第8話 妨害は、いつも遅れてやってくる
「姐さん、まずいことになった」
リタが、息を切らして関所の番小屋に駆け込んできた。
「南街道の宿場が、軒並み『ロウフェルト行きの隊は泊めるな』って言い出した。フェルマー商会が、宿の元締めに手を回したらしい。これじゃ、こっちに来る途中で商隊が野宿を強いられる。日数がかさめば、みんな尻込みする」
私は、料率表から顔を上げた。
「予想通りですね」
「予想通りって、あんた……のんきだな」
「フェルマーは、正面から関所を攻めることはできません。通行料ゼロは辺境伯の正式な布告ですから。だから、搦め手で来る。宿、人足、両替商――商隊が道中で頼るものを、一つずつ潰してくる」
私は、一枚の地図を広げた。ロウフェルトを中心に、南へ伸びる街道と、その周りの集落が描かれている。
「リタ。この地図に、表の街道以外の道を描けますか。あなたが知っている、すべての裏道を」
リタの目が、光った。
「……描けるけど。それ、密輸の道だぜ。お上に見つかりゃ――」
「もう、密輸の道ではありません」
私は、彼女を見た。
「正規の商隊が、正規の荷を運ぶ。ただ、道が違うだけです。法は、街道を通れとは命じていない。通行料を払えと命じているだけ。その通行料は、うちはゼロ。なら、どの道を通ろうと、誰にも文句は言えません」
リタが、にやりと笑った。羽根ペンを取り、地図に細い線を描き込んでいく。表の街道を避けて、谷沿いに、森を抜けて、ロウフェルトへ至る道。
「ここと、ここに、昔使ってた隠れ宿がある。今は誰も使ってねえが、屋根は残ってる。手を入れりゃ、商隊が泊まれる」
「では、そこを正規の宿場にしましょう。辺境伯さまの名で、宿場の認可を出します。フェルマーが押さえたのは、表の街道沿いの宿だけ。裏道の宿までは、手が回らない」
私は、新しい手形を書き始めた。
ロウフェルトへ至る、裏道経由の通行を認める手形。料率は、もちろんゼロ。指の腹で、紙の縁を一度なぞる。
「この手形を持つ商隊は、裏道の宿に泊まれて、関所をただで抜けられる。フェルマーが表を塞げば塞ぐほど、商隊はこの裏道に流れます。――妨害が、そのまま、新しい道の宣伝になる」
「……あんた、性格悪いな」
リタが、感心したように笑った。
「褒め言葉として受け取ります」
***
数日後。
フェルマー商会の番頭は、信じられないものを見ていた。
宿を押さえ、人足を引き抜き、万全の妨害をしたはずなのに――ロウフェルトに集まる商隊の数は、減るどころか、増えていた。
「なぜだ……どこから来ている……?」
商隊たちは、表の街道を通っていなかった。誰も知らないはずの裏道を、堂々と、手形を手に進んでくる。
妨害すればするほど、流れは別の水路を見つけて、勢いを増す。
ちょうど、川を堰き止めようとして、かえって周りに水を溢れさせるように。
番頭は、ロドリゲスに報告するのが、心底恐ろしかった。
***
ロウフェルトの市場は、その夜、これまでで最も賑わっていた。
裏道を抜けてきた商隊が、宿に荷を下ろし、市で物を売り買いする。久しく聞かなかった、人の笑い声が、町に満ちていた。
辺境伯ボルガーが、私の隣で町を見渡した。
「お嬢さん。あんたは、敵の攻撃を……町を賑わせる力に、変えてしまったな」
「攻撃を受け止めると、こちらが傷つきます」
私は答えた。
「受け止めず、流す。流れを別の場所へ導けば、力はそのまま、こちらの追い風になる。――水と同じです。塞いでも、必ず、低い方へ流れていく」
ボルガーが、深く頷いた。
その目には、もう、消えかけていた火ではなく――確かな炎が、灯っていた。
妨害を、追い風に変える。
「受け止めず、流す」――これがセレーナの戦い方です。
次話、いよいよ王都の数字が、目に見えて崩れ始めます。
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