画像が届いているわけじゃない。
昔のことを覚えていた絵里子が、
私を見つけた。
それならありえる話だ。
その方が、
ずっとましだった。
私は、
LINEの一覧の中から同級生の連絡先を探した。
最初に連絡したのは美咲だった。
今でも年に何度か連絡を取る。
《小学校の時の絵里子って覚えてる?》
しばらくして、
《誰?》
と返ってきた。
名字も送った。
《あー、卒業前に転校した子?》
《その後どうしたか知らない?》
《知らないなー》
《奈央なら覚えてるんじゃない?》
すぐに奈央に聞いてみた。
《いたね》
《急にいなくなった子でしょ》
少しして、
もう一通来た。
《死んだって聞かなかった?》
指が止まった。
《誰から?》
《え、分かんない》
《そういう噂なかった?》
やっぱり、
誰も出どころを知らない。
それでも、
「死んだ」という噂だけは残っている。
奈央にもう少し聞くと、
昔、由佳が絵里子らしい人をSNSで見たと言っていたらしい。
由佳。
同じクラスだったけれど、
卒業後はほとんど話していない。
奈央に連絡先をもらってメッセージを送った。
夕方、
返信が来た。
《絵里子? 懐かしい》
《前にSNSで見たって聞いたんだけど》
《うん。たぶん本人》
《まだ分かる?》
しばらくして、
一つのアカウントのURLが送られてきた。
すぐに開く。
名字は違う。
名前もひらがなだけだった。
プロフィール写真には、
女性が一人写っていた。
一目では分からなかった。
私が知っているのは、
あの時の絵里子だけだ。
投稿を遡った。
食事の写真。
旅行先の写真。
友人との写真。
その中で、何年か前の一枚で手が止まった。
女性が正面を向いている。
目元。
口元。
面影があった。
絵里子だ。
そう思った。
同時に、
こんな顔だっただろうか、
とも思った。
私の中の絵里子は、
ずっとあの時のままだった。
由佳からもう一通届いた。
《その人で合ってると思う》
《前にフォローした時、小学校一緒だったよねって話したから》
私はプロフィール写真を見た。
画面の中で、
大人になった絵里子が笑っている。
玄関の前で、
「返して」
と言った十二歳の子と、
どうしても同じ人に見えなかった。
しばらく迷ってから、
意を決してDMを送った。
《久しぶり。覚えてるかな》
返信が来たのは、
二時間ほど後だった。
《久しぶり》
短い文章だった。
覚えていた。
《覚えてた?》
《まあ》
また短い。
昔もこんな話し方だった気がした。
でも、
絵里子とまともに話したことなんて、
ほとんどない。
私が勝手にそう覚えているだけかもしれない。
何から聞くか迷った。
《最近、私のInstagram見た?》
そこまで打って、
消した。
代わりに、
《ちょっと聞きたいことがあるんだけど》
と送った。
《何?》
私は最初のAI画像を送った。
しばらくして既読がつき、
《これどうしたの》
と返ってきた。
知らないふり。
そう思えた。
《送られてきた》
《誰から?》
《分からない》
《これ、知ってるよね》
《何が?》
惚けてる様子に苛立った。
《キーホルダー》
《あの時の》
しばらく返信がなかった。
やがて、
《ああ》
とだけ来た。
何、その反応。
あの時のことが私の中にはこんなにも残っているのに。
やり取りはそこで一度途切れた。
私はスマートフォンを伏せた。
テレビをつけたが、何を見ていたのかは覚えていない。
次にスマートフォンを手に取った時には、
一時間近く経っていた。
Instagramに、
別のアカウントから通知が来ていた。
《思い出した?》
胸が跳ねた。
私はすぐに絵里子とのDMを開いた。
そしてさっきのアカウントからのメッセージのスクリーンショットを送った。
《これもあなた?》
既読がついた。
《違う》
すぐに返ってきた。
嘘だ。
最初の画像には、
あの日の二個のキーホルダーが写っている。
そして今こうして、
昔のことを話していて、絵里子は覚えている。
話している最中に誤魔化すためか、別のアカウントからメッセージも送ってきた。
偶然には思えないし、嘘にしか思えなかった。
《一度会えない?》
そう送った。
《なんで》
《画像のこと、ちゃんと聞きたい》
《私は知らないよ》
少し迷ってから、
《それでも、一度だけ》
と返した。
しばらく返信はなかった。が、待っていると
《一回だけなら》
と届いた。
その後、場所と日程を決めた。
絵里子が指定したのは、
地元の駅から少し離れた喫茶店だった。
時間は昼。
昔の記憶では客の出入りが多い店だったはず。
最後に、
もう一通だけ来た。
《これで終わりにして》




