第51話 盟主の、招待
南へ六日かかった。
街道は良かった。轍が深く掘れておらず、橋の板が新しい。三日目からはトラス同盟の領域に入り、道はさらに良くなった。関所も三つ通ったが、どこも待たされなかった。
同盟の名簿に載っている隊商に紛れていたからだ。名簿に載っていれば、荷改めは形だけになる。
載っていない者がどうなるかは、四日目に見た。
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関所の脇に、荷を降ろされた小さな隊商がいた。
馬は二頭、荷車は一台。年寄りと若い男の二人連れで、荷は麻布のようだった。役人が荷を全部開けさせて、一つずつ検めている。日は高く、布は日に焼けていた。
「あれは、どうしたのですか」
私が同行の御者に訊くと、彼は前を向いたまま答えた。
「名簿にねえんだろ」
「通れないのですか」
「通れる。ただ、ああやって全部検められる。半日はかかるな。……三日続けりゃ、荷は傷むし、約束の日には着かねえ」
彼は肩をすくめた。
「禁じちゃいねえよ。ただ、割に合わなくしてあるだけだ」
私は、その隊商を振り返って見た。
若い男が、開けられた布を畳み直していた。丁寧な手つきだった。布の目を潰さないように、端を揃えて折っている。荷を大事にする人間の手だった。
十九歳のオルブレヒトも、あそこに立っていたのだろうか。
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トラスの本拠は、想像より大きかった。
海に面した都市である。港には帆柱が林立し、石畳の通りが碁盤の目に走っていた。倉庫の壁は白く塗られている。
王都より整っている、と思った。升は揃い、秤も揃い、両替の率は、大きな板に朝の日付つきで貼り出されていた。
私が半年かけてロウフェルトに据えたものが、ここには何十年も前からあった。
揉め事が起きたところも見た。麦の量で買い手と売り手が言い争い、市の役人がすぐに来て、町の升で量り直した。三十も数えないうちに片がついた。
――よくできている。
私は正直にそう思った。そう思ってから、少し怖くなった。
この都市を見て「遅れた田舎者が縛られている」と思えたなら、話は簡単だった。実際には、ここは私の町よりずっと整っている。
整っていて、そのうえで、名簿に載らない者を半日待たせる。
***
「よくお越しくださった」
盟主オルブレヒトは、館の広間で私を迎えた。
広間は大きかったが、装飾は少ない。壁には海図と街道図が貼ってあり、飾りの絵は一枚もなかった。仕事場だった。
私は礼をして、それから――ヨナスの言葉を思い出した。
盟主の後ろに立っている者を見てください、と彼は言った。誰が立って、誰が立っていないかを。あそこでは、それが議の数より正確です、と。
私は顔を上げるついでに、盟主の背後を見た。
五人だった。
全員が、白髪か、それに近い年配だった。
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交易監は二十三人。盟主に近い年寄りが八人、ギルベルトの側が七人、どちらにもつきかねているのが八人。ヨナスの数え方だった。
その八人のうち、ここに立っているのは五人。
残りの三人は、来なかった。
そして、決めかねている八人は――一人も、いなかった。
ギルベルトの側の七人も、当然いない。
私は、その意味を考えながら、盟主の言葉に相槌を打っていた。
この人は、王国の一つの町を招くのに、二十三人のうち五人しか背後に並べられなかった。
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「長い道でお疲れでしょう。今日はお休みください」
オルブレヒトは言った。
「話は、明日から。三日ほど、こちらに居ていただきたい。……見ていただきたいものが、いくつもあります」
「拝見します」
「一つ、先に申し上げておく」
彼は少し声を落とした。
「この都市の中で、あなたの身は私が預かる。それは約束します。ただ――同盟の全部が、私の言うことを聞くわけではない」
率直すぎて、かえって重かった。
「承知しました」
「供の方は、お一人と伺ったが」
「はい。道案内です」
リタは、館の外にいた。中に入りたがらなかった。
「宿はこちらで用意します」
「恐れ入りますが」
私は言った。
「供の宿は、こちらで探します。……あの者は、道を覚えるのが仕事ですので」
オルブレヒトは、少し目を細めた。
それから、微かに笑った。
「――なるほど。用心深い」
「はい」
「よろしい。好きになさるとよい」
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その夜、宿の窓から港を見た。
灯が、海沿いに長く連なっている。夜になっても荷は動いていた。倉庫の扉が開き、荷車が出入りし、帳面を持った男が桟橋を歩いている。
豊かだった。
ロウフェルトの市は、この都市の港ひとつに届くかどうかも怪しい。
私は、持ってきた紙を開いた。町が書かせた、三つの紙である。升は渡さない。掛かりは自分で払う。誰も追い出さない。
発つ前は、当たり前のことだと思っていた。
この都市を見たあとでは、少し違って見えた。
これは、豊かさを断るための紙だ。
断る理由を、明日から探すのではない。断る理由は、もう紙に書いてある。私がここでやるべきなのは、迷わないことだけだった。
窓を閉めて、灯を消した。
海の音が、遠くで鳴っていた。
トラスは「悪い場所」ではありません。升も秤も両替も、何十年も前から揃っています。そのうえで、名簿に載らない者を半日待たせる。禁じてはいません。割に合わなくしてあるだけです。
ヨナスの助言どおりに数えると、盟主の後ろに立っていたのは二十三人中、五人でした。この数字が、第六章のあいだずっと効いてきます。
「断る理由は、もう紙に書いてある。私がここでやるべきなのは、迷わないことだけだった」。第50話の三行が、早くも仕事を始めました。
敵地の宿で一緒に灯を消した方は、ブックマークをひとつ。明日の議事堂への、道しるべに。
次話、盟主が自分の口で、四十年の理屈を語ります。しかも、その理屈は正しいのです。




