第6話 重い税の都、軽い税の辺境
香辛料商のハンスは、悩んでいた。
南のトラスで仕入れた胡椒を、どこで売るか。
順当に考えれば、王都だ。人が多く、金がある。胡椒のような高級品は、王都でこそ高く売れる。
だが、王都への道には、関所がある。
「……また、上がってるじゃねえか」
関所の料率表を見て、ハンスは舌打ちした。王都周辺の通行料が、また引き上げられている。半年前の二割増しだ。
番兵に理由を尋ねても、要領を得ない。
「査定官が代わってな。新しい料率になったんだ。文句は王都に言ってくれ」
「前の手形は使えねえのか」
「ああ。料率が古い。書き直しが要る。だが書き直しの査定に、十日待ちだ」
十日。
胡椒は腐りはしないが、十日も足止めされれば、その間の宿代と人件費で利が削れる。おまけに、新しい料率では通行料そのものが高い。
ハンスは、頭の中で算盤を弾いた。
王都で売る利――引かれる通行料、引かれる足止めの損。残るのは、わずか。
ふと、隣で野宿していた行商人が言った。
「あんた、王都に行くのかい。やめときな。今、南のロウフェルトが熱いぜ」
「ロウフェルト? あの寂れた関所町か」
「それが、関銭をゼロにしたんだとよ。通行料なし。おまけに、王都帰りの査定官だっていう女がいて、荷の値をぴたりと見定めてくれる。揉め事がねえ。市も賑わってきてる。胡椒なんざ、王都帰りの隊が喜んで買うぜ」
ハンスは、もう一度算盤を弾いた。
ロウフェルトで売る利――通行料ゼロ、足止めなし。王都ほど高くは売れないかもしれない。だが、引かれるものがない。
残るものが、王都よりも多い。
答えは、簡単だった。
「……南へ行くか」
彼は荷馬の向きを変えた。
これは、復讐ではない。陰謀でもない。誰かを困らせてやろうという気持ちなど、欠片もない。
ただ――重い税の都と、軽い税の辺境。
商人は、残るものが多い方を選ぶ。それだけのことだ。
そして、ハンスのような商人は、一人や二人ではなかった。
***
同じ頃、王都の中央市場。
胡椒を商う店先で、客が顔をしかめていた。
「胡椒、また値が上がったのか」
「すいませんね。このところ、入りが悪くて」店主が頭をかく。「南からの隊が、めっきり減っちまって。何でだか知らねえが」
客の足が、少しずつ遠のく。
市場の一角が、ほんのわずかに、寂れ始めていた。
それは、まだ誰も気づかないほど、小さな変化だった。
けれど――川の流れが変わるのも、最初はいつも、こんな小さな淀みから始まる。
王城の窓から市場を見下ろした宰相セルウィンは、その淀みに、ぼんやりとした不安を覚えていた。
数字に表れるのは、まだ先のことだ。
だが、数字に表れたときには――もう、流れは変わりきっている。
長年、王国の財を見てきた宰相は、それを知っていた。
誰も悪意を持っていないのに、流れだけが、静かに変わっていく。
この「無音の崩壊」を描きたくて、この物語を書いています。
次話、ついにフェルマー商会当主ロドリゲスが、異変の正体に気づきます。
ブックマーク、心より感謝します。




