第3話 一粒の白雪が、戦国を揺らす
三日目の朝。朝靄が立ち込める神崎城の大手門前に、不吉な蹄の音が響き渡っていた。
大野家からの使者・大野厳九郎の手勢五十が集結していた。横暴で悪名高い厳九郎は、馬上で下品な笑みを浮かべて城門を見下ろしている。
「ハハハ! 景次殿、お約束の三日目だぞ! 鶴姫を差し出し、城代としてこの俺を迎え入れる準備はできたか! 断るというなら、後ろに控える本陣から三千の兵が押し寄せ、この城を血の海に変えるぞ!」
門の上には、疲弊しきった顔の当主・景次、一馬、兵衛、そして青ざめた表情で佇む鶴姫の姿があった。
長兄の一馬は槍の柄を握りしめ、今にも飛び降りんばかりに歯を食いしばっている。
「……ここまでか」
次兄の兵衛が絞り出すような声で呟いた。
「慶三郎の戯言にわずかでも気を取られたのが運の尽き……一馬兄上、もはや鶴を引き渡すか、玉砕覚悟で打って出るしか――」
「待ちなさい!」
威風堂々とした声が城門に響き渡った。
駆け登ってきたのは、汗と泥に塗れ、しかしその瞳に圧倒的な自信を宿した慶三郎だった。後ろには、麻袋を抱えた勝太ら若い足軽たちが続いている。
「慶三郎! お前、今までどこで……!」
一馬が叫ぶ。
「父上、兄上。お約束の『火薬』を持ってまいりました」
慶三郎は勝太に合図を出し、麻袋の口を開かせた。
そこに詰まっていたのは、戦国時代の武士たちが知る黒い粉末ではない。米粒ほどの大きさに揃えられ、鈍く光る黒い粒――「特製・粒状火薬」だった。
「な……なんだこれは? 粉ではなく、粒だと……?」
切れ者の兵衛が目を疑う。
「ただの粉火薬は運ぶ間に成分が離れ、燃え方も不安定になります。ですが、酒で練り込んで粒状化したこの火薬は、燃える速さも爆発力も従来の数倍。……そして原料の硝石は、我が神崎家の土から生み出しました」
「バカな……! 南蛮の硝石を土から作ったと申すか!?」
景次が息をのむ。
「何を訳の分からぬことを!」
城門の下から厳九郎の嘲笑が飛ぶ。
「おい神崎の青二才が! ぐだぐだ何の話をしておるか、早く降伏の書状と鶴姫をよこせ! さもなくば力ずくで城を奪うまで!」
一切の講釈を聞き入れる耳を持たない厳九郎に対し、慶三郎は静かに城壁の鉄砲(種子島)へ歩み寄った。
銃口から粒状火薬を注ぎ込み、弾丸を込め、火縄をセットする。狙うのは、大手門の遥か先――普通の鉄砲では到底届かない、二百間(約360メートル)離れた大岩だ。
「慶三郎、そこは遠すぎる! 鉄砲の届く距離の外だぞ!」
一馬が思わず叫ぶ。
「いいえ。この火薬なら届きます」
慶三郎は静かに息を整え、照準を合わせた。
(単位容積あたりの燃焼速度の最適化。薬圧は従来粉末の二・五倍。……行け!)
――引き金を引き絞る。
ズガァァァァァァン!!!!
腹の底を揺さぶるような、凄まじい衝撃波が城門を打った。
通常の鉄砲とは明らかに違う、雷鳴のごとき大爆音。
直後――二百間先の巨大な岩が、まるで落雷を受けたかのようにドカン! と真っ二つに砕け散り、激しい煙と破片が巻き上がった。
「「「…………っ!?」」」
神崎城の上も、下にいた大野家の五十の兵も、完全な絶望的静寂に包まれた。
「あ……岩が……砕けた……?」
一馬の槍が手から滑り落ちた。
「二百間の距離だぞ……? 鉄砲の威力が倍以上だと……!? 一体どんな火薬なのだ!?」
兵衛が膝から崩れ落ちる。
厳九郎は馬上でガタガタと震え、顔面を蒼白にさせていた。
「な、なん……だ今の音は!? 妖術か!? どんな巨大な大筒を隠していたのだ!?」
「厳九郎殿」
煙が漂う城壁の上から、慶三郎は見下ろすように冷ややかに言い放った。
「我が神崎家には、この火薬が無限に生み出せる術があります。そして城内には三十挺の鉄砲がある。……三千の兵で押し寄せるというならどうぞ。この弾幕で、貴方様の首を真っ先に粉砕して差し上げましょう」
「ひっ……! 狂っておる、神崎の者は皆狂っておるぞ! 引き揚げるぞ! 一旦引き揚げだぁぁっ!」
厳九郎は悲鳴をあげ、腰を抜かさんばかりに馬を反転させ、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していった。
静まり返る大手門の前。
「あ……勝った……? 勝ち、ましたの……?」
鶴姫が夢でも見ているかのように呟く。
「勝ったんだよ、鶴」
慶三郎が振り返り、優しく微笑むと、長兄の一馬が慶三郎の肩を破壊せんばかりの力で抱きしめた。
「慶三郎ぉぉぉっ! お前、本当にとんでもないものを創り出しやがったな!!」
「慶三郎……! お前は、神崎家を……いや、この国の歴史を変える気か!?」
兵衛が興奮で声を枯らし、当主の景次は感極まったように慶三郎の手を固く握りしめた。
「見事だ、慶三郎。……我が息子ながら、お前はまことの天才だ」
歓喜に沸く神崎城。
だが、慶三郎の頭の中ではすでに「次の課題」が計算されていた。
(これで大野家は退けた。だが……この異次元の火薬の爆発音と噂は、間違いなく近隣のバケモノたちに届く。……織田信長、そして浅井長政に)
排泄物の山から始まった14歳の慶三郎の化学革命が、いまや戦国全体の歴史を大きく揺り動かそうとしていた。
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現代化学の知識で突き進む慶三郎と神崎家の物語、いかがでしたでしょうか?
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