ここに定命者はいない (II)
「ぐあああああっ!」
ヘラックスの絶叫に続き、強烈な蹴りがネレズを吹き飛ばし、焼け焦げた木の幹へ叩きつけた。
「がはっ!」
衝撃で息が詰まり、呼吸すらままならない。それでも、息苦しさは数秒で引いた。
炭化した幹が粉々に砕けたことで、衝撃が多少逃げたのだろう。おかげで肋骨は折れずに済んだらしい。
「アレン、ぼさっとするな! 今だ!」
煙を上げる頭を押さえて苦しむヘラックスを前に、アレンは立ち尽くしていた。ネレズの怒声で我に返る。
「すまない!」
アレンはそう叫ぶなり、ヘラックスへ斬りかかった。
ところが踏み込んだ直後、光が炸裂し、アレンは後方へ跳び退くしかなかった。
「クソ……」
ネレズは吐き捨て、あの化け物じみた蹴りでふらつく身体を立て直す。
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[デス・タッチ(死の接触)]
必ず訪れる終焉に、定命者は抗えない。
死期を迎えた者に印を刻め。
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「司書には無用の長物もいいところだな……。予想してはいたが、不死の半神には大して効かないか。それでも、まるきり無駄でもなさそうだ」
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[状態効果]呪い
全ステータス:-30%
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「ハハハ! まさかあんな攻撃が来るとは思わなかったよ」
笑いながら、ヘラックスは顔を覆っていた手を下ろした。
その顔には火傷一つない。煙――あるいは、煙に見えた何か――は、肉体ではなく魂そのものから立ち上っていたようだった。
「せっかくの祭りだ。君をここで脱落させるのは惜しい。……ただ――」
ヘラックスの頭上に浮かぶ球体が、目を焼くほどの閃光を放った。
この閃光にも、もう慣れた。ネレズは腕で顔をかばったが、視界が戻った時には、ヘラックスがすでにアレンの目の前に立っていた。
「ぐ……っ!」
容赦のない拳が腹へめり込む。アレンは反応する間もなく、ヘラックスの腕にもたれかかるように崩れ落ちた。
ヘラックスはアレンを片腕で軽々と肩に担ぎ上げる。
「この青年には光るものがあるが、磨くには誰かが導いてやらないとな。俺の派閥に迎えて、面倒を見てやろう。君のほうは……扱うのに骨が折れそうだ」
その間にも、骨と金属がぶつかり合う音が森を満たしていった。音はみるみる増え、幾重にも重なって、不気味な唸りへと変わっていく。
ヘラックスが言い終える頃には、千体もの骸骨兵が逃げ道一つ残さず彼を包囲していた。
数十、そして数百もの弓が一斉に持ち上がる。弦は張り詰め、少しでも動けば即座に射かける構えだ。
「面白くなってきた、と言いたいところだけどね。俺のエイドロンにとっては、百体も千体も、消し飛ばす手間は変わらないよ」
ヘラックスは平然と肩をすくめる。
「ステータスを三割も落とされても一撃で消し飛ばせるのか? 仕留め損ねたら、片手だけで防ぎきれると思うか?」
「ハハハ。なぜか君の骸骨兵は、俺の皮膚をも貫ける……それは認めよう。だが、この状況で片手が塞がって困るのは、俺より君の方じゃないか?」
ヘラックスは肩のアレンを担ぎ直した。
「誰も犠牲にしないと言ったのは、君だっただろう?」
「そこまでして、アレンを欲しがる理由は何だ?」
「遅かれ早かれ、俺はエリンディアを掌握するつもりだからさ。この俺でも、ゾロヴァンの孫娘を打ち破るには多少の助力が要る」
「この世界じゃ、本人の意思に反して、君のために戦わせることもできるのか?」
「ディヴァイン・オーダー(神の秩序)の前でどんな誓約を立てるか次第だ。でも安心してくれ。本人が嫌がることまで無理強いする気はないよ。守るだけじゃない。俺の配下でも指折りの神に育ててみせる」
「アレンが自力で得られる以上の領域を与えられるのか?」
「もちろん。俺の派閥に入るんだからね」
ネレズが腕を組み、目を閉じて考え込む。二、三秒の沈黙を破ったのは、ヘラックスのほうだった。
「このまま続けてもいいんだけどね。どうせなら、君がもう少し力をつけてから祭典の外でまた会いたいな。エイドロンだけじゃなく、アーティファクトも使える時に」
「そんな決まりがあったのか? まあ、俺にはどうでもいい話だけど……運営側の連中は誰も、まともに説明する気がないみたいだな」
「ハハハ、説明されるまでもなく常識だろ! 接近戦は好きだけど、拳はどうも性に合わなくてね。本来の得物が恋しいよ……」
ヘラックスは見えない武器の柄を握るように手を構え、小さく笑った。表情はすぐに引き締まる。
「どうしてもって言うなら、今ここで君を消してもいいけど……」
「俺を見くびるな。千回死んできたんだ。今さら一度増えたところで、何も変わらない」
おっ。今のは格好よく決まった――と思ったけど、よく考えたら、ただひたすら悲しい台詞だな……。それに、俺はもう死にたくない。銀の海へ送り返されたらどうなるんだ?
「ハハハ、気を悪くしたならすまない。千回死んだというのが何を指すのかは分からないが、君がただ者じゃないのは確かだ」
ネレズは疲れた息を吐き、《死の書》を握る手から力を抜いた。
「分かった。アレンはもともと派閥を作りたがってたし、もっと力も欲しがってたからな」
ネレズはそう言って、ヘラックスの目を正面から見据えた。
「約束を守るなら、君に預けてもいい」
「任せてくれ」
「ただ……俺はこれ以上強くなる気なんてない。だから、もう俺の前に現れないでくれないか?」
二人が話している間にも、大地が震え始めた。四方から、死せる戦士の軍勢が津波のように押し寄せてくる。
焼け焦げた木々が、骨と金属の奔流に踏み倒されていく。地平線まで、途切れることのない死の波が広がった。
包囲する骸骨兵は、もはや千体ではない。その十倍――一万体に達していた。
押し寄せる骨の海を見渡し、ヘラックスが低く口笛を鳴らした。
「どうやら君を見くびっていた! ますます目が離せなくなったよ!」
ヘラックスの声はすっかり弾んでいる。
「今度はアーティファクトも使って再戦しよう!」
「俺の話、聞いてたのか!? 真逆だろ! というか、俺はアーティファクトなんて持ってない!」
頭上の球体がさらに輝きを増す。今度は攻撃ではなく、その光がヘラックスの身体を包み、宙へと持ち上げていった。
「待って! アタシも……ア、アタシも連れてって……」
満身創痍のヴィルキーが、ふらつく足取りでネレズの隣までやってきた。
「いいのか? 君をそこまで痛めつけた奴だぞ……」
「ああ、それは俺が悪かった」
ヘラックスはばつが悪そうに頭をかいた。
「この可愛い子が君たちに知らせに行くのを止めたかったんだが、加減を誤ってね。地面に叩きつけてしまった」
「普通なら、アタシはもう死んでるよ。バトルロイヤルなんだからね。それでも生きてる――それが答えでしょ」
「弱い者いじめはやめるって決めたばかりだからな。さすがに、すぐ気を変えるわけにもいかないだろう? 誰も俺の意見なんて聞いちゃいないだろうが、この子もおまけで連れていくくらいは構わないよ」
「ごめん、ネレズ。同盟を組んだのに、一人にしちゃって……」
「いや、俺は最初から一人にしてほしかったんだ。彼氏のこと、よろしく」
ヴィルキーは最後にネレズへ笑いかけ、待っていたヘラックスのもとへ歩いていく。ヘラックスはヴィルキーの腰に腕を回して抱き上げると、二人を連れて再び宙へ浮かび上がった。
「二人のどちらかに何かあったら、今度は直接、俺が君の相手をする」
ネレズは骸骨兵に弓を下ろさせながら、釘を刺した。
「……まあ、そんな面倒は御免だ。頼むから、二人を守ってくれ」
「ハハハ、再会がますます楽しみだよ。心配するな!」
声は、すでにはるか頭上から降ってきた。
「俺の派閥は、この世界で最強になるから!」
ヘラックスたちの姿は、エリンディアの青空の彼方へ消えていった。
「聞く耳を持たない奴には、何を言っても無駄だな……」
ネレズはどっと疲れ、長く息を吐いた。
ネレズを取り巻く幾千もの骸骨兵が、声もなく命令を待っている。
あまりの光景に寒気を覚え、すぐさま軍勢を消した。
「たった一日半の付き合いだが、いなくなると寂しいな。いい子たちだった」
張りつめていた身体をほぐすように、大きく伸びをする。
「あの二人も、ほかの連中と同じで名を上げたがってた気がする……いや、間違いない。強い派閥で力をつけるのも、あいつらには悪くないだろ」
灰と土にまみれた上着を払い、ネレズはその場を離れた。あれだけの爆音だ。どれほど敵を呼び寄せたか分からないが、残って確かめる気はない。
「さてと。散々な目には遭ったが、三つ収穫があったな。一つ目。スキルの熟練度が上がるのは、その時点で出せる限界まで力を引き出した時だけ。百体をもう一度召喚しても何も起きなかったけど、上限だった千体を呼び出して初めて一ランク上がった」
ネレズは手にした重い黒革の書を開いた。骸骨兵の描かれたページの隣には、黒い霧で形作られたような手の絵が浮かんでいる。
「二つ目。一万体を召喚しても、熟練度はそれ以上上がらなかった。どうやら、スキルはAランクが上限らしい……とりあえず、今のところは」
そう口にしながらページをめくると、奇妙な図形や記号が、新たな絵を形作ろうとせわしなく動き回っていた。
「三つ目。新しいスキルは、案外あっさり手に入るらしい……」
ネレズは傍らに浮かぶ小さなホログラムのタブへ目を移した。
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[取得するスキルを選択してください]
>ソウルウォーデン(魂の番人)
>メメント・モリ(死を想え)
>レクイエム(鎮魂歌)
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「また名前だけで選ばせるのか、このゴッドスクリプトは……」
* * *
それから数分飛んだところで、ヘラックスは地上へ降りた。肩には意識を失ったアレンを担ぎ、もう片方の腕には、疲れ果てて眠るヴィルキーを抱えている。
「セレーネ、見てくれ。二人ほど拾ってきたぞ……セレーネ?」
セレーネが呼び出した夜はすでに消え、闇に覆われていた大地は無残に荒れ果てていた。
しかし、その場にセレーネと対戦相手の姿はなかった。




