↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
証拠あるの?  作者: 鬼束ハク


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/7

二章


小学六年生の三学期。


卒業まで、あと一か月もなかった。


当時、クラスの女子の間で流行っていたアニメがあった。


日曜の朝にやっていた、女の子が六人出てくるやつ。


私は毎週欠かさず見るほど好きだったわけじゃない。


でも、キーホルダーは集めていた。


学校の近くのスーパーにガチャが置かれていて、一回二百円。


全部で六種類あった。


私たちのグループでは、いつの間にか全種類を揃えるのがちょっとした目標になっていた。


「また黒?」


休み時間。


私の筆箱についたキーホルダーを見て、美咲が笑った。


「昨日二回やったのに」


「何個目?」


「三個目」


「いらな」


「美咲、いる?」


「いらない」


美咲が笑った。


隣にいた奈央が、自分の筆箱を持ち上げた。


白い髪に、大きなリボン。


私がまだ持っていないキャラクターのキーホルダーが揺れていた。


「あとこれだけでしょ?」


「そう」


「早く出してよ。みんな持ってるじゃん」


「分かってるって」


「卒業までにはね」


奈央はそう言って、自分のキーホルダーを美咲のものと並べた。


「中学行ってもつけとこうよ」


「さすがにランドセルじゃないけどね」


「筆箱ならいけるでしょ」


三人で笑った。


二人とも、本気で急かしていたわけじゃない。


私だけ持っていないからといって、何かが変わるわけでもない。


それでも、並んだ二人の筆箱を見ると、自分だけ一個足りないことが妙に気になった。


「今日またやろうかな」


私が言うと、美咲が、


「出るまでやれば?」


と笑った。


「お金なくなるー」


何でもない会話だった。


それでも、その日の帰り道も考えていた。


あと一個。


それがあれば、三人で同じものを持てる。


卒業して、中学に入って。


クラスが変わっても。


十二歳の私には、それがずいぶん大事なことに思えていた。


その日の帰り、私はスーパーに寄った。


ガチャをもう一回やるつもりだった。


財布には百円玉が四枚あった。


二回は回せる。


でも二回やって、また黒いキャラが出たら最悪だ。


そんなことを考えながらゲームコーナーへ向かうと、先に誰かが立っていた。


A子だった。


同じクラスだけど、ほとんど話したことはない。


休み時間も、一人で席に座って本を読んでいることが多かった。


A子はガチャの前で、小さな財布の中を二度確認してから、百円玉を二枚取り出した。


一枚ずつ機械に入れた。


私は少し離れたところで立ち止まった。


あのアニメ好きだったんだ。


少し意外だった。


A子がハンドルを回した。


ガコン。


落ちてきたカプセルをその場で開けた。


その手元には白いものが見えた。


一瞬、見間違いだと思った。


白い髪。


大きなリボン。


「え」


声が出た。


A子が振り返った。


私は近づいた。


「それ出たの?」


A子は少し戸惑ってから頷いた。


手の中には、間違いなくあのキーホルダーがあった。


私が何回やっても出なかったやつ。


それをA子は、一回で引いた。


「すご」


私は笑った。


A子もほんの少し笑った。


キーホルダーを手のひらに乗せて眺めていた。


その時、最初に思ったことを今でも覚えている。


いいな。


その次が、


何でA子が。


だった。


休み時間の会話が浮かんだ。


あと一個。


卒業までに。


みんなでお揃い。


私はA子の手元を見た。


「ちょっと見せて」


A子がこちらを見た。


「それ。すぐ返すから」


少し迷ってから、A子はキーホルダーを私の手に乗せた。


軽かった。


二百円の、小さなキーホルダー。


「いいなあ」


口にすると、余計に返したくなくなった。


鞄の中には、昨日出た黒いキャラのキーホルダーが入っていた。


三個目のダブり。


私はそれを取り出した。


「ねえ」


黒いキーホルダーを差し出す。


「これと交換しない?」


A子は、私が差し出したキーホルダーを見た。


「これ、持ってないでしょ」


答えない。


「私これ三個あるから。ちょうどいいじゃん」


「いらない」


小さな声だった。


「え?」


「交換しない」


A子が手を出した。


「返して」


私はA子が引いたキーホルダーを握ったまま、その手を見た。


朝、美咲たちが並べていた筆箱が浮かんだ。


これを返したら、また私だけ持っていない。


「でもさ」


私は黒いキーホルダーをA子の手に押しつけた。


「こっちもかわいいじゃん」


A子は受け取らなかった。


手のひらから滑って、床に落ちた。


私は拾って、もう一度差し出した。


「そっちの方がA子っぽいし」


何がA子っぽいのかなんて分からなかった。


ほとんど話したこともない。


ただ、返したくなかった。


A子は私が握っているキーホルダーを見ていた。


「それ、私の」


「だから交換でしょ」


「してない」


少しだけ強い声になった。


私は周りを見た。


ゲームコーナーには誰もいない。


店員も近くにはいなかった。


A子がもう一度、手を出した。


「返して」


私は黒いキーホルダーをA子の手のひらに置いた。


A子が引いたキーホルダーは、そのまま鞄に入れた。


「じゃ、これあげるから」


「いらない」


「いいじゃん。同じ二百円だし」


同じ値段のキーホルダーを一個ずつ。


だったら交換だ。


私はそういうことにした。


「また明日ね」


A子は何も答えなかった。


私は先にゲームコーナーを出た。


呼び止められるかと思ったけれど、


最後まで声はしなかった。


翌朝、教室に入るなり美咲が気づいた。


「え、出たじゃん」


私の筆箱を指さす。


ファスナーのところには、昨日A子が引いたキーホルダーをつけていた。


白い髪に、大きなリボン。


「昨日出たの?」


「うん」


反射的に答えた。


嘘だった。


でも、わざわざ訂正するほどのことでもないと思った。


奈央も寄ってきた。


「見せて」


「ほんとだ。やっとじゃん」


「何回やったの?」


「もう、分かんないくらい」


二人が笑った。


私も笑った。


美咲が筆箱を机に置いた。


奈央も並べた。


私もその横に置いた。


三つの筆箱から、


同じキャラクターのキーホルダーが揺れた。


「これでみんなお揃いだね」


奈央が言った。


「卒業してもつけとこうよ」


「中学でこれつけてたらちょっとダサくない?」


「昨日まで欲しがってた人が言う?」


「それはそれ」


笑い声が重なった。


やっと同じになった。


その時、


少し離れた席にいたA子と目が合った。


正確には、


A子が見ていたのは私ではなく、筆箱だった。


私はとっさに筆箱を自分の方へ引いた。


A子はすぐに目をそらした。


美咲たちは気づいていない。


胸の奥に、少しだけ嫌なものが残った。


代わりのキーホルダーは渡した。


同じ二百円のものだった。


そう考えると、少しだけ気が楽になった。


休み時間が終わる頃には、私はもう別の話をしていた。


それから何日か経った日の夕方だった。


家に帰ってしばらくして、インターホンが鳴った。


母が玄関へ出て、すぐに私を呼んだ。


「同じクラスの子だって」


玄関へ行った。


ドアを開けると、A子が立っていた。


「どうしたの?」


A子は少し黙ってから言った。


「あれ、返して」


すぐに何のことか分かった。


「キーホルダー?」


A子が頷いた。


「でも交換したじゃん」


「してない」


「したでしょ。私のも渡したじゃん」


「私、いらないって言った」


少し腹が立った。


「でも持って帰ったじゃん」


A子は答えなかった。


私は、それを肯定だと思った。


「じゃあ交換じゃん」


「違う」


「何が違うの?」


「返して」


「もう筆箱につけちゃったし」


「外せるでしょ」


「なんで今さら?」


A子が一度、後ろを見た。


住宅街の道には誰もいない。


それから私を見た。


「今日じゃないとだめだから」


「何で?」


A子は答えなかった。


「明日学校でいいじゃん」


「明日じゃだめ」


「そんなに欲しいなら、またガチャやれば?」


A子の顔が少し変わった。


怒ったようにも、


困ったようにも見えた。


「私のだったから」


「だから交換したって言ってるじゃん」


「してない」


「してるよ」


「してない」


同じ言葉を繰り返しているうちに、


私の方が正しいような気がしてきた。


「じゃあさ」


A子が顔を上げた。


「交換じゃなかったって、証拠あるの?」


A子は黙った。


「誰か見てた?」


返事はない。


「あの時、二人しかいなかったじゃん」


自分で言って、


勝ったような気がした。


A子はしばらく私を見ていた。


それから、


「……もういい」


と言った。


「じゃあね」


A子は背を向けた。


門を出ていく後ろ姿を見ながら、


少しだけ嫌な気持ちになった。


それでも、


ドアを閉める頃には別のことを考えていた。


翌日、A子は学校に来なかった。


昨日のことが引っかかっていたから、


少しほっとした。


顔を合わせれば、


またキーホルダーのことを言われるかもしれない。


次の日も来なかった。


三日目になると、


クラスでも話題になった。


「A子、転校するんだって」


誰かが言った。


「え、いつ?」


「知らない。けど、家にはもう誰もいないらしいよ」


私は聞いていたけれど、会話には入らなかった。


担任から説明があったのは、その日の帰りの会だった。


A子は家庭の事情で転校することになった。


先生が言ったのは、それだけだった。


転校先も、


いつ引っ越したのかも分からなかった。


机の中に残っていたものも、


いつの間にかなくなっていた。


それから、いろんな話を聞いた。


夜逃げだったらしい。


お父さんが借金していたらしい。


警察が来たらしい。


家で殴られていたらしい。


言う人によって話は違った。


「A子、死んだらしいよ」


そう言ったのが誰だったのかは、


今でも思い出せない。


でも、


その言葉だけは残った。


「え、マジ?」


「家でなんかあったって」


「じゃあ転校じゃないじゃん」


そんな会話をした気もする。


誰と話したのかは覚えていない。


先生に聞いた子もいた。


先生は、


「変な噂を広めないように」


とだけ言った。


それで余計に、


本当なのかもしれないと思った。


私は一度だけ、


筆箱につけたキーホルダーを見た。


白い髪。


大きなリボン。


返しておけばよかったのかな、と思った。


でも、


それとこれとは関係ない。


A子の家で何があったとしても、


私のせいではない。


私は取ったわけじゃない。


交換しただけだ。


そう考えた。


卒業式にも、


A子はいなかった。


式が終わり、写真を撮って、友達と笑った。


春休みになり、


中学に入った。


クラスが変わって、部活が始まった。


気づけば、


A子の名前を聞くことはなくなっていた。


あのキーホルダーも、


いつまで持っていたのか覚えていない。


たぶん中学に入ってしばらくして、


どこかでなくした。


ただ、


A子は死んだ。


そういうことになっていた。


少なくとも、


私の中では。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。