ここに定命者はいない (I)
土煙が次第に収まり、焼け焦げた草木の残骸があらわになっていく。
少し離れた場所では、焼け残った木々の幹や枝に熾火がまとわりついている。一方、直撃地点には何ひとつ残っていない。すべてが蒸発していた。
「思ったとおり、君たち二人は期待を裏切らなかったな。ここまで来た甲斐があったよ」
燃えるような髪をなびかせ、長身の男が空から降りてきた。傍らでは、光り輝く球体があてもなく漂っている。
爆発の外縁では、衣服の一部を焦がしたアレンが片膝をつき、身を起こそうとしていた。その隣では、黒焦げの骸骨兵たちが支えていた溶けた盾の壁が崩れ落ちていく。その奥にいたネレズには、傷ひとつない。
二人とも、すぐには答えなかった。視線は、男に頭をつかまれ、ぐったりとぶら下がるヴィルキーへ釘づけだ。
アレンがすでに顕現させていた《誓約の刃》を構え直すと、ネレズは歩み寄って肩に手をかけ、制した。
「ここは俺に任せてくれ。考えがある」
ヘラックスは二人を眺めながら、空いている手を腰に添え、にっと大きく笑った。
「何か策でも考えてるのか? まあ、その前に名乗っておこう。君たちには、そのくらいの礼儀は見せないとな。――俺はセレスティアル・コンクレイヴ(天体神族)のヘラックスだ。君たちの名も聞かせてもらおうか」
「ネレズ。ほかに言うことはないね」
《誓約の刃》を構えたまま、アレンも名乗る。
「俺はアレン。光の神ウルゾルの末裔だ。君の噂は聞いている、ヘラックス。人質を取るような男だとは思わなかったが」
「人質?」
ヘラックスは怪訝そうに繰り返した。頭をかきながら視線を巡らせ、そこで初めて、ここまで地面を引きずってきた少女に目を留める。
「あっ!」
どうやら今になって、自分が何をしていたのか気づいたらしい。
ネレズはその隙を見逃さなかった。
地面を突き破って二本の骨の手が伸び、半神の両足首を掴む。それと同時に、別の骸骨兵たちも地中から次々と現れ、不意を突かれたヘラックスを包囲した。
骸骨兵が地面から這い出るのはスキル発動時の演出にすぎないと思っていたが、こんな使い方までできるとは。
一体の骸骨兵が間髪を入れずに踏み込み、ヴィルキーへ剣を突き出す。このままでは、力の抜けた身体を貫いてしまう。
「ハハハ!」
ところがヘラックスは慌てるどころか、笑ってヴィルキーを宙へ放り投げた。別の骸骨兵が、その身体を空中で受け止める。
ヘラックスは両手を打ち合わせて刃を挟み込むと、玩具でも取り上げるように骸骨兵から剣をもぎ取り、返す刃でその首を刎ねた。
「誤解しないでほしいんだが……あの可愛い子を人質にするつもりはなかった」
奪い取った錆びた剣を確かめながら、ヘラックスは肩をすくめる。
「君がこうもあっさり彼女を切り捨てるとも思わなかったよ。あの距離じゃ、突きは防ぎようがない。二人まとめて串刺しになるところだった……ずいぶん非情な策じゃないか」
続けざまに剣を二度振るい、両足首をつかんでいた骨の手を切り落とした。
「最初から誰かを犠牲にする気はなかったよ。君が間に合わなくても、深手になる前にこっちで剣を止められると思ってたし」
骸骨兵からヴィルキーを受け取り、ネレズはその身体を腕に抱く。
「アタシとしては、串刺し自体が嫌なんだけど……」
聞き逃しそうなほど、ヴィルキーの声はか細かった。
「ごめん……ありがと……」
その「ごめん」は、意図せずヘラックスをここまで導いてしまったことへの詫びだろう。
「ふん。彼氏持ちの女の子からのお礼は受け取らないよ」
ヴィルキーの口元がほころび、間もなく意識を失った。
ネレズは手早く容体を確かめ、その体を木の幹へそっともたれさせた。
「どうだ?」
ネレズが隣へ戻ると、アレンが尋ねた。《誓約の刃》の切っ先は、今もヘラックスへ向いたままだ。その間もヘラックスは、一斉に殺到した骸骨兵を片端から斬り倒している。
「重傷ではあるけど、命に別状はないよ。あいつ、どう見る?」
「さっきヴィルキーを使って虚を突いたとき以外、一度も隙を見せていない。下手に踏み込めば、生きて戻れるとは思えない」
ヘラックスが三体の骸骨兵をひと薙ぎで斬り伏せたところで、錆びた剣がとうとう折れた。残念そうに刃を見やって脇へ放り捨て、ネレズとアレンへ目を向ける。
「ただの骸骨じゃないな。定命者なら、一体だけでも手を焼くだろう」
そばを漂っていた光球がひときわ強く輝き、ヘラックスの頭上へ昇った。
「だが――ここに定命者はいない」
光球から一条の収束光が奔り、ヘラックスを軸に円を描いて一帯を薙ぎ払い、骸骨兵を一体残らず消し飛ばした。
新たに巻き上がった土煙が薄れ始めた頃、ヘラックスはネレズとアレンの姿が消えていることに気づいた。
「なっ……!? せっかくの決め台詞が台無しじゃないか。もう逃げたのか!?」
ヘラックスは慌てて辺りを見回す。
「いや、あの可愛い子はまだ木の幹にいる。なら――っ!!」
言葉はそこで途切れた。晴れきらない土煙を突き破り、アレンが飛び出してくる。両眼と《誓約の刃》は、不吉な赤い光を放っていた。
「その手は読めている!」
ヘラックスが吠える。
頭上の光球が再び爆ぜるように輝き、アレンめがけて光を撃ち出した。
「《断絶》」
《誓約の刃》が赤い残光を引いて一閃し、迫る光線を真っ二つに切り裂いた。
ヘラックスが目を見開く。二つに裂けた光線はアレンの左右を通り抜け、背後で轟音とともに爆発した。
「光を斬ったのか……!? いったい何者なんだ!?」
驚きの声には、隠しきれない歓喜がにじんでいた。
刹那、ヘラックスは本能に突き動かされて背後を振り返る。
「……っ!? なぜ気配を感じなかった!?」
木陰に身を隠していたネレズは、アレンが攻撃を放つのと同時に動き出し、その一撃に紛れて気配を殺しながら間合いを詰めていた。ヘラックスが姿を捉えたときには、もうその手が顔のすぐ前まで迫っている。
《デス・タッチ(死の接触)》
声に出す必要はなかった。ネレズの手がヘラックスの顔をつかむと、選んだばかりのスキルがひとりでに発動した。




