第5話 谷を覆う激煙と、地雷の轟音
「全軍、突撃ぃッ! あの忌々しい小城など、三千の足で踏みにじってしまえ!」
大野家の旗印を掲げた先鋒隊が、鬨の声をあげて狭い谷あいとなだらかな街道へなだれ込んだ。
先頭で馬を走らせるのは、大野厳九郎。総大将の重臣・大野厳勝とともに、三千という大軍を率いての報復戦である。
「慶三郎め……今度こそ八つ裂きにしてやるッ!」
神崎城を包囲すべく押し寄せる三千の軍勢。靴音と甲冑の擦れ合う音が、谷壁に反響して地鳴りのように響き渡る。
城壁の上では、手入れされた古鉄砲三十挺を構えた一馬が息を呑んでいた。
「慶三郎……敵の先鋒、厳九郎の部隊が街道に入ったぞ! 撃たせるか!?」
「いいえ、まだです兄上。火薬は貴重です、もっと引き付けます」
その頃、谷の斜面の草むらには、次男の兵衛が足軽たちとともに伏せていた。慶三郎から託された「催涙発煙弾」を手に、風向きを見極めている。
「兵衛様、まだでございますか……?」
足軽が震える声で囁く。
「焦るな。慶三郎の言う通り、風が北東に変わる瞬間を待つんだ……よし、今だ! 壺に火をつけろ、投げ込めぇッ!」
兵衛の合図とともに、素焼きの壺が一斉に大野軍の先頭へ落ちて砕け散った。
ポスッ、ボシューーーッ!
「何だこれは!? 煙……うぐあぁっ! 目が、目が焼けるッ!」
「喉が呼吸できぬ! 助けてくれッ!」
慶三郎特製・カプサイシンと硫黄を練り込んだ「催涙発煙弾」の激煙が谷を埋め尽くす。激痛に涙と鼻水を流し、兵たちがパニックに落ち入った。
「ひるむな! 脇道へ迂回して押し通れえッ!」
厳九郎が顔をぐしゃぐしゃにしながら激怒し、兵を狭い横道へ押し込もうとした。
だが――それこそが、次男・兵衛が徹夜で足軽たちと埋設した真の罠ゾーンだった。
ドォォォォンッ!
ドカァン! ドカァン! ドドドォン!
狭い道に殺到した兵の足元で、生石灰と圧力反応を利用した慶三郎特製の「地雷」が一斉に大爆発を起こした。
鉄の破片が散弾となって吹き荒れ、馬や兵が宙を舞う。
「ひっ!地が怒っておられるッ!」
「雷神だ! 神崎城には雷神がついているぞッ!」
煙で視界を奪われ、足元では大爆発。
三千の大軍は退こうにも後ろから押し寄せ、狭い谷あいで完璧な自滅状態に陥った。
城壁の慶三郎が冷徹に一馬へ頷く。
「兄上、仕上げです。パニックで足の止まった敵本陣へ――古鉄砲三十挺、射撃開始!」
「全軍、放てぇッ!」
バン! バン! バン! バン!
限られた火薬をすべて注ぎ込んだ粒状火薬の精密射撃が叩き込まれ、総大将の大野厳勝が胸を撃ち抜かれて馬上から転がり落ちた。
「総大将が討たれたぞーッ!」
「逃げろ! 神崎城へ近づくなッ!」
三千の軍勢は戦意を完全に喪失し、蜘蛛の子を散らすように敗走を開始した。腰を抜かした厳九郎もまた部下に引きずられるようにして、二度目の惨めな敗走を余儀なくされたのだった。
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