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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第55話 数字で、説き伏せる

 その日、議事堂には二十三人が全員いた。


 昨夜の一件が伝わっている。欠席すれば加担したように見えるから、来ないわけにはいかなかったのだろう。


 私は濡れた靴を履き替えただけで、中央の卓に立った。三列目にヨナスが座っていたが、目は合わせなかった。


 私は、理念の話をしなかった。卓に置いたのは帳面が三冊である。ロウフェルトの関所を通った荷の半年ぶん、自由市同盟の四つの町のこの三月の出入り、この都市で三日かけて写したトラスの市の値の板。


「三つ、数字を申し上げます」


 ***


 一つ目は、通り抜けの話だった。


 ロウフェルトを通る荷の六割は、あの町で売り買いされていない。町が得るのは場代だけだ。それでも半年で、町の商いは四倍になった。通り抜ける荷が増えれば、運ぶ者が泊まり、食べ、馬を替え、荷車を直すからである。


「通行料をゼロにしてから、通行料以外の実入りが四倍になりました。取るのをやめたほうが、増えたのです」


 議場が、動いた。


 ***


 二つ目は、塩の話だった。


 三月前、この同盟は南の塩の値を二割上げた。塩は生きるのに要るから、上げても人は買う。実際、ロウフェルトの市は締まった。


 そこで私たちは西の岩塩を掘り起こした。山越えの運び賃が高くて誰も使っていなかったが、南の塩が上がった時点で差は消えていた。


 私は三冊目の帳面を開いた。


「こちらの市の板を、この三日ぶん写しました。……南の塩の売れ高は、三月前より落ちています。値は上がったのに、売れ高が落ちている」


 議場が、はっきりざわめいた。彼ら自身の板の数字を、私は写して並べただけである。


「値を上げると、別の道ができます。一度できた道は、値を戻しても消えません。……あなた方が塩で得た二割は、この先ずっと、西の道に食われ続けます」


 ***


 三つ目は、短かった。


「昨日、マリカさんという方が、この場で裁かれました。不漁の年に干魚を安く売った。規に反しています。裁きは正しいと思います」


 名を出したとき、何人かが顔をしかめた。


「私が申し上げたいのは、別のことです。あの村には干魚以外に売るものがありません。別の品を仕入れて売れたなら、あの方は安く売らずに済みました」


 私は帳面を閉じた。


「規は、安く売るのを止められます。けれど、別の道を作ってやることはできません。規の仕事ではないからです」


 ***


「では、我らの規が誤りだと言うのか」


「申しません。四十年で商人が三倍になった規です。誤りであるはずがありません。……ただ、規は値を守るもので、道を増やすものではない、と申し上げています」


「道は、誰が増やす」


「増える場所を、作っておくしかないと思います。自由市同盟に入った四つの町は、うちに掛かりを払っていません。揃えたのは升と秤と、揉め事の裁き方だけです。……それだけで、三月で荷が二倍になりました。誰も命じていないのに」


 ***


 最後に、一つだけ提案をした。同盟に入る話でも、出る話でもなかった。


「境で、荷を通すときの査定だけを、揃えていただきたいのです。同盟の中は、同盟の規で。自由市同盟の中は、こちらの決まりで。互いの規には、手を出さない。……ただ、境を越える荷については、双方が認める同じ物差しで量る。それだけです」


「それで、我らに何の得がある」


「量り直しが、要らなくなります。今、境を越える荷は、両側で二度量られています。二度目の量りに、あなた方は人と時を使っている。……その人と時が、そっくり浮きます」


 しばらく、誰も口を開かなかった。


 やがて、三列目から声がした。


「――概算で、どれほど浮きますか」


 ヨナスだった。


 私は帳面を繰って読み上げた。境を越える荷の数、二度目の荷改めの日数、それに要る人の数。四つの関所ぶんで、年に千二百日の人手だった。


 議場の空気が、変わった。


 誰かが小さく計算する声がして、別の誰かが席を立った。


 そこから先は、私の話ではなくなった。


 ***


 彼らが議論しているあいだ、私は卓の前に立っていた。理念は一度も口にしていない。したのは、四倍と、二割と、千二百日の話だけだった。


 半年前、陶器の隊商頭は言った。儲けが欲しくてこの市に来たんじゃない、安心して商いができる場所が欲しかったんだ、と。あの言葉は、数字では出てこない。……けれど、あの言葉を言える場所を守るために、私は数字を持ってきた。


 ***


 議は、その日のうちには決まらなかった。夕方に盟主の館へ呼ばれると、オルブレヒトは窓辺に立っていた。振り返らずに、彼は言った。


「十四人が、あなたの案に傾いた」


「十二人あれば、議は通ります」


「通る。だが、それは私が決めたことにならん。……あなたが決めたことになる」


 彼が、ゆっくりとこちらを向いた。


「私は四十年、この都市を整えてきた。そして今日、外から来た娘が三日で数えた数字に、私の二十三人が動いた」


「盟主様」


「怒ってはおらん。ただ――四十年、私は何をしていたのだろうな」

四倍と、二割と、千二百日。それだけでした。

いちばん効いたのは、彼ら自身の板に書いてあった数字です。「値を上げたのに売れ高が落ちている」――写して並べただけの数字が、四十年の仕組みを揺らしました。

提案も控えめです。同盟に入るでも出るでもなく、「境を越える荷だけ、同じ物差しで量りませんか」。得は「量り直しが要らなくなる」ことだけ。第41話の自由市同盟と、まったく同じ作り方です。

「四十年、私は何をしていたのだろうな」。怒ってはいない、と盟主は言いました。


次話、その問いに、盟主自身が答えを出します。セレーナが答えるのではありません。

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