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戦国時代の化学者(ケミスト)〜弱小大名の三男に転生した元・研究員が、現代化学で乱世を塗り替える〜  作者: 姉小路信綱


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第20話 覇王の命と、木下藤吉郎の算盤


「ひやあぁぁ……! これが噂の『水のように透き通る硝子』だがね! 噂には聞いておったが、現物を見たら目玉が飛び出そうになったわ!」


神崎城の大広間。


身振りを大きく交えながら、猴(さる)のような独特の愛嬌のある顔で声を張り上げていたのは、織田家家臣――木下藤吉郎秀吉(きのした とうきちろう ひでよし)であった。


派手な朱色の着物を纏い、細い目をくるくると動かしながら、慶三郎の提示した「透明ガラス杯」や「遠見の筒(望遠鏡)」を撫で回している。


「お初にお目に掛かります、木下様。神崎慶三郎にございます」


「いやいや、頭をお上げなさってちょうだい、慶三郎殿! わしはただの信長様の使者だがね! ……いやはや、信長様が『あの小僧の頭脳は恐ろしい』とおっしゃっていた意味が、ここに来てよく分かったわ!」


藤吉郎は扇子でパチンと己の膝を叩くと、一転して鋭い眼光を慶三郎に向けた。


「さて……慶三郎殿。本題に入ろうかね。信長様からの御意だ」


広間の空気がキュッと引き締まる。


「信長様はいよいよ、足利義昭様を奉じて京へ登る――『上洛戦』を敢行される。つきましては、対等な交易相手たる神崎家にも、この上洛戦に『力』を貸していただきたい」


「力、ですか」


慶三郎が問い返すと、藤吉郎はニヤリと不敵な笑みを浮かべた。


「そうよ。何も兵を出せとは言わん。信長様が求めておられるのは、慶三郎殿……貴殿の『化学の軍需物資』だ! あの煙の出ぬ『新式火薬』に、遠くが見える『遠見の筒』……そして何より、噂に聞く『病を寄せ付けぬ衛生と保存食の技術』だがね!」


藤吉郎は立ち上がり、算盤を弾くような身振りで語りかけた。


「合戦の勝ち負けはな、刀の切れ味や兵の数だけでは決まらん。戦場にどれだけの『兵糧』と『弾薬』を、腐らせずに運べるかだ。合戦で死ぬ兵より、道中で病にかかって倒れる兵の方が遥かに多い。……慶三郎殿、貴殿の化学は、まさにその極致ではないか!」


慶三郎は目を見張った。


(さすがは後の豊臣秀吉……! 科学の知識はなくとも、兵糧搬送や公害・衛生管理が軍事に与える『本質的な価値』を、直感と計算で完璧に見抜いている……!)


「木下様のご洞察、敬服いたします」


慶三郎は微笑むと、脇に控えていた次男・兵衛に視線を送った。


兵衛が滑らかな所作で、一冊の目録を藤吉郎の前へ差し出す。


「木下様。上洛戦に向け、我が神崎家からは以下の品々をご提供可能です。一つ、無煙高純度火薬、五百斤。二つ、三倍率遠見の筒、二十客。三つ、長期保存が可能な『高カロリー真空缶詰風・乾燥兵糧(ビタミン補給食)』千人前。そして……戦場での感染症を防ぐ『消毒用アルコールと純白石鹸』五百人分です」


目録を開いた藤吉郎の口が、ぽっかりと開いた。


「な……なんたることだ……! 火薬や望遠鏡だけでなく、兵の病を防ぐ薬や腐らぬ兵糧まで用意できるとおっしゃるか!?? これがあれば……織田軍の行軍速度は二倍になり、病死者はゼロになるがね!???」


「ええ。ただし……これは『寄進』ではありません。すべて正当な価格で、金貨または原料の『硝石・鉱物・綿花』と引き換えの『売買取引』です」


慶三郎が言うと、藤吉郎は一瞬呆気にとられた後、ハハハハ! と腹を抱えて大爆笑した。


「ハハハハッ! いやあ痛快だ! 信長様にも臆さぬ慶三郎殿らしい! よろしい、織田家の金蔵をひっくり返してでも、提示の金額で全額買い取りましょうぞ!」


藤吉郎は膝を進め、慶三郎の手を固く握りしめた。


「慶三郎殿! わしと組んで大儲けせんかね!? 貴殿が物を作り、わしがそれを天下に売り裁く! 天下の黄金を根こそぎかき集めて見せますぞ!」


「ふふ、頼もしいお言葉です、木下様。ですが……商いの全権は、我が家の参謀である兄・兵衛が握っておりますので、価格交渉は兵衛兄さんとどうぞ」


慶三郎が兵衛を指さすと、兵衛は冷ややかな笑みを浮かべ、算盤をチャッチャッと弾いた。


「木下様。先ほどの提示額ですが、織田家の上洛戦での勝利を見越し、原料の優先供給権を条件に一割ほど勉強させていただきましょう」


「お、おう……! この弟にしてこの兄ありか! 抜け目がないがね……っ!」


藤吉郎はタジタジになりながらも、心底嬉しそうに目尻を下げた。


覇王・織田信長の上洛戦。

歴史の巨大な転換点において、神崎家は単なる「従属する兵力」ではなく、「戦国最強の軍需・化学ロジスティクスを握る独立したパートナー」として参戦することが決定した。


「慶三郎殿、信長様も浅井長政様も、貴殿の化学を高く評価しておられる。……この上洛戦、貴殿の作った火薬と望遠鏡で、天下の歴史をひっくり返して見せましょうぞ!」


藤吉郎の宣言とともに、神崎城はきたる天下分け目の上洛戦に向け、全軍・全プラントを挙げた大量産体制へと突入していくのであった。


ここまでお読みいただきありがとうございました!

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明日も20:00に更新いたします!

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