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星灯る闇

 二本の木が立つばかりの荒涼とした平原で、三人は互いの出方をうかがっていた。静けさを破るのは、草を渡る風の音だけだ。


 にらみ合いは長く続かなかった。先に口を開いたのは、赤髪の少女だった。


「爆発の音を追ってきたんだけど、あんたたちの仕業ね」

「こっちは悲鳴と断末魔を追ってきたんだがな」


 燃えるような髪の長身の男は、腕を組んだまま、にっと笑った。


「私はただ歩いていただけですよ。何かを追っていたわけではありません」


 銀の瞳の少女も、微笑みを崩さず付け加えた。


 ツインテールの少女は、担いでいた槍を構え直し、正面の二人へ切っ先を突きつけた。


「こうして出くわした以上、無駄話をしている場合じゃないわね。この試練で道が交われば、結末は二つだけ。勝つか、死ぬか。それだけよ」

「話が早くていいな」


 男は両腕を広げ、悠然と構えを取った。


「そういう考え方は嫌いじゃない。この分だと、初っ端からエイドロンを呼び出すことになりそうだ……」

「どうやら、お二人は似た者同士のようですね。頭の中は戦いのことばかり……ですが、ヘラックス。この相手は私に譲ってください」

「何だよ、ずるいだろ! 今度こそまともな勝負になりそうなのに。弱い奴ばかり相手にするのは、もう飽きたんだよ……」

「一人ずつ来る気? 派閥なんて組んでるくらいなんだから、二人まとめてかかってきなさいよ。その方が少しは勝ち目もあるでしょ?」

「ずいぶんな自信ですね、ケリス。さすがは『深紅の災厄』といったところでしょうか」


 そう言って、セレーネは一歩前へ出た。


「『深紅の災厄』!? そいつなら聞いたことがある! なあセレーネ、俺にやらせてくれよ。少しだけでいいから、な?」

「駄目です」

「なんだ、私を知ってるの? あんたとやり合った覚えはないけど。まあ、一度でも刃を交えていたら、今こうして立ってはいないでしょうね」


 ケリスは槍の角度を変え、セレーネだけに狙いを定めた。


「噂は前から聞いていましたよ。顔を見たのは、今朝の騒ぎが初めてですけれど」


 セレーネが両手を合わせると、その間に光が集まり始める。再び手を開くと、光はレイピアを思わせる細身の剣へと形を変えていた。


 穂先の付け根に髑髏が据えられたケリスの槍に対し、セレーネの細剣の鍔には三日月があしらわれている。


「何、その目。少し怒ってるみたいだけど」


 ケリスは小さく首を傾けた。


「もしかして、私に決闘を挑んできた、あの道化の身内か何か?」

「怒り? そんな単純な感情にかまっている暇はありませんよ……ただ、あなたが私のささやかな楽しみに手を出しかけたときは、少々気に障りましたが」


 セレーネは宙に浮かぶ細剣を素早く掴み、ケリスへ切っ先を向けた。


「楽しみ? 何の話?」

「そうだぞ、何の話だ、セレーネ?」


 ヘラックスは頭を掻いた。


「今朝、俺の鍛錬法をいろいろ話しただろ? あれだって十分面白いし、ゾロヴァンの爺さんの演説よりはずっとマシだ。でも、俺たちに飛びかかってきた奴なんて一人もいなかったぞ……」

「ヘラックス、向こうで雲でも数えていてくれませんか?」

「分かった、分かった。今回は君に譲る。でも、今回だけだからな……」


「チッ。私に何の恨みがあるのか知らないけど、どうでもいいわ。どっちにしろ、やることは同じでしょ」

「恨みなどありません。あなたが少々邪魔になってきただけです」


 セレーネは薄く微笑んだ。


「奇遇ね。私も、この馬鹿げた試練の候補者は全員邪魔だと思ってるわ」


 ケリスも片方の口角を上げた。


 言葉はそれきりだった。二人の姿が掻き消えたかと思えば、すでに平原の中央で刃を打ち合わせている。激突の衝撃で土煙が高く噴き上がった。


* * *


「なんで、下だけ夜になってるの……?」


 ヴィルキーはしばらくまっすぐ飛び続けていた。そろそろ進路を変え、アレンとネレズが待つ一帯をぐるりと回って偵察する頃合いだ。


 ところが、気づけば眼下はほとんど闇に沈んでいた。


 近づいてみると、完全な闇ではないと分かった。夜空の星さながらの光点が、その中でいくつも瞬いている。


 本物の星と違い、その光点はじっとしていなかった。


 ときおり、そのひとつが眩く弾け、光の筋となって闇の奥へ走る。闇に隠れた何かへぶつかるたび、甲高い金属音が響いた。


「すごいよな? もちろん俺は別として、セレーネを相手にあれほど持ちこたえた奴は初めてだ……羨ましいよ!」


 ヴィルキーは息を呑み、身体を強張らせた。すぐ隣に、燃えるような髪の長身の男が、自ら光を放ちながら浮かんでいる。


「セレスティアル・コンクレイヴ(天体神族)のヘラックス……!」


 近づきすぎた! アタシの馬鹿! 殺される!


 ヴィルキーはすぐさまペガサスを反転させた。ペガサスは鋭くいななき、白い翼を力の限り羽ばたかせる。


「可哀想に、顔が真っ青じゃないか。でも運がよかったな。弱い者いじめにはもう飽きていたところだ。まあ、最初から楽しくもなかったが……うん?」


 ヘラックスは決闘に視線を戻しかけたが、ヴィルキーの逃げる先に何かを捉えた。


「どうやら俺にも、楽しめる相手がいたらしい」


* * *


「ひとつ聞いていいか。どうして君はそこまで神になりたいんだ? 強大な一族に生まれ、不死の半神として生きるだけじゃ足りないのか?」


 ネレズは片手で口元を隠し、あくびを噛み殺した。森と平原の境に立つ木の幹にもたれていると、だんだんまぶたが重くなってくる。


「バトルロイヤルの真っただ中とは思えない落ち着きようだな……」


 アレンは笑いながら、ヴィルキーの消えた空を見上げた。


「緊張したって、何の役にも立たないよ」

「はは、緊張は自分でどうにかできるものじゃないだろ」

「慣れだよ。戦場に立って二百年にもならない君だって、たいして動揺してるようには見えない」

「俺がかなり緊張してるって、君も分かってるくせに」


 アレンは笑ったまま認めた。


「まずは顔に出さないことだ……それで? 俺の質問に答える気はあるのか?」

「もちろん。ただの野心だよ」

「……野心? 何かつらい過去があるとか、今の世界に反発してるとか、そういうんじゃなくて?」

「人は足があるから歩き、鳥は翼があるから飛ぶ。それと同じで、神性を宿す者が支配を求めるのも本能なんだよ」


 アレンは視線を落とし、ネレズを見た。


「俺たちも動物と大差ない。そう思わないか?」

「じゃあ、また終わりのない循環か。そういうものにはもう、うんざりしてるんだけどな……」


 ネレズは両手を頭の後ろで組んだ。


「動物だって、十分な縄張りを得ればおとなしくなると思うぞ」

「確かに、神々だって落ち着くことはできる。上に立つ神が十分に強ければね……」

「至高神? 前にもそんなことを言っていたな」

「そうだ。誰にも越えられない壁として立ちはだかり、ほかの神々の権力欲を抑え込む神。つまり、その世界で世界主神の座に就けるほどの存在だ」

「じゃあ、あの爺さんって相当強いんだな……まあ、称号を見れば分かるか」


 ネレズは軽く目を閉じた。


「長く生きてきて学んだのは、何でもひと括りにするもんじゃないってことだ。君の場合、単に領域を征服して回るのが好きなだけじゃないか? エイドロンが剣なのも納得だな」

「否定はしないよ」


 アレンは声を立てて笑った。


「神はみんな同じだってことにして、自分を正当化してたのかもしれない」

「そういう答えが聞きたかった。自分を……省みるのも……大事だぞ――アレン!」

「分かってる!」


 凝縮された一条の光が、二人めがけて撃ち下ろされる。


直後、一帯が爆炎に呑まれた。

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