深紅の運命
「なあ、俺を捜してたところ悪いけど……ここは会わなかったことにして、別々に行かないか?」
ネレズは頭をかきながら持ちかけた。
「捜してたと分かってるなら、どうしてそんなことを聞くの?」
少女は槍先をネレズへ突きつける。
「まあ、最後まで希望は捨てられないから……」
ネレズは疲れたように肩を落とし、傍らの黒い本を握り直した。
「さっきも言ったでしょ。あんたがいるせいで、私はまだ神へ昇れない。だから、この戦いは避けられないのよ」
「それが俺と何の関係があるんだ? というか、なんでみんな俺ばっかり狙ってくるんだ……」
「ほかの奴らは、名を上げたいだけよ。ここで目立てば、まだ神へ昇れるかもしれない……チッ、揃いも揃って愚かだわ」
少女は、つい先ほどまで戦場だった方角へ目を向けた。
「……まあ、もう過去形だけど。強いのは認めるわ」
俺は骸骨をけしかけてるだけなんだけど……。
「でも、私は違う。この新世界で、私とあんたは同じ領域を争う候補者同士なの」
「その話なら聞いたけど……それ、君に譲るってのはダメなのか? 図書館でも死でも何でもいい。俺は何もせず座ってるだけの神で十分なんだけどな」
「そういう仕組みじゃないし、譲られて勝ちたくなんてない!」
赤髪の少女が苛立たしげに槍を振る。
「私はあんたと、正々堂々決闘したいの!」
「やれやれ……どうして不死者ってのは、こうも面倒な奴ばかりなんだ……」
「私はケリスよ。ほかの連中と一緒にしないで。必ず女神になって、村の奴らを見返してやるんだから」
ケリスは長槍を両手で握り、いつでも飛び込めるような構えを取った。
「名前はたしか、ネレジエルだったわね。構えなさい」
「ネレズでいいよ……ところで、半神にも村なんてあるのか? アレンとヴィルキーを見て、半神は神々と一緒に氏族の領域で暮らすものだと思ってたんだけど……」
「私は半神になる前、火の精霊だったのよ。故郷は火山の奥深くで――って、もう! あんたに関係ないでしょ!」
「ん? オドリアンって、火の神の息子だったっけ……? あいつとの決闘にも、そのあたりが関係してるのか?」
「だから、あんたには関係ないって言ってるでしょ!」
「おっかないな。村の連中に喧嘩っ早いって言われてたなら、悪いけど、そいつらの言い分にも一理あるね」
「黙って! さっさとエイドロンを出しなさい、ネレズ!」
ネレズは観念したように息を吐き、左手の重い《死の書》を開いた。右腕を上げ、手のひらを天へ向ける。
地面が震え始めた。錆びた武具で身を固めた無数の骸骨兵が、ネレズを囲むように地中から次々と這い上がってくる。
「こんな状況に巻き込まれるのも、もううんざりだ」
相手から目を離さず、ネレズはぼやいた。
「この調子じゃ、そのうちディヴァイン・オーダー(神の秩序)とやらを探し出して、文句の一つでも言いに行く羽目になりそうだ」
「私はあんたの愚痴を聞きに来たんじゃない!」
ケリスは槍を握る手に力を込める。
「……あんたの首を取りに来たのよ!」
ケリスが凄まじい速さで地を蹴る。その行く手を骸骨兵が次々と塞ぎ、ネレズは露骨に嫌そうな顔をしながら軍勢の奥へ退いた。
数歩も進まないうちに、二十体もの骸骨兵がケリスへ殺到する。それでも、穂先を剣のように振るって難なく首を刎ね飛ばしていく。
すぐさま頭上から矢の雨が降り注ぐ。ケリスは怯むことなく槍を高速で旋回させ、飛来する矢をことごとく弾き落とした。その勢いのまま、紅のツインテールをなびかせて次の一団へ突っ込んでいく。
今度は鎧の隙間など狙いもしない。槍が閃くたび、何体もの骸骨兵がまとめて両断される。兜と胸当ての隙間から背骨を断っていた先ほどまでの精密な斬撃など、ただ腕前を誇示していただけらしい。
骸骨兵の一隊が盾を連ね、進路を塞ぐ。ケリスはその盾壁を踏み台に高く跳び、遠くにいるネレズを捉えた。
空中で槍と矢をかわし、二体の骸骨兵の上へ着地。そのまま足場にして蹴り出すと、骨を砕きながらネレズへ跳ぶ。さらに骸骨兵を次々と踏み台にし、一気に距離を詰めていった。
ネレズが手をひと振りする。たちまち骸骨兵が幾重にも積み重なり、新たな壁を築いた。そこから無数の錆びた槍がケリスへ向けられる。
ケリスはためらわなかった。手にした長槍を投げ放ち、骨の防壁へ叩き込む。骨の壁を食い破った穂先が、数え切れない骸骨兵をまとめて貫き、砕いていく。さらに何体もが、その風圧だけで吹き飛ばされた。
間髪を入れず、ケリスは砕けた骨の山へ駆け上がる。槍を引き抜きざまに跳躍し、地面へ力任せに突き立てた。
「《インフェルノ(煉獄)》」
宣言と同時に、槍の穂先の根元にある髑髏の眼窩が赤く灯った。突き立てた一点から、大地に亀裂が走る。
再び戦場が激しく揺れる。今度はケリスから広がる震動だ。裂け目は大きく口を開き、地の底から炎と溶岩が噴き上がった。
裂け目へ落ちなかった骸骨兵も、そこから溢れ出す灼熱の奔流に呑み込まれる。ネレズまでの道を遮るものがなくなった。
「うわ、そんなのありか……?」
あまりの光景に、ネレズは呆気に取られて呟いた。
ケリスはネレズに反応する間も与えない。骸骨兵が陣形を立て直す前に、開いた道を駆け抜け、一気に距離を詰めた。
だが、ネレズへ届く寸前――まだ召喚されていなかった二体の骸骨兵が燃える地面からせり上がり、行く手を塞ぐ。
「邪魔よ!」
ケリスは槍の一薙ぎで、二体をまとめて吹き飛ばした。
足止めは一呼吸にも満たない。それでも、ネレズには十分だった。
「俺が今まで、どれだけ戦場をくぐってきたと思う?」
ケリスの眼前に、ネレズが現れる。
今度はケリスの方が、反応する間もなかった。
――今度は?
いや、この局面へ追い込むところまでが、初めからネレズの狙いだったのかもしれない。
「残念だけど、定命者も神と同じで、戦いからは逃れられない。どの人生でも嫌ってほど思い知らされたよ」
そう告げる間にも、ケリスの口の端から一筋の血が伝う。
ケリスの腹には、骸骨兵が使っていた錆びた剣が深々と突き刺さっていた。その柄を握るのは――ネレズだった。




