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第三話 死亡者ゼロの冬に、十二人が死んでいる

 ★☆☆


 帳簿というものは、開く前がいちばん楽しい。

 

 少なくとも、私にとってはそうだ。


 開く前なら、そこには何も問題がないかもしれない。


 数字は正しいかもしれないし、記録はきちんと残っているかもしれない。昨日の薬草だって、誰かが移動伝票を持ってきて、「ああ、これですね。記録するのを忘れていました」と笑って終わる可能性だって、まだ残されている。


 ところが、実際に開いてしまうと、そうはいかない。


 数字がある。


 名前がある。


 日付がある。


 そして、それらが妙な具合に食い違っている。


 こうなると、見なかったことにはできない。


「……三年前の冬、三年前の冬っと」


 私は書庫の床に座り込み、古い帳簿の背表紙を指でなぞっていた。


 ギルドの書庫は、受付カウンターの裏手にある小部屋だ。


 窓は小さく、棚は高く、埃は多い。


 職員が日常的に使う書類は手前に置かれているが、古い記録は奥の棚に押し込まれている。特に、すでに廃止された制度や、現在の業務に関係しないと判断された記録は、ひどい扱いだった。


 まあ、場所を取るのは分かる。


 しかし、過去の記録を捨てていい理由にはならない。


 昨日、私に届いた匿名の手紙。


 そこには、こう書かれていた。


 『青葉草の八十四束は、北方へ送られた。記録を追うなら、三年前の冬の帳簿を見ろ』


 そして、最後に。


 『ただし、北方への配分を止めてはいけない』


 気になることは山ほどある。


 北方とは、具体的にどこなのか。


 薬草は、誰に届けられたのか。


 なぜ、正規の出庫記録がないのか。


 そもそも、なぜ三年前の冬なのか。


 私は、目の前に積まれた帳簿を見た。


「……これ、全部調べるの?」


 誰も答えない。


 当たり前だ。


 書庫にいるのは私ひとりなのだから。


 私はため息をつき、いちばん古そうな帳簿を手に取った。



     ◇



 最初に見つけたのは、三年前の冬季依頼実績表だった。


 王国暦七百二十一年、冬。


 北方地域における魔物討伐依頼。


 依頼件数、四十八件。


 完了件数、四十八件。


 死亡者、ゼロ。


「……ゼロ?」


 私は思わず顔を近づけた。


 北方地域は、王都から遠く離れた寒冷地帯だ。


 冬になると魔物の活動が活発になり、街道の通行が制限されることもある。冒険者にとっては危険な仕事が多く、報酬も比較的高い。


 そんな地域で、四十八件の討伐依頼がすべて完了し、死亡者がゼロ。


 不可能とは言わない。


 優秀な冒険者が集まっていたのかもしれないし、依頼の難易度が低かった可能性もある。


 だが、私はもう一冊の帳簿を開いた。


 今度は、同じ年の冬季救援物資の支出記録だ。


 毛布、二百枚。


 保存食、六百食分。


 治療薬、百二十本。


 そして、埋葬費用。


 十二名分。


「……十二名?」


 私は、もう一度、最初の帳簿を見た。


 死亡者、ゼロ。


 次に、支出記録を見た。


 埋葬費用、十二名分。


 どちらも、同じ年の冬。


 同じ北方地域。


 同じグランベル支部の管理記録だった。


 私は二冊の帳簿を並べた。


 片方は、冒険者の活動記録。


 もう片方は、ギルドが支払った費用の記録。


 死亡者がゼロなら、十二名分の埋葬費用は何なのだろう。


 もちろん、埋葬費用の対象が冒険者とは限らない。


 現地住民かもしれないし、別の組織の人間かもしれない。


 しかし、その場合でも、支出先や対象者の記録が必要だ。


 私は埋葬費用の欄を詳しく調べた。


 支払先は、北方救援管理局。


 摘要は、冬季緊急支出。


 承認コードは――


 A-714。


「……また、あなたですか」


 私は帳簿に向かって呟いた。


 昨日から、何度このコードを見ているのだろう。


 もう少し別の数字を使ってくれないものだろうか。


 いや、数字に文句を言っても仕方がない。


 問題は、このコードが何を承認しているのか、ということだ。


 通常の経費であれば、支出の目的、支払先、金額、承認者が記録される。


 ところが、A-714が付いている記録は、いずれも何かが欠けていた。


 手数料の根拠。


 薬草の受領者。


 そして、十二名分の埋葬費用の内訳。


 まるで、誰かが必要な数字だけを残し、説明に必要な部分を意図的に省いているようだった。


 私は、帳簿の余白にメモを取った。


 北方地域・三年前の冬。活動記録上の死亡者ゼロ。別帳簿には埋葬費用十二名分。A-714で承認。対象者・支払根拠は未確認。


 ここでも、まだ犯人はいない。


 ただ、説明がつかない記録があるだけだ。


 ……我ながら、だいぶ慎重になってきたと思う。


 昨日までの私なら、ここで「絶対に何かある!」と叫んでいたかもしれない。


 今は違う。


 叫んだところで、帳簿は答えてくれない。


 必要なのは、もう一冊だ。


 私は棚の奥を見た。


 冒険者名簿。


 北方地域の冬季依頼に参加した者の記録があるはずだった。



     ◇



 冒険者名簿は、驚くほどきれいだった。


 氏名、登録番号、所属支部、ランク、受注した依頼、完了日。


 記入漏れは少なく、文字も整っている。


 さすがに人の命に関わる記録だから、管理が厳しいのだろう。


 私は、三年前の冬に北方地域の依頼を受けた冒険者を探した。


 全部で三十七名。


 そのうち、長期滞在した者が十二名。


 さらに、その十二名の登録番号を、別のページで確認する。


 登録状態は、全員が「活動中」。


「……え?」


 私は、指を止めた。


 十二名。


 埋葬費用も十二名分。


 偶然だろうか。


 いや、人数が一致しただけでは、同一人物だとは言えない。


 私は、名簿の記載を一人ずつ確認した。


 最初の冒険者は、剣士のアルノ。


 三年前の冬、北方地域の討伐依頼を受注。


 最終活動記録、冬の終わり。


 登録状態、活動中。


 二人目は、治療師のリディア。


 同じく北方地域で活動。


 最終活動記録、冬の終わり。


 登録状態、活動中。


 三人目も。


 四人目も。


 十二人全員が、同じだった。


 北方地域での活動記録は、三年前の冬で途切れている。


 しかし、死亡届は提出されていない。


 失踪届もない。


 引退届もない。


 登録状態は、全員が活動中のままだった。


「……いや、ちょっと待って」


 私は名簿を閉じた。


 もう一度、開いた。


 当然だが、何も変わっていない。


 彼らが生きているのか、死んでいるのか。


 それすら、今の記録からは分からない。


 もし彼らが生きているなら、なぜ三年間も活動記録がないのか。


 もし死亡しているなら、なぜ死亡届がないのか。


 そして、もし十二名分の埋葬費用が彼らのために支払われたのなら、なぜ冒険者名簿はその事実を反映していないのか。


 私は、机の端に置いた紙を見た。


 死亡者ゼロ。


 十二名分の埋葬費用。


 活動中の冒険者十二名。


 数字が、妙にそろいすぎている。


 そのときだった。


「何を調べている?」


 背後から声がした。


 私は飛び上がった。


「ひゃっ!」


 振り返ると、書庫の入り口にセドリックが立っていた。


 王国監査官の肩書きを持つ、あの男だ。


 整った服装に、無駄のない立ち姿。いつ見ても、書類の束を持っているのが似合う人である。


 そして、今はその書類の束を持っていなかった。


 つまり、仕事をしていない。


 ……いや、監査官が書庫に来ている時点で、仕事をしているのだろう。


「おはようございます、セドリックさん」


「もう昼だ」


「……こんにちは」


「挨拶はいい。質問に答えてくれ」


 私は、机の上の帳簿を見た。


 隠すべきだろうか。


 いや、監査官に記録を見せない理由はない。


 私は二冊の帳簿を差し出した。


「三年前の冬の記録を調べていました。活動実績では死亡者ゼロなのに、別の支出記録では十二名分の埋葬費用が計上されています」


 セドリックは、帳簿を受け取った。


 そして、最初のページを開いた。


 次に、支出記録を確認する。


 彼の表情は、ほとんど変わらなかった。


 ただ、埋葬費用の欄に目を落とした瞬間、ページをめくる指が止まった。


 ほんの一瞬。


 けれど、私は見逃さなかった。


「……この記録は、どこで見つけた?」


「書庫です」


「誰の許可を得て?」


「支部長から、倉庫の在庫確認を命じられました。その関連記録を調べていたら、見つかりました」


「倉庫の在庫確認から、三年前の埋葬費用にたどり着いたのか?」


「はい。薬草の特別配分にA-714が使われていたので、同じコードが記載された古い記録を確認しました」


 セドリックは、帳簿を閉じた。


「君は、A-714が何なのか知っているか?」


「いいえ。廃止された制度に関係するコードだと思っています」


「誰から聞いた?」


「誰からも。古い記録にそう書かれていました」


 セドリックは、私の顔をじっと見た。


 その目は、何かを見定めるようだった。


「……そうか」


 彼は帳簿を机に戻した。


「この件は、私が預かる」


「え?」


「これ以上の調査はしなくていい。帳簿も、そのままにしておいてくれ」


「ですが、死亡者ゼロと十二名分の埋葬費用が一致しない理由が――」


「ミレイユ」


 初めて、名前を呼ばれた。


 その声には、普段の事務的な響きとは違う何かがあった。


「君は、記録の不一致を見つけた。それは正しい。だが、記録の不一致を見つけたことと、その原因を調

べる権限があることは別だ」


「……」


「この件には、通常の支部業務では扱わない記録が含まれている。君が調べ続ければ、かえって証拠を損なう可能性がある」


 私は口を開きかけた。


 確かに、証拠を損なうのは避けるべきだ。


 しかし、調査を止める理由として、それだけで十分なのだろうか。


「では、正式な照会を出していただけますか?」


「何?」


「私が見つけた記録と、確認できていない点をまとめます。監査官として調査されるのであれば、私の報告を受け取った記録も残していただきたいです」


 セドリックの眉が、わずかに動いた。


「……ずいぶん用心深いな」


「昨日、支部長から『勝手にしろ』と言われたので、今日は勝手にしないことにしました」


「それは、どういう理屈だ?」


「正式な手続きを通す、ということです」


 しばらく沈黙が続いた。


 やがてセドリックは、短く息を吐いた。


「分かった。報告書を提出してくれ」


「ありがとうございます」


「ただし、提出後は、この件について独自に調査しないこと。いいな?」


「……承知しました」


 私は答えた。


 もっとも、承知したのは「独自に調査しない」という部分だけだ。


 報告書を提出した後、何も考えてはいけないとは言われていない。


 もちろん、そんな屁理屈を口に出すつもりはない。


 私は受付嬢なのだ。


 監査官と口論する趣味はない。


 できれば、平穏に働きたい。


 心からそう思っている。



     ◇



 セドリックが書庫を出ていった後、私は報告書の作成に取りかかった。


 確認した事実。


 参照した帳簿。


 記録の不一致。


 原因として考えられる可能性。


 そして、追加で確認する必要がある資料。


 ひとつずつ整理していく。


 途中で何度も手が止まった。


 十二名分の埋葬費用。


 死亡者ゼロ。


 活動中の冒険者十二名。


 どう考えても、気になる。


 しかし、報告書には感情を書かない。


 「不自然だと思う」ではなく、「記録間に不一致が認められる」。


 「誰かが隠している」ではなく、「対象者および承認根拠が確認できない」。


 言葉を変えるだけで、ずいぶんと印象が変わる。


 けれど、これは言い換えによって問題を小さく見せるためではない。


 分かっていることと、分かっていないことを、明確に区別するためだ。


 私は報告書を読み返した。


 最後に、確認事項を三つ並べる。


 一、埋葬費用十二名分の支払対象者。


 二、北方地域における冒険者十二名の現在の登録状態。


 三、A-714による特別配分の承認根拠および関連記録。


 これでいい。


 私は書類を閉じた。


 そして、提出用の封筒に入れようとしたところで、机の端に置いていた冒険者名簿が目に入った。


 十二名の名前。


 そのうち、一人。


 私は、名前を指でなぞった。


 アルノ。


 剣士。


 登録番号、三〇一七。


 最終活動記録、三年前の冬。


 登録状態、活動中。


 ……この名前、どこかで見たことがある。


 私は記憶をたどった。


 昨日、受付カウンターで報酬について苦情を言っていた冒険者。


 確か、彼の名前もアルノだった。


 いや、そんなはずはない。


 冒険者の名前が同じことくらい、珍しくもない。


 私は、登録番号を確認した。


 昨日の冒険者の受付票を探す。


 机の引き出し。


 昨日の書類の束。


 そして、見つけた。


 登録番号、三〇一七。


「……え?」


 私は、名簿と受付票を交互に見た。


 名前は同じ。


 登録番号も同じ。


 しかし、名簿には三年前の冬以降の活動記録がない。


 昨日、私の前にいた冒険者は、確かに報酬の精算を受けていた。


 つまり、登録番号三〇一七の冒険者は、少なくとも昨日、ギルドに来ていたことになる。


 それなら、なぜ三年間も活動記録が空白なのだろう。


 私は、受付票の記載をもう一度確認した。


 依頼内容は、街道沿いの魔物討伐。


 報酬の精算記録も残っている。


 支払処理は完了。


 ただし、受領印の欄には、奇妙な記載があった。


 『本人確認済み』


 その横に、承認コード。


 A-714。


 私は、ゆっくりと椅子に座り直した。


 昨日の男は、確かに目の前にいた。


 声も聞いた。


 報酬について文句を言い、私に精算書を見せてきた。


 私は、彼が本人であることを疑わなかった。


 だが、本人確認をした記録は、通常の受付手続きとは違う方法で処理されていた。


 そのうえ、三年前の冬に活動記録が途切れている。


 偶然だろうか。


 それとも。


「……いやいやいや」


 私は、首を振った。


 早まるな。


 登録番号の誤記かもしれない。


 古い名簿の更新漏れかもしれない。


 別の人物が同じ番号を使っている可能性だってある。


 いずれにしても、今の段階では何も断定できない。


 私は報告書に、四つ目の確認事項を追加した。


 四、登録番号三〇一七の本人確認記録および三年前以降の活動履歴。


 書き終えた瞬間、受付カウンターのほうから声がした。


「ミレイユさん!」


 若い職員が、書庫の入り口に顔を出した。


「お客様がいらっしゃっています」


「どなたですか?」


「昨日も来られた方です。トーマスさん、という……」


 私は立ち上がった。


 トーマス。


 十年前にギルドを追われた元会計係の息子。


 A-714のことを知っていた青年。


 彼は今日も、何か新しい手掛かりを持ってきたのだろうか。


「分かりました。すぐ行きます」


 私は報告書を封筒に入れ、机の引き出しにしまった。


 そして、書庫を出た。



     ◇



 トーマスは、受付カウンターの前に立っていた。


 昨日と同じ、使い古した外套。


 けれど、今日は表情が違った。


 落ち着かない様子で周囲を見回し、私の姿を見つけると、足早に近づいてきた。


「ミレイユさん。昨日の話、覚えていますか?」


「はい。A-714のことですよね」


「そうです。実は、父の残した資料をもう一度調べてみたんです」


 彼は、鞄から一枚の紙を取り出した。


 古い羊皮紙だった。


 端は擦り切れ、文字もところどころ薄くなっている。


「父は、ギルドを追われる直前、ある一覧表を作っていました。誰に何を支払ったのか、どの記録が不自然なのか……そういうことをまとめたものです」


「見せていただいても?」


「もちろんです。ただ、ひとつだけ気になることがあって」


 トーマスは、羊皮紙をカウンターに広げた。


 そこには、いくつもの名前と数字が記されていた。


 北方地域。


 特別配分。


 埋葬費用。


 そして、十二名の冒険者の名前。


 私は息を呑んだ。


 先ほどまで書庫で見ていた名簿と、同じ名前が並んでいる。


 アルノ。


 リディア。


 ほかにも十名。


 全員だ。


「……これは、いつ作られた資料ですか?」


「十年前です。父が処分される直前に、隠していたものです」


「十年前……」


 私は、羊皮紙の端に書かれた日付を確認した。


 確かに十年前だった。


 だが、そこに記載されている北方地域の特別配分は、三年前の冬の帳簿と同じ承認コードを使っていた。


 そして、十二名の名前の横には、奇妙な記号が付いている。


 丸印。


 その隣に、小さな文字。


 『帰還確認』


 私はトーマスを見た。


「この記号は、どういう意味ですか?」


 トーマスは、苦しそうに眉を寄せた。


「それが、分からないんです」


「お父様は、何も説明を残していないんですか?」


「ひとつだけ。父は、こう言っていました」


 トーマスは、声を落とした。


「『ギルドの記録では、彼らは死んでいない。だが、彼らが生きていることも、誰も証明できない』と」


 私は、手元の羊皮紙を見つめた。


 死亡者ゼロ。


 埋葬費用十二名分。


 活動中の冒険者十二名。


 そして、帰還確認。


 それらの数字と記号が、頭の中でひとつにつながりかけていた。


 けれど、まだ足りない。


 決定的な何かが。


「ミレイユさん」


 トーマスが言った。


「父は、最後にこうも言っていました」


 私は顔を上げた。


「『もしA-714を見つけたら、北方の記録を調べろ。だが、絶対に一人で調べるな』と」


 ……なるほど。


 どうやら私は、昨日からずっと、忠告を無視し続けているらしい。


 ただし、今回は少しだけ違う。


 私は一人ではない。


 少なくとも、トーマスがいる。


 そして、監査官のセドリックも、この件を知っている。


 問題は、彼らをどこまで信じていいのか、ということだ。


 私は羊皮紙を丁寧に戻した。


「トーマスさん。ひとつお願いがあります」


「何でしょう?」


「この資料を、正式な記録として保全したいんです。原本はあなたが持っていてください。私は内容を写し取り、いつ、誰から、どのような経緯で確認したのかを記録します」


 トーマスは、少し驚いた顔をした。


「……それでいいんですか?」


「はい。原本を勝手に持ち出すわけにはいきませんし、写しだけでは証拠として十分ではないかもしれません。でも、まずは内容を記録しておくことが大切です」


 私は一度、息を吸った。


「それから、今後の調査は、できるだけ複数人で行いましょう。私ひとりで勝手に進めるのは、やめます」


 トーマスは、ゆっくりとうなずいた。


「分かりました」


 そのとき、背後から声がした。


「それが賢明だ」


 振り返ると、セドリックが立っていた。


 いつから聞いていたのだろう。


 彼はトーマスの持つ羊皮紙に目を向けた。


 そして、その表情が初めて、はっきりと変わった。


「……それを、どこで手に入れた?」


 トーマスは、警戒するように一歩下がった。


「父の遺品です」


「そうか」


 セドリックは、羊皮紙から目を離さなかった。


「ミレイユ。君の報告書を、今すぐ提出してくれ」


「……何か分かったんですか?」


 セドリックは、答えなかった。


 ただ、羊皮紙に記された十二名の名前を、ひとつずつ目で追っていた。


 その視線が、最後の名前で止まる。


 そして、彼は小さく呟いた。


「……まだ、生きていたのか」


 私は、思わず聞き返した。


「え?」


 セドリックは、すぐに表情を戻した。


「いや。こちらの話だ」


 けれど、もう遅かった。


 彼は、何かを知っている。


 十二名のことを。


 三年前の冬のことを。


 そして、A-714のことを。


 私は、報告書をしまった引き出しの場所を思い出した。


 明日、正式に提出しよう。


 その前に、もう一度だけ確認したいことがある。


 十二名の冒険者は、本当に死んでいるのか。


 それとも、どこかで生きているのか。


 そして、なぜセドリックは、彼らの名前を見ただけで、あんな顔をしたのか。


 答えはまだ分からない。


 けれど、ひとつだけ確かなことがある。


 このギルドの帳簿には、死んだことになっていない人たちがいる。


 そして、その人たちを「生きている」と証明できる記録も、今のところ存在しない。


 私は、机の上の羊皮紙を見つめた。


 受付嬢の仕事は、冒険者の依頼を受け付けること。


 そのはずだった。


 どうして私は今、十二人の生死を調べているのだろう。


 ……本当に、定時で帰りたい。


 心の底から、そう思った。


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