運命の影 (I)
差し出された手を取らず、ネレズはしばらくアレンとヴィルキーを見比べた。
「なあ、若いの。君ら、付き合ってるのか?」
「若いの……?」
「ア、アタシたちはただの幼なじみだよ!」
ヴィルキーの頬が赤く染まった。
「それ、何か違うのか?」
「かなり違うと思うけど……」
アレンは頭をかいた。
「そうか……。それはそれで羨ましいな」
「え? どういう意味?」
「なんでもない。君ら二人についていくのはごめんだね。わざわざ邪魔者になる趣味はないし、仲のいい二人を見てると、嫌でも自分の呪いを思い出す」
「邪魔者になんてならないよ!」
ヴィルキーは言い張った。今や耳の先まで真っ赤になっている。
「どんな呪いなんだ?」
「あの悪魔……じゃなくて、運命の女神にかけられた呪いさ。ほかにも色々あるが、俺は一生、恋人ができない運命らしい……」
面食らった二人を前に、ネレズは涙をこらえるように両手で顔を覆った。
三十まで童貞なら魔法使いになれるとは聞いていたが、十万歳まで貫けば神にまでなれるなんて、誰も教えてくれなかった……!
「なんでそんな呪いをかけられたの?」
ヴィルキーは不思議そうに首をかしげた。
「こっちが聞きたいよ!」
「そういうことなら、安心していいと思うよ、ネレジエル。運命神であっても、ほかの神の運命を直接操ることはできないはずだ」
アレンは穏やかに笑った。
「つまり、君も神に選ばれればいい」
「運命の女神かぁ……。運命神って信じられないほど強いし、そもそも滅多にいないんだよね。アタシが生まれる前にも、現れたなんて話は聞かなかったと思うよ」
ネレズは目を見開き、二人に向き直った。
「本当か?」
「え? 何が?」
「運命神は、もういないのか……?」
やはり、かつては複数の運命神がいたらしい。それだけでも十分に厄介だが……今は一柱も残っていないのなら……。
「うーん、断言はできないけど……少なくとも、アタシたちの知る限りじゃ一柱もいないよ」
「マジか……じゃあ、もう運命神はいないかもってことか? 願ったり叶ったりじゃないか。ゾロヴァン様のおかげか? ……まあ、誰でもいいや。今日はツイてる! 最初の百回くらいの人生は、あの女への復讐ばかり考えてたし、いつか決着をつけるつもりだったけど……。もういないなら、そのほうがいいな」
アレンとヴィルキーは、困惑したように互いを見た。
「じゃあ、俺の派閥に入るのも、もう問題ないか?」
「いや、それとこれとは別だ。俺は根っからのソロプレイヤーなんでね」
「ぷれ……いやー? 何それ?」
「『プレイヤー』だ。まあ、そこはどうでもいい。君たちに恨みはないよ。……いや、ちょっとはあるか、羨ましいし。でも俺は目立たずにいたいんだ。分かるだろ? 運命の女神がもういないとしても、神なんてものとは一切関わりたくない。俺は静かに暮らしたいんだ!」
「うーん、自分だけの領域を持って、誰を入れるかまで自由に決められるのは、よほど強大な神だけだ……」
アレンは腕を組んで考え込む。
「でも、それが俺の目標でもある。ネレジエル、俺の派閥に入ってくれるなら、俺の領域の中に君だけの領地を用意すると約束する。そこで隠遁生活を送ろうが、何をしようが自由だ」
「その前に、俺のことはネレズと呼んでくれ。『ネレジエル』は呼ばれるたびに背中がむず痒くなる……」
ネレズはため息をついたものの、アレンの申し出を先ほどのように聞き流しはしなかった。
「それにしても、どうして君たちはそこまで俺に構うんだ? あのエフェ……なんとかの門を開けた件か? ゾロヴァン様も偶然だと言ってただろ。俺のことは放っておいてくれ」
「あなたのオーラは普通じゃないんだよ。信じられないくらい濃密で、ほとんど闇みたいに見える。なんというか……一つの魂の中に、大勢が閉じ込められてるみたいなんだよ」
「闇……? 『聖なる闇』か?」
ネレズは独り言のように呟いた。
ヴィルキーの話を引き継ぐように、今度はアレンが口を開く。
「ヴィルキーと俺には共通の祖先がいる。俺の氏族の始祖で、光を司る絶対神だ」
絶対神……ゾロヴァン様の孫娘と同じ位階か? たしか、あの娘は生命の女神だったな。
「俺たち二人とも、光の領域に結びついた力を受け継いでる。そのおかげで、普通なら見えないものまで見通せるんだ。ああ、まだ話してなかったけど、ヴィルキーの一族は俺の氏族から分かれた家系で、彼女もその縁で俺の補佐についている」
ネレズがゴッドスクリプトを確認してみると、二人の特性欄には、たしかに[光の賜物]と記されていた。
「つまり、エリートで幼なじみ、そのうえ従兄妹か何かでもあるのか……。ふうん……」
「付き合ってないってば! それに、従兄妹ってほど近い血筋でもないよ……氏族が興ったのは何万年も前なんだから」
「はは。君が千回の人生を送ったと聞いて、ようやく色々と腑に落ちたよ。理屈の上では、人間でもそれだけの生を重ねれば、莫大な霊力を蓄えられる……失礼を承知で聞くけど、いったいどうやって千回も転生したんだ?」
「それ、さっき軽々しく話さないことリストに加えたばかりなんだが……聞いてたのか?」
「ええと、ごめん……。アタシたち、もっと早く声をかけたかったんだけど、忙しそうだったから……」
「ああ、あのオドレンとかいう奴」
「すまない。盗み聞きするつもりはなかったんだ」
「まあ、いいさ。もう聞かれた以上、隠しても仕方ない……。運命の女神にかけられた呪いは、恋人ができないことだけじゃない。あれはまだ軽いほうだった」
ネレズは腕を組み、目を閉じる。
「本当の呪いは、記憶を失わないまま何度も転生させられ、そのたび別の世界に生まれ落ちることだった」
アレンとヴィルキーは揃って言葉を失い、どう反応すればいいのか分からず互いを見るばかりだった。
ややあって、アレンが口を開く。
「誰の助けも借りずに一度でも転生すること自体、異例だよ」
「それを千回以上も……」
ヴィルキーは口元を手で覆った。
「ああ、君らのゴッドスクリプトに『祝福』って出てても騙されるなよ! どう考えても最悪の呪いだ!」
「ごめん。アタシには、あなたの名前しか見えないよ……」
ヴィルキーは気まずそうだった。
「俺もだ。君の霊力は、俺を上回っているかもしれない。そんな相手を自分の派閥へ誘うのは、少し厚かましいな。……でも、力だけがすべてじゃない。後悔はさせないと約束する」
「なるほど……ゴッドスクリプトの仕組みはまだよく分からないが、普通は名前くらいしか見えないってことか……。って、まだ俺を勧誘するのを諦めてなかったのか!?」
「それより……」
アレンの表情が引き締まった。
「転生だけならまだしも、世界をまたいでとなると……」
アレンがヴィルキーへ視線を送ると、彼女は小さくうなずいた。
「そんなこと、できないはずだよ。世界ごとに『死の川』みたいなものがあって、魂はそこで霊力を洗い流されるの。記憶も一緒にね。理屈の上じゃ、記憶も霊力も残したまま元の世界に転生することはあり得る。でも、自力で別の世界へ渡るには銀の海を越えなきゃいけないし……」
アレンが後を引き取った。
「どの死の川も、最後には銀の海へ行き着く。そこへ辿り着くのが『真の死』だ。神の魂でさえ、そこで純粋な状態へ還る。そこでは、すべての魂が等しい」
「銀の海、か……。銀の海……それって、魂の海のことか?」
「そうなんじゃない? 実際、魂の海ではあるし。ただ、純粋な魂は銀色をしてるから、『銀の海』って呼ばれてて……そういえば、ちょうどあなたの髪と同じ色だね」
「俺の髪? 何の話だ?」




