↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
戦国時代の化学者(ケミスト)〜弱小大名の三男に転生した元・研究員が、現代化学で乱世を塗り替える〜  作者: 姉小路信綱


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

21/26

第21話 上洛前夜と、過熱する化学プランと


黒煙を上げない特製の蒸留窯から、絶え間なく純白の蒸気が立ち上っていた。


神崎城下の化学工房群。そこはもはや一領主の工房の枠を超え、近代的な『総合化学プラント』へと変貌を遂げていた。


「第3ライン、無煙火薬の造粒作業完了! 湿気厳禁、乾燥室へ搬入急げ!」


「第5ライン、高濃度消毒用エタノールの蒸留完了! 密閉ガラス小瓶へ充填せよ!」


工房内に飛び交う指示の声。


汗だくになって作業に追われる職人や足軽たちを、一巻の作業目録を手に冷静に指揮していたのは、神崎家の次男――神崎兵衛(ひょうえ)であった。


「兵衛兄さん、進捗はどうですか?」


駆け寄ってきた慶三郎が問いかけると、兵衛はチャッチャッと算盤を叩き、すらすらと答えた。


「完璧だ、慶三郎。木下藤吉郎殿と約束した『無煙高純度火薬五百斤』および『野戦衛生キット五百人分』の第一期納入分は、予定より三日早く完成する。作業工程を『分業制(ベルトコンベア方式)』に切り替えたのが効いているな」


兵衛の冴え渡る工程管理(ラインオペレーション)能力に、慶三郎は心から感心した。


慶三郎が科学的な化学式や精製手法を提示し、兵衛がそれを「誰でも安全かつ効率的に作れる作業手順」へと落とし込んで最適化する。この兄弟の化学反応こそが、神崎家の圧倒的な生産力を支える原動力であった。


「黒木殿! 原材料の搬入ルートの警備は怠りなく!」


「ははっ! 一馬様率いる警備隊が、不審な忍びや野盗を一匹たりとも近づけさせませぬ!」


工房の周囲では、長男の一馬と黒木厳兵衛が望遠鏡と試作大筒を手に、厳重な警備網を敷いていた。

朝倉・六角の残党を完封した神崎城の防衛線は、いまや隙のない鉄壁と化していたのだ。


◇


一方、工房に併設された衛生用品の縫製・充填作業場。


そこでは母・まつと十二歳の妹・鶴姫を中心に、城下の女衆が総出で『野戦衛生キット』の詰合せ作業を行っていた。


「鶴、そちらの包帯には消毒用エタノールを十分に染み込ませてから、防湿紙で包むのですよ」


「はい、母上!傷口に塗る『特製軟膏(ワセリンと亜鉛華の混合物)』も、バッチリ小壺に詰め終わりました!」


鶴姫は嬉しそうに手際よく袋を閉じていく。


キットの中身は、消毒用高濃度エタノール、純白石鹸、滅菌処理されたガーゼ・包帯、止血帯、そして脱水症状を防ぐ「経口補水塩パウダー」である。


戦国時代の合戦において、兵士の死因の過半は戦闘時の即死ではなく、傷口からの「破傷風・細菌感染」や「不潔な泥水による疫病」であった。この小さなキット一つが、数百人の貴重な兵士の命を戦場で救うことになるのだ。


「……慶三郎兄様たちの化学は、本当にすごいです」


鶴姫が小袋を愛おしそうに撫でながら呟いた。


「お侍様たちが戦うための道具だけじゃなくて、こうして怪我をした人を助けるためのものも作れるのですから」


作業の視察に訪れていた慶三郎は、鶴姫の言葉に優しく目を細めた。


「そうだよ、鶴。戦争を長引かせないための圧倒的な軍力と、倒れた人を生かすための衛生管理。この二つが揃って初めて、乱世を早く終わらせることができるんだ」


◇


数日後。


約束の納入日、神崎城を再訪した木下藤吉郎は、整然と並べられた大量の軍事・衛生用物資を前にして、言葉を失っていた。


「ひ……ひやぁぁぁ……! た、たった一週間で、これほど大量の無煙火薬と、この『衛生キット』とやらを揃えてみせたというか……!???」


藤吉郎は目を剥き、震える手で衛生キットの包みを手に取った。


「慶三郎殿……兵衛殿……貴殿らは一体、何者だね……!? 織田家の全職人を集めても、一ヶ月はかかる量を、これほど完璧な質で揃えるとは……っ!」


「木下様。これが我が神崎家の『科学と工業オペレーション』の力です」


兵衛が静かに胸を張り、納品書を提示した。


「約束通り、無煙火薬五百斤、遠見の筒二十客、野戦衛生キット五百人分、すべて納品いたします。……代金の硝石・銅・綿花の引き渡しをお願いいたします」


「勿論だ! 勿論だとも! 岐阜城から運ばせた最高品質の硝石と銅、すぐに受け取ってちょうだい!」


藤吉郎は大興奮で兵衛の手を握りしめると、慶三郎に向かって深々と頭を下げた。


「慶三郎殿! これで信長様の上洛戦は勝ったも同然だ! 兵は病にかからず、敵の遠くから動きを察知し、煙の出ぬ火薬で敵陣を粉砕する……! この武功、すべて信長様へと報告させていただきますぞ!」


「よろしくお願いいたします、木下様。織田様と浅井様が京へ無事に上洛されることを、心より祈っております」


慶三郎が静かに頭を下げると、藤吉郎は数多くの輸送車隊を引き連れ、風のように岐阜への帰途についた。


去り際、藤吉郎は輝くような笑顔で叫んだ。


「慶三郎殿! 上洛が成功した暁には、京の都で盛大にお祝いをしようかね! 貴殿の『化学』が天下を動かす瞬間を、見届けてちょうだいよっ!」


夕日に照らされる神崎城。


戦国時代の巨大な歴史の歯車が、いま慶三郎たちの創り出した「現代化学の力」によって、猛烈なスピードで回転を始めていた。


天下布武を掲げる織田信長の上洛戦――その舞台の裏で、神崎家は時代の主役に躍り出ようとしていたのだった。


ここまでお読みいただきありがとうございました!

もし「面白い」「続きが読みたい」と感じていただけましたら、ページ下部の☆での評価やリアクション、感想をいただけると今後の励みになります!

明日も20:00に更新いたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。