闇の君主
星々の上に浮かぶ卓には、いつにも増して多くの神々が集まっていた。神々の祭典が始まって、すでに数日が経つ。中でもひときわ注目を集める試練――バトルロイヤルは、佳境を迎えていた。
「ほう……あの若き神は見込みがあるな」
「彼が新たな戦神に選ばれたことは、もう確定したのか?」
「ああ。自分の目で確かめるといい」
別の一柱が、そこに映る青年を評した。
「冷静さ、知略、胆力――そして何より、征服への渇望を備えている。ヘラックスも、自らが昇格する前にあの若者へ忠誠を誓わせるとは、実に抜け目がない」
「派閥の一員は忠誠を、盟主は庇護を誓う。双方の誓いが揃ってこそ、臣従の盟約は正式に結ばれる」
果てしない宇宙に投影された映像の中で、アレンはたった一人で半神の一団を一掃し、剣を鞘へ収めていた。
「彼と行動を共にしていた半神の少女も、女神へ昇格したようだな……」
「あの娘は何の女神になったんだったか? 確か、戦場に散った選りすぐりの戦士たちの魂を集める、下位の女神だったな」
「ああ。とはいえ、対象となるのは戦神を信仰する定命者に限られるが」
「そのとおり。魂を真に統べる者は、まだ決まっておらぬ」
ゾロヴァンは居住まいを正して断じた。隣のメヴィスも、無言でうなずく。
「そう考えると、新たな太陽神となったヘラックスが、あの若者二人を引き抜いたのは得策だったのかどうか……」
映像の中では、アレンとヴィルキーが誰かを捜しているようだった。だが見つける前に時間切れを迎え、二人の身体は光に包まれる。直後、戦場から姿を消した。
「うむ、確かにな。死の神の座も、そろそろ決まってほしいものだ。候補の二人が、バトルロイヤルで猛威を振るっている……」
別の神がそう応じると、一柱の女神が口を挟んだ。
「まったくよ。深紅の災厄は、他の戦神候補二人をまとめて脱落させたのよ」
今度は向かいの席から声が上がる。
「とはいえ、私が見る限り、どのみち若きアレンがその座を勝ち取っていただろうがな」
「もう一人の候補に至っては、言うまでもない……」
ゾロヴァンは長い髭を撫で、嘆息した。
「リリエンよ……エリンディアには、手強い相手が揃っているぞ」
映像が切り替わる。そこには、複数の半神派閥からなる連合が、鋼と骨の奔流に抗う光景が広がっていた。
* * *
「気をつけろ!」
「うわあああっ!」
ガキンッ
ドスッ
「数が多すぎる! 一旦退くぞ!」
ガキンッ
カンッ
カンッ、ガキンッ
「ぐああああっ!」
「背後にも一個大隊が……まずい、退路を断たれた!」
「嘘だ……そんな……俺はここで死ねない! 風の神になるんだ!」
ヒュンッ!
ザシュッ!
「ぎゃあああああっ!」
「パーカス、逃げよう!」
死の海と化した戦場では、生き残った半神たちがいくつかの小集団に固まり、かろうじて抵抗を続けていた。その一角で、一人の男が仲間の肩をつかみ、その場から連れ出そうとしている。
疲労の色を濃くしたパーカスが振り返った。
「イオナス……無事だったのか。逃げるって、どこへ……? もう終わりだ……」
ガキンッ
「ぐっ……」
すぐ脇で、また一人の半神が討ち倒された。それでもイオナスは目も向けない。
「そんなことを言うな、パーカス! ここから抜け出せる……今までも、何度だって切り抜けてきただろ!」
なおも腕を引くイオナスに、二体の骸骨兵へ応戦しながらパーカスが怒鳴り返した。
「逃げてどうする! これほどの屈辱を受けてまで、生き延びる意味がどこにある!?」
「また戻ってくるんだ! もっと仲間を集めて、闇の君主を倒す! 俺たちは神になるんだ!」
ガキンッ、カンッ
また一人、近くの半神が地に沈んだ。
「俺たちは一度戻ってきた! その結果が、この有様だろうが! 闇の君主が最初に俺たちを逃がしたのは、警告だったんだ!」
「次こそは……もっと……もっと仲間を連れて……」
そこで、イオナスの目が見開かれた。
「待て、あの女はどこだ!? 勝手に消えやがって、何のために連れてきたと――」
ザンッ
言い切る前に、振り下ろされた剣がイオナスの首を刎ねた。
「イオナス……! クソッ、深紅の災厄め!」
ズドッ
「ぐあああっ……」
錆びた槍が背中を貫き、パーカスの絶叫は喉の奥で潰えた。
* * *
山頂から、ネレズは眼下に広がる地獄絵図をげんなりと見下ろしていた。
それも、あと少しで終わる。『闇の君主』を殺そうと押し寄せた半神の大群も、残るはあの二人だけだった。
「はぁ……今ので最後の二人も倒れたか……」
せめてもの弔いのつもりで、ネレズは両手を合わせた。もっとも、誰に祈ればいいのかも分からないので、形ばかりの仕草ではあるが。
「どうしてこうなったんだ……」
深いため息をついて召喚を解くと、不吉な軍勢は大地に呑まれ、姿を消した。
「俺はただ、人目につかない洞窟で毎日寝て暮らしたいだけなのに。そんなに贅沢な望みか? まあ、洞窟ってところを除けば、大抵の人も似たようなこと考えてそうだけど……」
襲ってくるのは、いまだ神へ昇れず、後がなくなった半神たちばかりだ。そのたびに、見張りの骸骨兵から報せが届いた。
どこで聞きつけたのか、誰も彼も『闇の君主』とやらの噂を頼りに、骸骨兵の軍勢を相手に自分の力を試しに来るのだ。
「もしかして、見張りの骸骨が目印になってる? だから、すぐ見つかるのか?」
ネレズは寄りかかっていた倒木から身を起こし、前日に見つけた洞窟へ向かって歩き始めた。
「逃がせば逃がしたで、今度は援軍を連れて戻ってくるし……どうしてみんな、そこまで骸骨の壁に突っ込みたがるんだ!?」
下山はさほど難しくなかった。ネレズは半神ではないが、身体はすでに普通の人間とは違うらしい。常人とは比べものにならないほど速く、身軽に動けた。
そうでなければ、ヘラックスのあの蹴りを受けた時点で死んでいただろう。
「こんなこと続けたって、何にもならないよな? 《骸骨兵》みたいに熟練度が上限まで上がったスキルは、いくら使っても、新しいスキルの解放に必要な経験値みたいなものが入らないし……」
山を下りきり、森の空き地へ足を踏み入れたところで、背筋がひやりとした。あの夜の一件が脳裏をよぎった。
「うっ……空き地はろくなことがないな……ん?」
言い終えるより早く、暗がりから人影が現れ、ネレズの進路を塞いだ。
そこに立っていたのは、エンピリアン・ピークス(神々の都)の広場でいきなり襲いかかってきた、血のように赤いツインテールの少女だった。
橙色の瞳には小さな火花がきらめき、目に入るものすべてを焼き尽くさんばかりだ。
「チッ。やっぱり、私がまだ神になれないのは、あんたのせいってわけね」




