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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第57話 対等の、協定

 議は、翌日の昼に通った。


 賛成十六、反対五、棄権二。反対の五人は、ギルベルトの側だった。ギルベルト本人は、議場に来なかった。


 私は卓の前で、票が読み上げられるのを聞いていた。数を数えているあいだ、議場は静かだった。


 通ったのは、四つのことだけである。


 ***


 一つ。互いの規には手を出さない。同盟の中は同盟の規で、自由市同盟の中はこちらの決まりで。


 二つ。境を越える荷は、双方が認める同じ物差しで量る。等級の付け方、割れの見方、升と秤の寸法を揃える。


 三つ。境の関所では、荷改めは一度きりとする。片側で等級のついた荷は、もう片側では開けない。


 四つ。双方の市の値を、月に一度、互いに写して渡す。


 ***


 四つ目を書き加えたのは、私だった。


 議のあと、盟主の館で条文を詰めているときに、そう申し出た。


「値を、渡すのですか」


 書記を務めていた年配の交易監が、眉を寄せた。


「こちらの相場を、そちらへ渡すことになりますが」


「はい。そちらの相場も、こちらへいただきます」


「……それは、商いの手の内では」


「手の内です」


 私は認めた。


「ですから、両方が出します。片方だけが持っていると、それは武器になります」


 ***


 私は、三年前の書付の写しを卓に置いた。


 王都の通商評議会に南街道の料率引き上げを進言した、あの一枚である。オルブレヒトが、自分が数字を渡したと認めた紙だった。


 書記の交易監が、それを読んだ。読み終えて、顔を上げた。


「これは」


「三年前、私の町が死にかけた理由です」


 私は言った。


「この書付には、王国の相場と、こちらの相場が並べて書いてあります。並べられる人が、当時は一人しかいませんでした。片方の相場だけを持っている人だけが、こういう紙を作れます」


 部屋が静まった。


 オルブレヒトは、何も言わなかった。彼は自分が何をしたかを既に認めている。私も、それをここで責めるつもりはなかった。


「月に一度、互いに値を写し合えば」


 私は続けた。


「両方の相場は、両方の市の板に載ります。誰でも見られます。……そうなれば、こういう書付は作れません。作っても、意味がありません。誰でも知っている数字で、誰を驚かせることもできませんから」


 書記の交易監は、しばらく黙っていた。


 それから、彼は羽根ペンを取り、四つ目の条文を書き入れた。


「……なるほど。罰では、ないのですな」


「はい」


「三年前のことを、罰することもできたでしょうに」


「できません」


 私は言った。


「罰すれば、それは私とあなた方の話になります。……もう一度同じことが起きるかどうかは、罰では決まりません。同じことが起きない形にしておくほうが、確かです」


 オルブレヒトが、初めて口を開いた。


「――上書きされたな。私の三年前が」


 彼の声には、恨みも皮肉もなかった。


「消してはおりません」


 私は言った。


「消せません。三年前、ロウフェルトの通行料は四割になり、隊商は関所の前で立ち往生しました。それは起きたことです。……ただ、これから同じ紙が作れないようにはできます」


 ***


 調印は、三日後だった。


 議事堂ではなく、港の市の広場で行われた。場所を選んだのは、オルブレヒトである。


「屋根の下でやると、密約だと言う者が出る」


 彼はそう言った。


 広場には、市の商人が集まっていた。荷を担いだまま立ち止まった者、天幕から出てきた者、両替台の男。誰も静かにしろとは言われず、荷車の音も呼び売りの声も止まなかった。


 条文が読み上げられた。四つだけなので、短かった。


 私は、ロウフェルトの査定官として署名した。辺境伯ボルガーの委任状を添えた。オルブレヒトは、トラス商業同盟の盟主として署名した。


 拍手は、まばらだった。


 商人たちの多くは、これが何を意味するのかを、まだ測りかねていたのだと思う。それでいい。制度は、拍手されるより、翌月の帳面で分かるほうがいい。


 ***


 署名を終えたあと、オルブレヒトが小さく言った。


「セレーナ殿。四つ目の条文だが」


「はい」


「あれは、私を縛る条文でもある」


 彼は書面を見ていた。


「私が二度と、三年前と同じことをできないようにしてある。……そして、私がそれを望んだのだと、後から誰も言えないようにしてある」


「望まれましたか」


「望んだ」


 彼は言った。


「四十年、誰も私を縛らなかった。白紙ばかり渡された。……縛られてみると、案外、楽なものだな」


 私は、町の書かせた三行の紙のことを思った。


 あれも、私を縛る紙だった。縛られていたから、この三日で一度も迷わずに済んだ。


 ***


 その日の夕方、リタが広場の端で待っていた。


「終わったか」


「終わりました」


「じゃ、帰るか」


 彼女はそれだけ言って、荷を担ぎ直した。


 帰る、という言葉が、やけにはっきり聞こえた。


 私は北の空を見た。六日の道の先に、あの町がある。


 ――帰る場所がある。


 半年前には、無かったものだった。

四つ目――互いの値を月に一度写し合う――が、この作品の答えです。

三年前の書付は「片方の相場だけを持っている人」にしか作れませんでした。両方が公開すれば、その紙は二度と作れません。罰ではなく、成立しない形にする。三年前の糸は、ここで完全に片づきました。

「四十年、誰も私を縛らなかった。縛られてみると、案外、楽なものだな」。第50話の三行の紙と、ここで繋がります。

そして、六日の道の先に「帰る場所がある」。半年前には無かったものです。


「案外、楽なものだな」に笑って泣きそうになった方は、ブックマークをひとつ。四つ目の条文の、写し代に。


次話、ギルベルト。倒すのはセレーナではありません。彼の側の算盤です。

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