三章
画像を閉じても、しばらくスマートフォンを置けなかった。
もう一度画像を開き、二人の手元を拡大する。
白い髪のキャラクター。
黒い髪のキャラクター。
間違いない。
六種類ある中から、
この二種類をわざわざ選ぶだろうか。
送ってきたアカウントを見た。
投稿は一つもない。
プロフィールにも何も書かれていない。
フォローしている相手にも、知っている名前はなかった。
A子。
名前を検索しかけて、
やめた。
馬鹿馬鹿しい。
A子は死んだ。
そう聞いたはずだ。
誰からだったか思い出せないのは、
十年以上前のことだからだ。
その日は早めに寝るつもりだった。
けれど、
電気を消すとスーパーの光景が浮かんだ。
ガチャの前にいたA子。
手の中のキーホルダー。
家まで来た時の、
『返して』
その言葉で目を開いた。
十二時を少し回ったところだった。
別に、
私のせいじゃない。
A子の家で何があったとしても、
キーホルダーとは関係ない。
私はあの時、十二歳だった。
代わりのキーホルダーだって渡した。
今なら、
あんなことはしない。
それでもあの頃は、
自分だけ持っていないことが嫌だった。
だからといって、
取っていい理由にはならない。
そこまで考えて、
引っかかった。
取った。
違う。
交換した。だ。
A子がそう思っていなかっただけだ。
次に時計を見た時には、
一時四十分になっていた。
ほとんど眠れていない。
例のDMを開いた。
アカウントはまだある。
メッセージも投稿も増えていなかった。
だったら放っておけばいい。
反応したら相手の思うつぼだ。
スマートフォンを伏せた。
それでも、
交換した。
という言葉だけが頭に残った。
翌朝。
家を出る直前にInstagramを確認すると、
あのアカウントは消えていた。
《ユーザーが見つかりません》
プロフィールも、
最初のコメントもない。
DMと画像だけが残っている。
わざと消したんだ。
変に残して特定されたくなかったんだ。
そう考えると、
少し納得できた。
A子がどんな大人になったのかも知らないのに、
なぜかA子らしいとも思った。
その日はそれ以上、何も起きなかった。
三日後の夜。
またDMが届いた。
画像が一枚だけ添付されていた。
同じスーパー。
小学生くらいの女の子が二人。
一枚目より、
少し背景がまともになっていた。
でも、
「違う」
思わず口に出た。
ガチャは入口側じゃない。
もっと奥。
ゲームコーナーの横だった。
A子がいたのも左ではなく、
たしか右。
私も赤い上着なんて着ていなかった。
白っぽいパーカー。
A子はスカートではなく、
地味な色のズボンだったと思う。
見ているうちに、
さらに記憶が浮かんできた。
ガチャの横にあったメダルゲーム。
灰色の床。
少し離れたベンチ。
あの時の光景が浮かぶ。
送信元は前とは違った。
アイコンも名前も違い、投稿もなかった。
でも、
どうせA子だ。
アカウントを変えただけに違いない。
きっとそうだ。
しばらくして、
私は生成AIアプリを開いた。
A子がどうやって画像を作ったのか。
自分でも試してそれがわかれば、
少しは気味悪さが減る気がした。
《2010年前後。地方のスーパー。小さなゲームコーナー。カプセルトイ機が数台。小学生の女の子が二人》
生成された画像は、
全然違った。
店が広すぎる。
女の子も今風だった。
私は条件を足した。
《ガチャ機はもっと奥》
《横にメダルゲーム》
《床は灰色》
《少し離れた場所にベンチ》
《一人は白っぽいパーカー。もう一人は地味な色のズボン》
直すたびに、
少しずつ記憶の中の店へ近づいていった。
気づくと、
一時を回っていた。
「何やってんだろ」
作った画像を消し、
アプリを閉じた。
ベッドに入っても、
頭に残っていたのはA子ではなく、
記憶と違うスーパーの画像だった。
次の画像が届いたのは、
それから二日後だった。
昼休み。
Instagramの通知を開くと、
また違うアカウントから画像が届いていた。
見た瞬間、
昼ごはんを食べる手が止まった。
スーパーの店内の画像だった。
記憶の中の店に、
前よりずっと近い。
ガチャは店の奥。
横には古いメダルゲーム。
灰色の床。
少し離れたベンチ。
私らしい女の子は白っぽいパーカー。
A子らしい女の子は、
地味な色のズボン。
私が作った画像とは違ったが、AIで直した箇所だった。
少し寒気がした。
偶然。
頭を振って、そう思おうとした。
休憩室では、
同僚が動画を見ながら笑っていた。
自販機の音がした。
いつもの昼休みだった。
もう一度画像を見る。
A子も、
画像を作っているうちに思い出した。
昨日の私と同じように。
そう考えれば説明はつく。
それより、
ほかに違うところはないか。
気づくと、
そんなことばかり考えていた。
帰りの電車でも画像を開いた。
店の奥には、
子供向けの小さな乗り物があった気がする。
百円を入れると上下に動くやつ。
画像にはない。
私の鞄も違う。
あの日は肩掛けではなく、
手提げだった。
色は――。
そこでハッとして画面を閉じた。
何で私が、
間違い探しをしているんだろう。意識すれば相手の思う壺だろう。
その夜は生成AIを開かなかった。
それでも、
手提げは何色だったか。
A子は髪を結んでいたか。
気づくとあの場面を思い出そうとしていた。
寝る前、
今日はすぐに寝ると決めて、
スマートフォンを充電器につないだ。
布団に入ってから、
一つだけ思い出した。
あの日。
A子の後ろに、
黄色い子供用の乗り物があったはずだ。
翌朝。
スマートフォンを見ると、
アラームは止まっていた。
時計は七時四十三分を表示していた。
「うそ」
自分で止めた記憶がない。
寝ぼけて消したんだろう。
急いで支度をしていると、
流しにあるマグカップが目に入った。
底に少しだけコーヒーが残っている。
昨日、飲んでそのままにしたんだっけ。
どうにも思い出せない。
でも、
それくらいなら珍しくないと支度を続けることにした。
準備を終えて、駅まで急ぎ、
電車に乗ってからスマートフォンを見る。
InstagramにDMの通知が一件。
また知らないアカウントだった。
中身はまた画像だった。
黄色い乗り物があった。
ガチャの後ろに。
昨夜、
布団の中で思い出したもの。
私らしい少女の手には、
紺色の手提げ。
A子は髪を結んでいない。
画面を見たまま動けなかった。
これも合っている。
昨日のはまだ、
生成AIで再現していない。
昨夜はすぐに寝ると決めて寝たはずだ。
そして、黄色い乗り物を思い出しながら寝た。
そこまでは確かに覚えている。
念のため生成AIのアプリを確認した。
通常の履歴には、
新しい生成記録はなかった。
やっぱり昨日は使っていない。
だったら、
A子が作った。
黄色い乗り物なら、
A子も見ていた。
でも、
私の手提げまで?
紺色。
形までよく似ている。
スマートフォンを閉じようとして、
自分の投稿に見覚えのない写真が一枚あることに気づいた。
真っ黒な写真。
撮影時刻は午前二時十三分。
全く覚えがない。
画面のほとんどが黒く、
端に白っぽい線だけが写っている。
保存して明るさを上げても、
この写真が何なのか分からなかった。
布団か。
壁か。
夜中にスマートフォンを触って、
間違えて撮っただけだ。
そう思って削除した。
投稿も消した。
そうこうしてるうちに、会社の最寄り駅に着いた。
その時は、
夜中に真っ暗な写真を撮ったことより、
A子が紺色の手提げを覚えていたことの方が、
ずっと怖かった。
それから、
仕事中にも昔のことを考えるようになった。
気づくと、
あの日の玄関を思い出している。
『今日じゃないとだめ』
何でA子はあんな言い方をしたんだろう。
昼休み。
今朝届いた画像を、
また開いた。
最初は怖かった。
でもこんなことが何日も続くと、
腹も立ってきた。
確かに、あの時は悪かったとは思っている。
今なら絶対にやらない。
でも、
十年以上経ってから、
ここまでするほどのことか。
キーホルダー一個。
そう考えて、
少し自分が嫌になった。
A子がわざわざ家に来たのに、
私は自分の物にした。
それでも。
あの頃の私は、
ただ自分だけが仲間から置いていかれるのが嫌だった。
「……もうよくない?」
口にしてから、
ハッとして周りを見た。
誰もこちらを気にしていないようだった。
その夜も眠れなかった。
布団に入って一時間ほど経っていた。
寝つけない時に飲むよう処方されていた薬を一錠だけ飲んだ。
スマートフォンは見ない。
Instagramも開かない。
その後、
結局いつ眠ったのかは覚えていない。
目を開けると朝になっていた。
スマートフォンは枕元にあった。
画面にはInstagramの通知が一件。
また別の捨てアカウントからだった。
今回は画像ではなくメッセージだけだった。
《自分だけ置いていかれるのが嫌だったんだよね》
何度もその文章を読み直した。
昨夜、
自分の中で当時を思い出した時に出た、あの時の私の想いだった。
誰にも言っていない。
私はスマートフォンの外カメラが目に入る。
何だか見られている気がして、
保護シールでそこを隠した。
その日は、
スマートフォンを机に伏せて置いた。
帰宅すると、
ノートパソコンのカメラにも付箋を貼った。
「何やってんだろ」
なんだか笑えてきた。
でも、
付箋は剥がせなかった。
夕飯を食べながら、
A子の名前をアプリ内で検索した。
名字。
名前。
小学校のあった市。
同じ名字と名前のアカウントはいくつか出てきたが、
本人かどうかは分からない。
検索をやめ、
少しだけ横になるつもりでソファにもたれた。
次にスマートフォンを見た時には、
四十分ほど経っていた。
Instagramの通知がまた出ていた。
また別のアカウント。
DMを開いた。
《交換したよね》
私は画面を見つめた。
交換。
あの日から、
自分に言い聞かせてきた言葉だった。
その下には、
もう一件届いていた。
一枚の画像が目に入る。
家の玄関だった。
小学生の女の子が二人。
一人は家の中。
もう一人は外。
あの日のあの場面だった。
実家の玄関とは少し違う。
それでも、
記憶の中の二人の立ち位置と一致した。
外にいる女の子の下には、
《してない》
そう書かれている。
――交換したじゃん。
――してない。
あの日の二人の声が頭の中に何度も響いた。
私は玄関へ行き、
鍵を確かめた。
ドアスコープから外を見た。
誰もいなかった。
その夜は、
インターホンが鳴る気がして眠れなかった。
ベッドの中で何度か時計を見た。
最後に覚えているのは、
十二時二十分過ぎ。
次にスマートフォンの振動で目を開けた時には、
一時を回っていた。
いつの間にか、
眠っていたらしい。
また別のアカウントからDMが届いていた。
《証拠あるの?》
息が止まった。
私の言葉まで知っている。
あの場にいたのは、
二人だけだった。
なら、
もう間違いない。
A子の仕業だ。
知っているのは、
私とA子だけなのだから。




