翼ある斥候
星々の狭間に浮かぶ一つのテーブル。そこが、原初神評議会の会合の場だった。
評議会に名を連ねるのは、ディヴァイン・オーダー(神の秩序)の影響が及ぶ幾多の世界で、調和を守る使命を負った至高神たちだ。
このとき席に着いていたのは二柱だけ。果てしない宇宙に映し出された光景を、ともに見守っている。
二柱が見据えていたのは、今まさに芽吹いたばかりの世界だ。
「ゾロヴァン。お前がほんの気まぐれで祭典を取り仕切っている世界に、これほどの逸材が集まるとはな……」
「ふん。孫娘に会いに行く口実を作るのは、気まぐれではない。私の生き方そのものだ」
もう一柱は、顔を影に隠したフード姿の神だった。
「ははは。何百もの子や孫がいるっていうのに、昔からリリエンには甘いな。まあ、お前と同じ生命の女神で、おまけにお前より才を持つとなれば、無理もないか」
「はっ! 私の限界を知りもしないくせに、よく言う」
ゾロヴァンは鼻を鳴らした。
「それはそうと、才と可能性の話なら……メヴィス。お前は至高神に昇る前、死の領域をほかの神と分かち合っていたな。あの男をどう見る」
「例の謎めいた客人のことだろう。率直に言えば、原初神が何を考えているのか、私には見当もつかない」
メヴィスは頭上の虚空へしばし目を向け、再び視線を下ろした。
「一言で評するなら、規格外だ。あの骸骨兵は、並の代物ではない」
メヴィスは椅子の背にもたれ、胸元で両手を組んだ。
「死者の中でも選りすぐりの猛者たちが、我先にとあの男に召喚されようと競い合ったかのようだった」
「ふむ……」
ゾロヴァンは髭を撫でながら呟いた。
「孫娘の競争相手を気にしているなら、まだ勝負は決まっていない」
メヴィスが続ける。
「あの客人は、死を扱う才にかけて前例がない……だが、死そのものと歩んでいるかのような候補者もいる」
二柱が見ていた映像が切り替わり、血のように赤い髪の少女が、崩れ果てた戦場で猛威を振るう姿が映し出された。
どうやら複数の派閥からなる同盟を、たった一人で相手取ったらしい。残るは、命からがら逃げ惑う二人の半神だけ――その二人も、ほどなく刈り取られた。
* * *
「ああ……青い空、爽やかな風、花の香り。おまけに、うろつく骸骨は一体もなし。これ以上、何を望むっていうんだ?」
青々とした草の上に寝そべったまま、ネレズは深く息を吸い、ゆっくりと吐き出した。
「こんな開けた場所じゃ丸見えだって、自分で言ってなかった? さっき倒した連中がどうなったか、見たでしょ……」
傍らに立つヴィルキーが呆れたように言う。
「落ち着け。骸骨を何体か、周りの見張りに出しておいただろ。見てなかったのか?」
ネレズは影になるからどけと言わんばかりに、ヴィルキーへ手を振った。
「あいつらが動いてることだし、たまには休まないとな。戦い続けてると、そのうちツケが回ってくるぞ」
「まだ骸骨を出してたの? 霊力を食いすぎるから、あのスキルは使うのをやめたんだと思ってたけど……」
「え? ああ、言われてみれば、霊力が減ってることにも気づかなかった……次からはちゃんと確認した方がよさそうだ」
「それだけでも、ネレズの霊力が相当なものだって分かるよ。ヴィルキーはどれくらいだと思う?」
「最低でも五万……」
「俺はそれ以上だと思うな」
アレンは顎に指を添えた。
「でも、死んだときに霊力を失わなかったとしても、ネレズは人間なんだよね……」
ヴィルキーもその姿勢を真似て考え込んだ。
「まさか、十万以上!? そんなのありえないよ! もう女神になってるリリエンだって、そこまでは持ってないはずなのに!」
「よし、そこまで! このまま続けるなら、二人きりでここに置いていくぞ!」
ネレズは眉根を寄せて身体を起こした。髪に何枚か葉が絡んでいるのを見つけると、アレンとヴィルキーは気まずそうに慌てて摘み取った。
「それより、このバトルロイヤルはいつまで続くんだよ! 誰も何も教えてくれないじゃないか! 主催者に苦情入れるぞ!」
「ゾロヴァン様の話が長すぎるって文句なら、ほかの半神たちも言ってたけどね。まあ、一日で終わるかもしれないし、何週間も続くかもしれない。参加者がどれだけ早く減るか次第だよ」
アレンは笑いながら答えた。
「何週間も!? うわ……野営できる場所を探さないと……」
「川の近くとか? 安全な飲み水は大事だよね」
「川の近くなんて、ほかの参加者だって真っ先に探しに来るだろ? 次は夜に焚き火でもして、『俺たちはここです』って宣伝する気か?」
「ごめん……そこまで考えてなかった」
「いや、俺のほうこそ悪かった。君がまだ子供だって、つい忘れるんだ」
ネレズは腰に手をやり、短く息を吐いた。
「アタシ、もうすぐ二百歳なんだけど……」
ヴィルキーが小声で抗議した。
「悪い、ネレズ。俺たちが経験してきたのは戦場ばかりで、こういう競争は初めてなんだ。勝手がまるで違う」
「前にも似たようなこと言ってたな。そもそも、なんでそんなに何度も戦場に出てたんだ? 親族に神がいるんじゃなかったのか? 氏族の始祖だって神なら、まだ生きてるんだろ」
「争いも、神が力や影響力を広げる手段のひとつなんだ。俺たちの世界にはもう世界主神がいるから、領土を広げたり支配を強めたりするとなると、話がややこしくなる」
「だから氏族は、アタシたち二人なら新しい世界で勝負したほうが、まだ見込みがあるって判断したんだよ」
ヴィルキーが説明を継いだ。
「聞かなきゃよかった……この忌々しい神々の祭典が終わっても、俺の厄介事は片付きそうにないな」
「大丈夫だ、ネレズ。俺たちが力になる。仲間っていうのは、そういうものだろ」
アレンはそう言って、ネレズの肩に手を置いた。
「図書館の神に仲間はいらないよ……必要なのは、平穏と静寂だけだ」
「とりあえず、拠点探しとか周りの様子を見るなら、ここはアタシの出番だよね」
ヴィルキーは胸に手を当て、その手を前へ伸ばした。すると傍らで、まばゆい光が弾ける。
現れたのは、大きな翼を広げた天馬だった。
「ペガサス?」
「アタシのエイドロンだよ。生き物が出てくるなんて思わなかったでしょ?」
ヴィルキーは誇らしげに胸を張った。
「エイドロンって、魂を映したものか何かじゃなかったか? 君……今までずっと馬だったのか?」
「アタシは馬じゃない!」
「ははは。ヴィルキーが自由な魂の持ち主ってことだよ」
アレンはそう説明したものの、笑いをこらえきれていなかった。
「それで、アタシのエイドロンが最初に得たスキルも《飛行》なんだ」
ヴィルキーは腹立たしげに頬を膨らませた。
「そんな大きな翼があるのに、飛ぶためのスキルが要るのか?」
「ネレズが言ったんでしょ。エイドロンは魂を映すものだって」
ヴィルキーは馬を撫でながら答えた。
「つまり、《飛行》はアタシのスキルで、ペガサスの翼を通して発現するの」
「なんとなく分かった気はする……それでも、君ひとりに偵察へ行かせるのは気が進まないな。アレンは一緒に行けないのか?」
「アタシを子供扱いしないでよ……今まで何度戦場に出たと思ってるの? エイドロンを召喚できるようになったのは最近だけど、使うのはこれが初めてじゃないんだから」
ヴィルキーが不満げに言い返した。
「分かったよ。危ないと思ったら、すぐ戻ってこい。言うことを聞けないなら、この同盟は解消だ」
ネレズの言葉に、ヴィルキーがアレンを見る。アレンは小さく頷いた。
「はーい。でも、アタシがいない間に敵を倒しすぎないでね。ディヴァイン・オーダーに見向きもされなくなったら困るから!」
ヴィルキーはペガサスにまたがり、一気に空へ舞い上がった。
「俺たちも、ひとまず移動しよう。骸骨に見張らせてはいるが、所詮は骸骨だからな……」
ヴィルキーの姿が遠ざかるなか、二人も木陰へ向かって歩き出した。
この先、何と出くわすか。その不安とは別に、ネレズにはもう一つ気がかりがあった。
「スキルの熟練度を上げれば、新しいスキルが解放されるなんて知らなかったぞ。まったく、ここは誰も何も教えてくれない……」
アレンと並んで歩きながら、ネレズはゴッドスクリプトを眺め、ぶつぶつと文句を言った。
「おまけに選ばせるくせに、見せてくるのは名前だけ……このゴッドスクリプト、いや、つながってるディヴァイン・オーダーか。まともに教える気がないのか?」
ネレズがまた長く息を吐く。アレンはもう慣れたもので、隣で笑っているだけだった。
「名前だけで、どうやって選べっていうんだ?」
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[取得するスキルを選択してください]
>デス・タッチ(死の接触)
>ソウルウォーデン(魂の番人)
>フェリーマンズ・デュー(渡し守への対価)
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そこから数キロ先。ヴィルキーが飛び去った方角には、長身の美青年と、陽光を映して輝く髪の少女の姿があった。
二人と向かい合っていたのは、血のように赤い髪をツインテールにした少女。槍を肩に担ぎ、悠然と構えていた。




