死の書
「ここまで来れば、これが遊びではないことは諸君も理解したはずだ。エリンディアに己の居場所を勝ち取りたい者は、そのために命を懸ける覚悟を持たねばならない」
高みからゾロヴァンが宣言した。
「そして、己を信じられぬ者には、これが辞退する最後の機会となる」
ネレズは一歩前に踏み出した。
「ただし、辞退者はディヴァイン・オーダー(神の秩序)の手で、元いた場所へ送り返される」
ネレズは一歩後ろに下がった。
ゾロヴァンはしばらく候補者たちを見渡し、ひとつ頷いた。
「諸君の幸運を祈ろう……それが今生であれ、来世であれ」
候補者たちの足元に、魔法陣らしきものが浮かび上がる。最初の転送で眠りこけていなければ、ネレズにも見覚えのある光景だったはずだ。
やがて、全員が光に呑まれた。
* * *
光に包まれていたのは、ほんの二、三秒ほど。輝きが消えたときには、ネレズとアレン、ヴィルキーは人影ひとつない緑の草原のただ中に立っていた。
ついに、好機が巡ってきた。この忌々しい試練を放り出すため、ずっと待っていたチャンスだ。
もう二度と、神々になど関わりたくない。
けれど、ヴィルキーを安心させるように肩を叩くアレンに目が留まり、転がるオドリアンの首がまた脳裏をよぎった。
二人を置き去りにして逃げるのは、どうにも後味が悪い。
「近道を選べるのは、行き先を知ってる奴だけ……か。俺は遠回りしてばかりだな」
自嘲混じりの独り言に、アレンが振り向いた。
「どうかしたのか?」
「何でもない」
ネレズは大きく伸びをした。
「そろそろ動こう。こんな草原の真ん中じゃ、どこからでも丸見えだ」
「そうだな。遠くに森が見える。態勢を整えるなら、あそこがよさそうだ」
アレンを先頭に、三人は木々の陰を目指して走り出した。
* * *
近くに敵がいないことを確かめると、ネレズは改めて手元の本を調べ始めた。
「この本、書かれてるのは一ページだけみたいだ」
[エイドロン:死の書]
「ゴッドスクリプトに大層な名前が出たわりに、これだけって。期待外れもいいところだな……」
「エイドロンは持ち主と一緒に成長するって、ゾロヴァン様も言ってたでしょ。育てていくスキルみたいなものだと思えばいいんだよ」
「ひとつのスキルというより、いくつものスキルの集まりって感じかな」
アレンがそう付け加えると、ネレズは唯一中身のあるページへ目を戻した。そこには、どう読めばいいのか見当もつかない記号や銘文がびっしりと並び、槍と盾を携えた骸骨の絵が描かれている。
読めない部分は、ゴッドスクリプトが補ってくれた。「死の書」の項目の下には「スキル」と題された欄があり、このページが何を示しているのかは一目瞭然だった。
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[骸骨兵]
熟練度:E
死してなお揺るがぬ守り手にして、獰猛な攻め手。
士気なき者の士気は、挫きようがない。
HP:500
ATK:150
DEF:200
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「つまり、この数字が体力、攻撃力、防御力ってことか……」
ほかにも、あとでじっくり見ておきたい情報はいくつかあった。中でもネレズの目を引いたのは、熟練度の欄だった。
解釈が正しければ、スキルを使い込むほど上がっていくのだろう。
「骸骨兵……絵の通りだな。こういうのって、RPGなら序盤に出てくる雑魚敵じゃないのか? ステータスはまあまあ高そうだけど、比較対象がないんじゃ判断のしようもないな」
「あーるぴー……じー?」
ヴィルキーがアレンを見上げたが、返ってきたのは肩をすくめる仕草だけだった。
「気にしなくていい。俺たちだって今のところ似たようなものだ。《誓約の刃》も、使えるスキルはまだ一つだけだし。最初から君を味方にしたかったのは、君が底知れないと思ったからだ。それに、その経験も頼りになる」
「底知れない? 君の『光の賜物』とやら、一度ちゃんと診てもらった方がいいんじゃないか……。それより、経験って?」
二人の若い半神は、そろってうなずいた。
そう期待されても、神々同士の争いなんて経験したことはない。ただ、『もっと上手くやれたはずだ』とあとから悔やんだことなら、嫌になるほどある。なにせ、それを千の人生で繰り返してきたのだから。
「じゃあ、ひとつ教えてやる」
ネレズは観念したように腕を組んだ。
「こういうときにうってつけの、文字どおり大昔からある秘策……『キャンプ戦法』だ」
「キャンプ戦法?」
二人の声がぴたりと重なった。
「ひたすら隠れて、敵同士で潰し合うのを待つ」
「……」
「……」
「どうした? 驚きすぎて声も出ないか?」
「真面目にやって!」
「はは、生き残ることが目的なら、有効な策ではある。でも、それだとディヴァイン・オーダーに見向きもされないかもしれない」
「キャンプっていうのは、何も知らずに近づいてくる敵を待ち伏せする戦法でもあって……」
「それなら一応、作戦ではあるけど……あんまり正々堂々じゃないよね」
ヴィルキーが渋い顔をする。
「今どきの若者は注文が多いな……」
「半神の基準じゃ俺たちが若いのは確かだけど、何百年も生きてきて『若者』って言われるのは、やっぱり変な気分だな」
アレンは苦笑した。
「そう考えると、ネレズは神の基準でも十分おじいちゃんだよね。ゾロヴァン様とだって、いい勝負かも!」
ヴィルキーは楽しそうに笑った。
「今のはちょっと魂にきたな……」
「ごめん、ごめん。冗談だってば」
ヴィルキーは込み上げる笑いをこらえながら謝った。
「神々は定命者とは歳の捉え方が違う。そもそも俺たちは不死だからな」
「そうだね。ちょっとふざけただけだよ」
ヴィルキーは笑いを収めた。
「今まで散々からかわれた分の、ちょっとした仕返し」
「からかった覚えはないんだが……まあ、俺がおじいちゃんなのは事実だし、文句は言えな――静かに!」
声を落とし、ネレズは二人に伏せるよう手で合図した。
遠くに四人の人影が現れ、つい先ほどまで三人がいた草原を横切っていく。
「始まったばかりなのに、もう数で負けてるな……」
「落ち着いて。四人だけなら、アレン一人でどうにかできるよ」
ヴィルキーはネレズの背中に身を寄せた。
「それなら、何のために俺を仲間に入れたがったんだ……? それと、あまりくっつかないでくれ。彼氏持ちの女の子にそんなにくっつかれると、独り身には堪えるんだよ」
「そういうところを言ってるの! 本当にどうしようもない!」
ヴィルキーは声を抑えながらも、語気を強めた。
「なんにせよ、四人をアレン一人に任せるなら、その前にどこまで戦えるか見ておきたい。銃火器はなさそうだし、せめて剣がもう一本あれば……」
「アレンの腕は、アタシが保証する」
ヴィルキーは拳を胸に当て、きっぱりと断言した。
「女の子は彼氏を買いかぶりがちだからな」
「そのネタ、もういいって!」
「ネレズ、俺を信じてくれ」
アレンはネレズの肩に手を置いた。
「ヴィルキーの言うとおりだ。あの四人だけなら、俺一人で対処できる」
ネレズはアレンを横目で見やり、答える代わりにかぶりを振った。
「ひとつ、試せそうなことがある……使い方もよく分からないまま、ぶっつけ本番で使うのはあまり賢くないけど」
ネレズは重い本を持ち上げ、武装した骸骨の描かれたページを開いた。
「まあ、敵の注意を逸らすくらいには使えるか……?」




