↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
58/60

第58話 強硬派の、退場

 調印の翌日、私は帰り支度をしていた。


 その朝、宿へ訪ねてきた者がいた。


 三十前の、背の高い男だった。上等な外套を着ているが、袖口が擦れている。よく着込まれた外套で、机の前にだけ座っている人間の服ではなかった。


 交易監ギルベルト、と彼は名乗った。


 ***


「昨日の条文を読みました」


 彼は座らずに言った。


「四つのうち、三つは実務です。よくできている。……四つ目だけが、思想ですね」


「値を写し合う条文ですか」


「あれは、我々の手を縛ります」


 彼の口調は落ち着いていた。怒鳴りに来たのではないと分かった。


「私は、あなたを排除しようとしました」


 彼は言った。


「先夜の件です。手の者が動いた。……盟主の許しは得ていません」


 存じております、と私は答えた。


「詫びはしません。あのときの私は、それが同盟のためだと思っていました。今も、半分はそう思っています」


 残りの半分は、と私が訊くと、彼は短く答えた。


「昨日の票で、消えました」


 ***


 彼が話したのは、数の話だった。協定が通った日、彼の側についていた七人のうち四人が離れたという。理由は思想ではなく、鉄だった。


 彼が集めていた鉄は、境で戦が起きたときに使うためのものだった。備えだ、と彼は言い続けてきた。同盟の外に統制の効かない市が育ち、いずれ力で押さえねばならなくなる、と。


 協定が通れば、その日は来ない。


「来ない備えは、ただの在庫です」


 ギルベルトは言った。


「鉄は錆びます。倉に置けば場代がかかる。売ろうとすれば、私の名が板に載る。……四人は、それを算盤で弾いて離れました。思想ではありません」


 板に載るのか、と私は訊いた。載りました、昨日、と彼は短く笑った。


「あなたの町の板ではありません。うちの市の板です。……若いのが、貼りました」


 ヨナスだろう、と思った。訊かなかった。


 我々を潰しに来たのか、と彼は訊いた。いいえ、と私は答えた。


「そうでしょうね」


 彼は頷いた。


「潰しに来たのなら、話は簡単でした。……あなたがしたのは、もっと厄介なことです」


 彼は窓の外を見た。港の方角だった。


「あなたは、我々が要らない世界を作った」


 私は、答えなかった。答えられなかった、というほうが近い。


「境で戦が起きないなら、備えは要らない。備えが要らないなら、備えを説く者も要らない。……私は、負けたのではありません。居場所がなくなったのです」


 彼はこちらを向いた。


「そのほうが、残酷だ」


 ***


「残酷だと、私も思います」


 否定しようとして、できなかった。彼の言っていることは、正しかったからだ。


「ですが」


 私は続けた。


「あなたが要らなくなったのは、備えの話に限ってのことです。……あなたは、荷を見る目がある方だと思います」


「なぜ、そう思われます」


「鉄の等級を選ばずに買われました」


 私は言った。


「等級を選ばないのは、用途が一つで量だけが要るときです。それを知っている人でなければ、選ばない買い方はしません。……あなたは、等級の意味を分かった上で、無視されたのだと思います」


 ギルベルトは、しばらく黙っていた。


「……嫌味ですか」


「いいえ。ですから、鉄はお売りになるとよいと思います」


 私は言った。


「板に名が載るのは、恥ではありません。載って困るのは、隠したいことがあるときだけです。……錆びる前に、鍋屋に売ってください。うちの鍛冶の親方が買います。等級を選んで、値をつけて」


 彼は返事をせず、外套を直して戸口へ向かい、そこで一度だけ振り返った。


「……あなたは、勝った顔をしませんね」


「勝っていないからです」


 私は言った。


「私は、あなた方に何も勝っていません。荷が通る道を、少し増やしただけです」


 彼は何か言いかけて、やめた。それから、短く頭を下げて出ていった。


 ***


 後に聞いたところでは、ギルベルトは交易監の職を自ら退いたという。


 罷免ではなく、査問にもかけられていない。ただ、受け持ちの荷が減り、彼の議に賛成する者がいなくなって、ある日、辞表を出したのだという。


 鉄は売られた。


 半分は南の鍛冶へ、半分は北へ流れた。北へ流れたぶんは、ロウフェルトの市の板に、買い手の名と量つきで載った。売り手の名も載った。ギルベルトの名で売られていた。


 隠さなかったのだ、と思った。


 ***


 空いた七人ぶんの受け持ちは、若い交易監たちに割り振られた。


 その筆頭に、ヨナスの名があった。


 私が本拠を発つ朝、彼は港まで見送りに来た。荷運びの格好ではなく、交易監の外套を着ていた。


「決めかねている八人の一人だったのでは」


「決めました」


 彼は言った。


「板を見た日に、決めていたのだと思います。……口に出すのに、ひと月かかりました」


「重い役です」


「はい。ですが、うちの市には升があります」


 彼は少し笑った。


「四十年前から、揃っているそうです。それだけあれば、あとは何とかなります」

「来ない備えは、ただの在庫です」。

彼の側の四人が算盤を弾いた、それだけの決着でした。

そしてギルベルトの言葉が、この作品でいちばん鋭い批評かもしれません。「あなたは、我々が要らない世界を作った。そのほうが残酷だ」。セレーナはそれを否定しません。

そのうえで彼女がするのは、鉄を売れと勧めることでした。等級を選んで、名前を出して。――彼は、実際に隠さず売ります。


次話、北へ帰ります。町は彼女を、必要としていません。それでも。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。