骸骨の丘 (I)
「止まって!」
最初の草原にある丘。その頂へ差しかかる手前で、先頭を行く全身に鎧をまとった女が片手を上げた。四人はぴたりと足を止め、息を殺す。
風が、草原にまばらに立つ木々の葉を揺らしていた。その葉擦れに混じって、カタカタという奇妙な音が近づいてくる。
「丘の向こう側からだ。カリケン、お前が出てくるとろくなことにならない。そこで待ってろ。ここは俺たちに任せておけ」
二本の短剣を握る小柄な男が声を落とした。
やがて、丘の頂から、音の主が姿を現した。まず頭蓋骨が覗き、続いて、錆びついた古い鎧をまとった骨の身体が現れる。右手に錆びた鋼の穂先を付けた粗末な木槍を、左手には同じく錆だらけの丸盾を構えていた。
「なんだ、ただの骸骨じゃねえか……」
大柄な男が戦斧を下ろした。
「待てよ、なんでこんなところに骸骨がいる? エリンディアには墓も遺跡もないはずだろ。生まれたばかりの世界だってのに……」
弓と矢筒を携えた細身の男が訝しんだ。
「理由なんざどうでもいい。どうせ、すぐに動かなくなるんだからな」
大柄な男は重い斧を肩に担ぎ、骸骨へ向かって歩き出した。
「油断しないで、リッテン」
「分かってるって」
「そいつは任せた。骸骨に矢を射っても無駄だからな」
リッテンは振り返りもせず、片手を振って応じた。
「はっ、穴だらけで外すのが怖いだけだろ」
短剣使いがからかった。
「好きに言ってろ」
間合いに入ると、リッテンは戦斧を両手で握り直した。
「はあっ!」
ガアンッ!
「なにっ!?」
骸骨は丸盾一枚で、リッテンの突進を受け止めていた。
「なんだこいつ、どこぞの英雄の骨か? 百戦錬磨の古強者だったとか?」
リッテンが毒づく。
キンッ! ガンッ!
間髪入れず、槍先が二度リッテンへ走る。大柄な体に似合わぬ身軽さで斧を振るい、そのどちらも弾き返した。
「たしかに……半神の突進を受け止めるなんて、ただのアンデッドではないわね」
鎧の女も、骸骨から警戒を解かない。
「そうか?」
シュッ!
ゴキンッ!
骸骨の背後で短剣が閃き、頭蓋骨が首から弾け飛んだ。その向こうには、刃を振り抜いた小柄な男の姿があった。
「俺には言い訳にしか聞こえねえけどな。ははっ――」
ドスッ!
「ぐあっ!」
笑い声が途切れるより早く、一本の矢が男の肩を貫いた。
「上だ! 丘の上!」
弓使いが叫ぶ。
今度は、丘の頂に十体の骸骨が姿を現した。三体が弓、三体が剣。残る四体は最初の一体と同じく、槍と盾を携えている。
「全員、持ち場へ!」
鎧の女の号令が飛んだ。
「ベルディン、まだ動ける?」
「片腕はやられましたが、もう片方は使えます!」
「俺の後ろへ!」
リッテンが前へ出る。
「頭を射抜いてやる! リッテン、前の連中は任せたぞ!」
細身の男は弓を引き絞った。
「ベルディン、悪いけれど弓兵をお願い。あなたが一番速いわ」
「ご心配なく、ジディア様。俺たちはあなたを女神にすると誓ったんです。必ず果たしてみせます」
ベルディンは肩の傷に巻いていた布を結び終え、短剣を握り直した。
「それに、借りも返さないとな!」
* * *
戦いは数分に及んだ。骸骨たちは、ジディア率いる小さな派閥の誰もが想像していた以上に手強かった。
「みんな……無事?」
ジディアは息を切らしながら仲間を見回した。磨き上げられた鎧には、すでに亀裂が走っている。
「あいつら……普通の骸骨じゃ……ねえぞ……」
ベルディンは、まだ動くほうの腕で額の汗を拭った。
「ぐっ、肋骨にひびが入ったかもしれねえ」
リッテンは、骸骨の頭部に食い込んだ斧を力任せに引き抜いた。
「嘘だろ……」
「エンダー、どうしたの?」
エンダーは、戦いの末に奪い取った丘の頂から麓を指さした。
「囲まれた」
骸骨の軍勢が、ぎこちない足取りで四方から丘を登ってきている。
「百は下らねえな……」
リッテンはそう呟き、ジディアの前へ出た。
「まさか、たかが魔物相手に試練に敗れるとはな」
ベルディンは短剣を握る手に力を込めた。
「あれはただの魔物じゃない。誰かがこの軍勢を操っているはずよ」
「ジディア様、お逃げください。ここは俺たちが食い止めます」
「逃げるって、どこへ?」
そう返しながら、ジディアは剣を抜いた。
「私の居場所はみんなのそばよ。こんな愚かな夢に付き合わせてしまって、ごめんなさい」
「何をおっしゃいます、ジディア様。我らが主のご息女が、自ら新しい世界へ打って出て、己の道を切り開こうというのです。それこそ、誇るべき夢じゃありませんか」
リッテンは再び斧を持ち上げた。
「俺が悔やむのは、あなたを守りきれないことだけです」
「リッテンの言うとおりです。愚かな夢などではありません」
エンダーも小さく笑った。
ジディアも笑い返したが、その目尻から涙が一粒こぼれ落ちる。
直後、彼らの頭上に矢の雨が降り注いだ。
* * *
「……この人たち、死んだの?」
「いや、殺したら後味が悪いだろ。恨みがあるわけでもないし」
「気分なら、もう悪そうだけど?」
ヴィルキーは口元を手で覆い、笑いを噛み殺した。
「それにしてもすごいな。熟練度がEから一気にCまで上がったなんて」
アレンは気を失っている最後の一人を地面に横たえた。
「厳密には、まず熟練度Dに上がって、それからもう一度使ったらCになった……」
「そこ、大事なの?」
「大事だと思う」
「なるほどな」
アレンはすぐに察したらしい。
「つまり、一度に上がるのは一段階までかもしれない、ってことか?」
「その可能性はあるな。まだ確かめようがないけど」
ネレズは肩をすくめた。
「単に、Cまで一気に上げられるほどの……何かが足りなかっただけかもしれないし」
「肝心なのは、その『何か』でしょ。アタシたちと違うこと、何かした?」
「特別なことをしたわけじゃないけど、思い当たるとすれば二つかな」
ネレズは指を二本立てる。
「いくつもの人生で積み上げてきた経験か、スキルに一度に注ぎ込まれた霊力の量と密度……あるいは、その両方」
「ネレズ、君の霊力がどのくらいあるか、聞いてもいい?」
アレンが慎重に切り出した。
「いきなり? 先にデートに誘うものじゃないのか?」
「はは、君が話す気になるまで待つよ」
「デートなら、アタシが付き合ってあげようか?」
「……」
「ちょっと、何とか言ってよ!」
「危ない!」
「危ない? ふざけないでよ!」
「貴様が死霊術師か! 勝つのは俺たちだ! くたばれ、外道め! 死ねぇっ!」
三人の頭上で空間が裂けた。剣を手にした男が裂け目から飛び出し、勢いのままネレズへ斬りかかった。




