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追放された関税令嬢は、辺境に「税のいらない街」をつくります 〜王都の通行手形はぜんぶ私が捌いていたのですが、止めても構いませんよね?〜  作者: 花守いとは


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第51話 盟主の、招待

 南へ六日かかった。


 街道は良かった。轍が深く掘れておらず、橋の板が新しい。三日目からはトラス同盟の領域に入り、道はさらに良くなった。関所も三つ通ったが、どこも待たされなかった。


 同盟の名簿に載っている隊商に紛れていたからだ。名簿に載っていれば、荷改めは形だけになる。


 載っていない者がどうなるかは、四日目に見た。


 ***


 関所の脇に、荷を降ろされた小さな隊商がいた。


 馬は二頭、荷車は一台。年寄りと若い男の二人連れで、荷は麻布のようだった。役人が荷を全部開けさせて、一つずつ検めている。日は高く、布は日に焼けていた。


「あれは、どうしたのですか」


 私が同行の御者に訊くと、彼は前を向いたまま答えた。


「名簿にねえんだろ」


「通れないのですか」


「通れる。ただ、ああやって全部検められる。半日はかかるな。……三日続けりゃ、荷は傷むし、約束の日には着かねえ」


 彼は肩をすくめた。


「禁じちゃいねえよ。ただ、割に合わなくしてあるだけだ」


 私は、その隊商を振り返って見た。


 若い男が、開けられた布を畳み直していた。丁寧な手つきだった。布の目を潰さないように、端を揃えて折っている。荷を大事にする人間の手だった。


 十九歳のオルブレヒトも、あそこに立っていたのだろうか。


 ***


 トラスの本拠は、想像より大きかった。


 海に面した都市である。港には帆柱が林立し、石畳の通りが碁盤の目に走っていた。倉庫の壁は白く塗られている。


 王都より整っている、と思った。升は揃い、秤も揃い、両替の率は、大きな板に朝の日付つきで貼り出されていた。


 私が半年かけてロウフェルトに据えたものが、ここには何十年も前からあった。


 揉め事が起きたところも見た。麦の量で買い手と売り手が言い争い、市の役人がすぐに来て、町の升で量り直した。三十も数えないうちに片がついた。


 ――よくできている。


 私は正直にそう思った。そう思ってから、少し怖くなった。


 この都市を見て「遅れた田舎者が縛られている」と思えたなら、話は簡単だった。実際には、ここは私の町よりずっと整っている。


 整っていて、そのうえで、名簿に載らない者を半日待たせる。


 ***


「よくお越しくださった」


 盟主オルブレヒトは、館の広間で私を迎えた。


 広間は大きかったが、装飾は少ない。壁には海図と街道図が貼ってあり、飾りの絵は一枚もなかった。仕事場だった。


 私は礼をして、それから――ヨナスの言葉を思い出した。


 盟主の後ろに立っている者を見てください、と彼は言った。誰が立って、誰が立っていないかを。あそこでは、それが議の数より正確です、と。


 私は顔を上げるついでに、盟主の背後を見た。


 五人だった。


 全員が、白髪か、それに近い年配だった。


 ***


 交易監は二十三人。盟主に近い年寄りが八人、ギルベルトの側が七人、どちらにもつきかねているのが八人。ヨナスの数え方だった。


 その八人のうち、ここに立っているのは五人。


 残りの三人は、来なかった。


 そして、決めかねている八人は――一人も、いなかった。


 ギルベルトの側の七人も、当然いない。


 私は、その意味を考えながら、盟主の言葉に相槌を打っていた。


 この人は、王国の一つの町を招くのに、二十三人のうち五人しか背後に並べられなかった。


 ***


「長い道でお疲れでしょう。今日はお休みください」


 オルブレヒトは言った。


「話は、明日から。三日ほど、こちらに居ていただきたい。……見ていただきたいものが、いくつもあります」


「拝見します」


「一つ、先に申し上げておく」


 彼は少し声を落とした。


「この都市の中で、あなたの身は私が預かる。それは約束します。ただ――同盟の全部が、私の言うことを聞くわけではない」


 率直すぎて、かえって重かった。


「承知しました」


「供の方は、お一人と伺ったが」


「はい。道案内です」


 リタは、館の外にいた。中に入りたがらなかった。


「宿はこちらで用意します」


「恐れ入りますが」


 私は言った。


「供の宿は、こちらで探します。……あの者は、道を覚えるのが仕事ですので」


 オルブレヒトは、少し目を細めた。


 それから、微かに笑った。


「――なるほど。用心深い」


「はい」


「よろしい。好きになさるとよい」


 ***


 その夜、宿の窓から港を見た。


 灯が、海沿いに長く連なっている。夜になっても荷は動いていた。倉庫の扉が開き、荷車が出入りし、帳面を持った男が桟橋を歩いている。


 豊かだった。


 ロウフェルトの市は、この都市の港ひとつに届くかどうかも怪しい。


 私は、持ってきた紙を開いた。町が書かせた、三つの紙である。升は渡さない。掛かりは自分で払う。誰も追い出さない。


 発つ前は、当たり前のことだと思っていた。


 この都市を見たあとでは、少し違って見えた。


 これは、豊かさを断るための紙だ。


 断る理由を、明日から探すのではない。断る理由は、もう紙に書いてある。私がここでやるべきなのは、迷わないことだけだった。


 窓を閉めて、灯を消した。


 海の音が、遠くで鳴っていた。

トラスは「悪い場所」ではありません。升も秤も両替も、何十年も前から揃っています。そのうえで、名簿に載らない者を半日待たせる。禁じてはいません。割に合わなくしてあるだけです。

ヨナスの助言どおりに数えると、盟主の後ろに立っていたのは二十三人中、五人でした。この数字が、第六章のあいだずっと効いてきます。

「断る理由は、もう紙に書いてある。私がここでやるべきなのは、迷わないことだけだった」。第50話の三行が、早くも仕事を始めました。


敵地の宿で一緒に灯を消した方は、ブックマークをひとつ。明日の議事堂への、道しるべに。


次話、盟主が自分の口で、四十年の理屈を語ります。しかも、その理屈は正しいのです。

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