骸骨の丘 (II)
「叫んでないでさっさと斬りかかってれば、少しは勝ち目もあったのに」
内臓が草の上へこぼれ出しているのも気にせず、ヴィルキーは平然と言った。
「可愛い顔をして、ずいぶん肝が据わってるね……」
「それ、褒めてるの? けなしてるの?」
「彼氏がいる女の子は褒めないって、もう言っただろ」
「……」
「それにしても惜しかったな。話の通じそうな連中だったのに……アレン、君が仲間を真っ二つにしちゃったから、これで同盟の線も消えたか」
「そういえば……骸骨兵が見聞きしたものを、まるごと共有できるのって便利だね。アタシに向かって吐いたりしなければ、もっと素直にすごいって思えたんだけど」
「ブーツに一滴ついただけで、大げさだな……こっちの身にもなってみろ。普通の人間の百倍もの情報を、一気に頭へ叩き込まれるんだぞ。制御できるようになるまでは地獄だったんだ!」
「すまない。今の熟練度じゃ、まだスキルの出力をうまく調整できないんだ。すぐ動かなければ、あの斬撃でネレズの首が飛ぶと思って」
アレンが申し訳なさそうに割って入り、話を引き戻した。
「アレンは悪くないよ。あのままだったら、ネレズの首は飛んでたもん。まあ、アレンが動いたときには、もう自分で避けてたみたいだけどね」
気まずそうに後頭部をかくアレンの横で、ヴィルキーは続けた。
「いくつもの人生で戦場を渡り歩いてきただけはあるね。勘の鋭さが第六感の域だもん」
「すまない……」
アレンは再び頭を下げた。
「まあ、とにかく助けに入ってくれたことには感謝してるよ、アレン。頭もまだちゃんと首についてるしな……マフラー編みの試練なら、こんな目には遭わなかったのに」
「ねえ見て、光ってる!」
ヴィルキーが指さす先で、四人の半神が強い光に包まれ、次々と姿を消していった。
「ディヴァイン・オーダー(神の秩序)が失格と判定したんだ」
アレンがそう告げたあと、光は消え、その場にはカリケンらしき男の遺体だけが残った。
「あのディヴァイン・オーダーとやらも、せめて遺体くらい家族のもとへ返してやればいいのに……」
ネレズは顔を曇らせ、二体の骸骨兵を呼び寄せた。
* * *
即席の墓の前で、ネレズは死者への敬意を込め、しばらく祈りを捧げた。その祈りが誰に向けられたものなのか、アレンとヴィルキーには見当もつかなかった。
祈りを終え、ネレズは二人へ顔を向ける。
「丘を上る途中にも言ったけどさ。向こうは四人……じゃなくて、五人だっけ……いや、四人か。なのに、こっちは三人だけってどういうことだ? アレンの氏族には、ほかに君を手伝おうって若い連中はいなかったのか? 君は精鋭か何かなんだろ? それとも、単に友達がいないのか? 彼女にかかりきりだから、みんなに見放されたとか?」
「もう、その手の発言は全部聞き流すことにする」
ヴィルキーは辺りを見回した。
「というか、アタシに言わせれば、こっちは百三人だよ」
「最初は、俺とヴィルキーだけで十分だと思ってたんだ」
アレンが汚れを拭った《誓約の刃》を鞘へ納めると、剣は光に溶けて消えた。
「でも、君を見た瞬間に考えを変えた。敵に回すくらいなら、仲間にしたほうがいいってね。今なら、そうして正解だったって分かるよ」
「ほかにも何人か、同じように仲間に引き込んでくれればよかったのに……」
「そう単純でもない。少人数でもやれると踏んだ連中は、あえてその形で挑む。そのぶん目立つからな」
アレンの表情が引き締まった。
「実際、それを軽々やってのける化け物も参加してる」
ネレズの脳裏に、赤いツインテールの少女が浮かんだ。アレンがあのとき彼女に向けていたのも、こんな顔だった。
次に頭をよぎったのは、紫髪の青年だ。
「天体神の中でも最大の氏族でさえ、エリンディアに足場を築こうとしている。その氏族きっての若き天才が二人、今回の試練に参加しているんだ」
あの二人のどちらでもないのか!? 危険な奴があと何人いるんだ!? 今から逃げても、もう遅いのか!?
「その二人なら、どっちも一人で十分やれるはずだよ。それでも一緒に動いてるのは、同じ氏族だから。単独行動なんて、一匹狼くらいしかしないよ」
「一匹狼で悪かったね……」
「はは、そんなこと言うなよ。今は俺たちと一緒だろ」
アレンは笑いながら、ネレズの両肩に手を添えた。
「ただ、残念だけど――もう君を俺の派閥には誘えそうにないな」
「そうだね。ネレズが受け入れてくれても、アタシたちと同盟を組むくらいじゃない?」
「急にどうした? 図書館の神をこんな騒ぎに巻き込むことないって、やっと分かったか?」
「逆だよ」
アレンは即座に否定した。
「最初に君の本を見たときから、そうじゃないかとは思ってた。でも、今はもう疑いようがない。君は死の領域の支配権を争っているんだ」
「アレンなら自分の領域くらい持てるだろうけど、死の神まで派閥に入れたいなら話は別だよ。まず至高神になって、エリンディアの世界主神にならないとね」
「待て待て。何を馬鹿なこと言い出すんだ? 死の神? 縁起でもない。魂なんてもう見飽きたし、骸骨兵にしたって薄気味悪い。衛生面も信用ならないし……グールなんて考えたくもない……」
「君が想像してるのは、墓地か地下墓所の類じゃないかな? 俺は冥界を訪れたことはないけど、この世でも特に清浄で神聖な場所だと聞いてるよ」
ネレズは、あてもなく歩き回る骸骨兵たちを見やった。まだ髪が残っているものもいれば、眼窩から虫が這い出しているものまでいる。
「君がそう言うなら……」
「冥界で骸骨が従者をしてるなんて、誰も思わないよ。というか、骸骨自体いるとは思わないだろうね」
ヴィルキーは骸骨兵の首から落ちた頭蓋骨を拾い、元の位置へ載せ直した。
「アンデッドって呼ばれるのも、死んだまま生者の世界に残ってるからだし」
「分かった。でも、手を洗うまでは俺に近づかないでくれ」
「元はといえば、ネレズの骸骨兵でしょ!」
「どう転んでも、死の神なんて最悪の部類だな。片足を突っ込んだだけで、世界中に名前が知れ渡りそうだ……」
* * *
草原からさほど離れていない場所では、巨大な爆発の跡が煙を上げていた。その焼け跡には、ひときわ目を引く二人の姿があった。
「椅子の次は図書館……ぷっ!」
焼け焦げた大地に穿たれたクレーター。その縁に、少女がひとり立っていた。少女が頭を揺らすたび、金色の髪が光を拾って色合いを変える。
「どうした、セレーネ?」
爆心地に立つ、燃えるような髪をした長身の美青年が、少女へ顔を向けた。
「何でもありません。少し思い出したことがあっただけです……亡骸を弄ぶのは、もう終わりましたか?」
男は黒焦げの遺体を地面に落とす。その周りには、同じように焼け焦げた死体が二十ほど転がっていた。
「そんなに殺戮が楽しいんですか?」
「まさか。俺が欲しいのは、戦いがいのある相手だ。こいつらじゃ準備運動にもならない……それより、たまには俺と一晩過ごしてくれないか? そのほうがよっぽど楽しい」
「お誘いはありがたいですが、一人のほうがよく眠れます。暖が必要になったら、部屋の隅に座っていてもらうかもしれませんけど」
「ははっ、それで構わない。君の寝顔が見られるだけで十分だ」
「……ただし、目を閉じて、朝まで壁を向いていてくださいね」
「それでも、一晩同じ部屋にいられる!」
「そこまで喜ばれるくらいなら、凍え死んだほうがましですね」
セレーネは地平線の彼方へ目をやった。口元にふたたび笑みが浮かぶ。
「ぷっ……!」
「さっきから、何がそんなにおかしいんだ!?」




