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戦国時代の化学者(ケミスト)〜弱小大名の三男に転生した元・研究員が、現代化学で乱世を塗り替える〜  作者: 姉小路信綱


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第7話 城下の化学工房と、頑固者の意地

神崎城の東端、風下にあたる川沿いの敷地に、木造の真新しい作業小屋が組み上げられていた。


敷地内には大小さまざまな陶器の甕(かめ)や釜、竹で作られた送風管や蒸留用の棚が整然と並んでいる。


慶三郎が中心となって急ピッチで建設を進めた、神崎領初の「化学実験・製造工房」である。


「よし、温度はこのくらいでいい。次は木灰から抽出した濃い灰汁(アルカリ)を少しずつ加えながら、しっかりと撹拌してくれ」


「は、はいっ! 慶三郎様!」


職人や手伝いの足軽たちが、慶三郎の指示に従って汗だくになりながら大きな木薪で釜を掻き混ぜていた。


慶三郎がここで着手しているのは、大きく分けて二つ。

一つは、獣脂や植物油に灰汁(水酸化カリウム等)を反応させてつくる「純白の石鹸」。

そしてもう一つは、肥溜めから得た硝石の残渣(ざんさ)や骨粉を鉱物と反応させて作る「過リン酸石灰(合成肥料)」の試作である。


だが――現代の化学工場とは異なり、ここは風通しの良いだけの戦国時代の木造小屋だ。


油脂を加熱して鹸化(けんか)させる際の独特な油臭さと、有機物が分解・反応する際に発生するツンと鼻を突く刺激臭――微量のアンモニアや亜硫酸系のガスが、白煙とともに城下の街道へと漂い出していた。


「うっ……なんだ、この臭いは!?」


「け、煙だ! 慶三郎様がまた何か怪しげな術をお使いだぞ!」


街道を行き交う領民たちが鼻を押さえ、困惑の声を上げる。


そんな喧騒の中、どたどたと足音を荒らげて工房の敷地に乗り込んできた一人の男がいた。


身の丈六尺(約百八十センチ)を超す巨漢。黒々とした見事な髭を蓄え、腰には太い柄の槍を差している。神崎家に代々仕える古参の重臣であり、槍術の師範でもある黒木厳兵衛(くろき げんべえ)であった。


「慶三郎様! これはいかなるお戯れにございますか!」


黒木の大声が、釜の薪がはぜる音を吹き飛ばした。

黒木は激しい憤形相で慶三郎を睨みつけ、鼻をひくつかせる。


「城下に毒気と悪臭を撒き散らし、領民を動揺させるとは何事ですか! 先日の戦での手柄は認めましょう。しかし……肥溜めを捏ね回し、怪しげな煙を燻らせて勝利を得るなど、武士の道から外れております! 今すぐこのような妖術の作業など取りやめくだされ!」


工房で働く職人や足軽たちが、重臣である黒木の威圧感に縮こまり、手を止めてしまう。


だが、慶三郎は落ち着いた動作で竹の匙(さじ)を置き、黒木に向き直った。


「黒木殿。不快な思いをさせたことはお詫びします。ですが、これは妖術でもなければ、武士の面目を潰すものでもありません。神崎家を真に豊かにするための『化学』です」


「屁理屈を! 武士の誉れは、日々の鍛錬と刃の冴えにこそある! 刀と槍で敵を穿ってこそ真の武功! 毒や煙で敵を脅し、領内を臭気で満たすような真似、某(それがし)は断じて認めませぬ!」


黒木の言葉は、この時代の武士階級が抱く共通の「価値観」そのものだった。


面目、誉れ、刀槍による武功。彼らにとって、慶三郎の行う科学実験は「正体不明の不気味な異端」に映るのだ。


ここで頭ごなしに否定したり、父・景次の威光でねじ伏せることは容易い。だがそれでは、家中や領内に深刻な「しこり」が残る。


(現代でも同じだ。工場の建設には、周囲の理解と排気・排水の『環境対策』、そして成果による『実証』が不可欠なんだ)


慶三郎は小さく頷くと、黒木の目を真っ直ぐに見返した。


「黒木殿。では一つ、私と賭けをしませんか」


「賭けですと?」


「はい。三日の猶予をください。三日後、この工房から出る悪臭と白煙を完全に抑えてみせます。さらに……この工房が生み出す『二つの品』を、黒木殿ごご自身に検分していただきたい」


慶三郎は視線を巡らせ、試作中の釜を指さした。


「もしその二つの品をご覧になり、なお『不要な妖術だ』とおっしゃるなら、私はこの工房を即座に叩き壊し、二度と城下に煙を上げないと約束しましょう。ですが……もし神崎家になくてはならぬものだとお認めいただけたなら、黒木殿にはこの工房の『安全検分役(保安責任者)』になっていただきたい」


「な……検分役!?」


黒木は意地悪く目を細めた。

青臭い十四歳の三男坊が、自分を試すような提案をしてきたのだ。


「フン……よいでしょう! 慶三郎様がそこまでおっしゃるなら、三日待ちましょうぞ! ただし、煙一つ、臭い一つ誤魔化せなかった時は、容赦なくこの小屋を某の槍で叩き潰しますからな!」


黒木は鼻を鳴らし、バサリと袖を振って去っていった。

慶三郎はその背中を見送りながら、すぐに職人たちへ振り向いた。


「皆、作業を再開しよう。まずは竹炭と湿った土を使った『排煙脱臭筒(キャニスター)』の設置からだ。それと……母上と鶴にお願いして、動物性油脂の不純物を完全に取り除く精製作業に入るぞ!」


「は、はいっ!」


現代化学の知識による「公害対策」と、人を魅了する「純白の製品」、

試練を迎えた慶三郎の目が、新たな情熱に燃え上がっていた。


。

最後までお読みいただき、ありがとうございました!

化学工房の建設により巻き起こった、古参重臣・黒木との衝突!

現代化学者としての「環境対策」と「実証」で、慶三郎は頑固な武士の心を動かすことができるのか――!?

次回は母・まつや鶴姫も大絶賛する「あの商品」がついに完成します!

「続きが気になる!」「頑張れ慶三郎!」と思っていただけましたら、ぜひページ下部からリアクションを押していただけると、大変励みになります!

明日も【20:00】に更新いたします! 引き続きよろしくお願いいたします!

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